深夜散歩
現在時刻は10時、正しく静寂というようなそんな夜だ。私はそんな不安になるような頼るあてのないような夜が好きだ。こんな時間に散歩するやつは私の同朋と言って差し支えないだろう。つまり狂っているということだ。そんな静寂に物音が低く響いた。そちらを見ると何やら少年が夜の学校に侵入しようとしているようだった。
「忘れ物か?肝試しか?どちらでもいいが危ないから今日はやめておきなさい」
大人として然るべき対応だったと思う。
「分かってないよおじさん。僕はただ散歩をするだけだ」
口調や立ち振る舞いから利発な子であることはわかった。だがそれが余計に俺の頭を悩ませた。
「子供が外に出るのは危ないよ。それに散歩ならどこでもいいだろう?」
「僕をガキ扱いするな。」
考える素振りを見せた少年はハッと思いついたような顔をして言った。
「危ないってならおじさんが着いてきてよ。それならいいでしょ」
想定内だが予想外な言葉に呆気に取られた。
「そこまでして入りたい訳は?」
「入ったら教えてやるよ」
強引に行こうとする少年に連れていかれるようにして私は建造物侵入罪を犯した。
そこには私の好物である不安ととてもよく似た何かがあった。きっと人として、大人としては良くないのだろうけど興奮を抑えるので精一杯だ。
「まぁゆったり歩こうぜ」
少年は興奮というより緊張しているような雰囲気だった。
「おっさんもここまできたら共犯者だ。罪に大人も子供も関係ない。だから子供扱いしないでくれ。僕も大人扱いしないから。」
「もちろんだ」
私はそう答えた。ただ夜の学校に一緒に入っただけで妙な連帯感が生まれているし今の私には彼を知らなかったこれまでの人生が思い出せなくなった。
「じゃあ、君がここまでして学校に入りたかった理由を聞かせて貰おうか」
「君じゃない、アキという名前があるんだ。」
少し恥ずかしそうにもじもじしながら続けた。
「好きな子の席に座りたいんだ。」
もし私が大人になってしまっていたなら拍子抜け、朝早くいけ。そう一蹴するだろう。だが生憎今はただ仲間だし、私には純愛に見えた。きっと世の人々はこれを気持ち悪い、倫理観がない、子供と言えど許されない。だが私に言わせればこれ程純愛と言えるものがあるだろうか、いや無い。
「アキ、それは純愛と言うんだ」
「そんな綺麗なものじゃないよ。」
きっとアキにはルールは守るべきものだという至極当たり前の常識があるのだろう。
「アキをつき動かしたその感情はアキが大切だと思っているルールより強力で繊細なものだよ」
「そうか、そうだったら嬉しいな。」
「ちなみにその子の名前は?」
「羽に合う雫と書いて′はわいみお′って言うんだよ。凄くいい名前だよね。しかも日本に数人しか居ないんだよ。すごいでしょ?」
「自分のことみたいに自慢するね」
そうして澪を褒める時間が始まった。
学校は見た目より小さいもので、褒めを聞いているとすぐにその席を見つけ、目的を遂行した。
別れ際、アキは最後に、と頭につけて尋ねてきた。
「おっさんの名前教えてよ。覚えておくから。」
俺はふっと笑ってこう答えた。
「羽に合う優しさとかいて′はわいゆう′だよ」
青ざめるアキを横目に俺はこの夜にくりだした。