心優しき悪のロボット、異世界に転生し、聖女と出会って“守護神”として悪に立ち向かう
西暦20XX年、地球。
狂気の女博士マキナは、恐るべき二足歩行ロボ『デビグロイド』を造り出した。
悪魔のような角を持ち、全身を黒い装甲で覆われたデビグロイドは、数々の重要施設を破壊し、警察や軍隊をも寄せ付けず、破壊の限りを尽くした。
人々の恐怖や絶望を吸収し、自身をパワーアップさせることができる「思念吸収機構」を備えたデビグロイドは、破壊を繰り返せば繰り返すほど強くなり、この世を地獄に陥れた。
しかし、そんな悪の進撃もついに終わりの時が来た。
防衛軍も数々の新兵器をひっさげ、デビグロイドを攻撃。
人々が防衛軍に希望を見出したことで、「思念吸収機構」によるパワーアップも見込めなくなり、マキナとデビグロイドは研究所に追い込まれた。
爆発、炎上する研究所内で、二人は最期の時を迎える。
瓦礫の下敷きとなったマキナが、弱々しい声で傷ついたデビグロイドに語りかける。
「デビ……グロイド……」
「博士……」
「私たちもとうとう、ここまでの、ようね……」
“狂気の女博士”と呼ばれた彼女だが、白衣を身につけ、黒髪を乱したその姿は、儚げな美しさを纏っていた。
「申し訳ありません……僕の力、不足です……」
謝るデビグロイドにマキナは首を横に振る。
「いいえ、あなたは、よくやってくれた……。私の鬱屈した思いを、私の代わりに、晴らしてくれた……」
マキナの人生は不遇だった。
ロボット工学の第一人者として、人の心の作用がロボットに影響をもたらす「思念吸収機構」を完成させたのだが、名声を欲した仲間たちによって裏切られ、手柄を取られてしまう。
しかも自身は研究を盗もうとしたなどと冤罪までかけられ、世間からは罪人のように扱われ、心無い言葉を浴びせられ、社会的に抹殺された。
ここから彼女の心は変調をきたしていく。
「私を蔑ろにした世界に復讐を……!」
そしてマキナはデビグロイドを造り上げ――敗れ去った。
「デビグロイド……ごめん、なさい……」
「博士……」
「私は気づいていた……。あなたは破壊なんてしたくない、優しいロボットだってことに……」
創造主であるマキナはデビグロイドの人工知能の内に芽生えた優しさに気づいていた。
だが、それでも破壊を命じ、デビグロイドは命令に従った。
破壊の規模に比べ、死傷者が決して多くなかったのは、デビグロイドのせめてもの抵抗だったのかもしれない。
「本当に、ごめんなさい……」
「いえ、そんなことないですよ……」
「もし、あなたに生命のようなものが宿っていて、生まれ変わったとしたら、次は望み通り、優しい生き方をして欲しい……」
だが、デビグロイドは言った。
「僕は生まれ変わっても、また博士と一緒にいたいです……!」
これを聞いたマキナは微笑む。
「ありがとう……」
そして、ゆっくりと目を閉じる。
「博士!? 博士ぇぇぇぇぇ……!」
瓦礫が本格的に降り注ぐ。
マキナの後を追うように、デビグロイドもまた機能を停止した。
狂気の女博士と悪のロボットはこうして敗れ去ったのである。
***
町で一人の少女が演説をしている。
「この危機を救って下さるのは、守護神様しかいないわ! 皆で守護神様を目覚めさせるわよ!」
長い銀髪で白の僧衣をまとったこの少女はレベッカ・クトーラ。
生まれながらにして神の力と知恵を授かり、神と対話できるとされる聖女である。
演説を聴いていた町民の一人が言う。
「守護神様がこの近くの山に?」
「ええ、きっといるわ! だからみんなで起こしに行くのよ!」
聖女レベッカに率いられ、町民は近くの山に向かった。
やがて山の中腹にたどり着く。
「このあたりを掘り進めればきっと守護神様がおいでになるわ!」
皆、半信半疑で――しかし聖女の言うことなのだからと懸命に土を掘り進める。
程なくしてスコップやツルハシでは歯が立たない物質が出てくる。
「なんだこれ?」
「かってぇ!」
「みんなで掘ってみよう!」
土の中には黒い巨人が埋もれていた。
角が生え、黒い装甲に覆われ、恐ろしいがどこか優しい顔をした巨人だった。
「うわっ、なんか出てきた!?」
「真っ黒だ……」
「大きいな……」
聖女レベッカは歓喜する。
「これよ! これが守護神様、私たちを窮地から救って下さる救世主よ!」
「聖女様、守護神様をどうすればいいんで?」
「みんなで町まで運びましょう! 守護神様にロープを結び付けて、丸太を地面に敷いて、引っ張るの!」
聖女の知恵で、町民らは協力して、町まで黒い巨人を運んだ。
かなりの重労働だったが、この巨人が救世主であると信じて、どうにか巨人を町の大広場まで運び入れた。
しかし、巨人は動かない。目覚めてくれない。
町民たちにも不安がよぎり始めてきた時――
「う……」
「動いたぞ! 守護神様が目覚めた!」
巨人が目を覚ます。
おおっ……と歓声が上がる。
レベッカが町の人間を代表して巨人に尋ねる。
「あなたの名前は?」
「僕ですか? 僕は……デビ……デビグロイドです」
見た目に反し、好青年とさえ思える声だった。
レベッカが勝気な笑顔になる。
「初めまして」
「は、初めまして」
「私は聖女レベッカよ!」
「はぁ……? 聖女?」
デビグロイドはまるで状況が分かっていない。目覚めたばかりなので当然といえる。
「この私が分かりやすく説明してあげるわ。ここはマリーネ王国のアンファンという町よ。さっそくなんだけど、今この町は未曽有の危機に瀕しているの」
「危機……ですか?」
「なんと悪者によって狙われてるのよ!」
「悪者? どんな?」
「邪悪な魔術師ジャガルの侵略の危機にあるの」
「ま、魔術師!?」
「というわけで守護神様、私たちを助けてちょうだい!」
町の人々から助けを請うような視線を浴びせられ、デビグロイドは困惑する。
「待って下さい。僕にそんな力は……」
レベッカは耳をほじるような仕草をする。
「悪いんだけど、あなたの意見を聞いてる余裕はないのよねえ」
「へ?」
「どうやらジャガルが魔物を送り込んできたみたいだから。グッドタイミング? いや、バッドタイミングかも」
レベッカが視線を向けた方角から番兵が駆けつけてきた。
「魔物だ! 魔物が攻めてきたぞー!」
町の人々が怯える中、レベッカがデビグロイドに告げる。
「ほぉら来た。さ、迎え撃つわよ!」
「は、はいっ!」
デビグロイドは自分より遥かに小さいレベッカに従わざるを得ない。
町の入り口まで行くと、魔物の集団が迫っていた。
といってもデビグロイドには見覚えのない生き物だらけ。
彼が学習している“元いた世界の動物”とは、比べ物にならないほど凶悪そうな外見をしている。
「なんですか、あれ……!?」
「だから魔物よ。ゴブリンにオーク、それとジャンボワーム。どいつも並みの人間じゃまるで歯が立たない相手ね」
小さな鬼のような外見のゴブリン。豚の頭をした巨漢のオーク。巨大な芋虫ジャンボワーム。
それぞれが明らかな殺意を持って迫ってきている。
「あんなのと戦えって言うんですか?」
「そうよ。だってあなたしか戦える人いないもの」
デビグロイドは尻込みする。
「無理ですよ……。僕にそんな力は……」
「その巨体でそんな主張をするのは無理があると思うけどね」
「うう……」
「まあいいわ。あなたが戦わないのならこの町は滅ぶ。それだけの話よ」
あっけらかんと言い放つレベッカ。
デビグロイドは周囲をちらりと見る。
武器を用意する者。逃げようとする者。子供を抱きかかえる者。さまざまだ。
しかし、あの魔物集団にかかればたちまち皆殺しにされてしまうだろう。逃げたとしても、果たして逃げ切れるかどうか。
自分がやらなきゃいけないのは分かる。
しかし――
彼の脳裏に女博士マキナとの最期が蘇る。
大破したはずの僕がなぜここにいるのかは分からない。しかし、僕は所詮負けたロボット。正義の力に敗れた悪のロボットに過ぎない。あんな化け物たちに勝てるわけがない。
その時だった。
「デビグロイドッ!!!」
レベッカが叱りつける。デビグロイドはビクリとする。
「あなたならできるはずよ」
「あなた、僕の何を知ってるっていうんです?」
「私は聖女、守護神のことなら何でも分かるのよ」
「こっちはあなたのこと何も分かりませんよ!」
そうこうするうちに、魔物はどんどん迫ってきている。
「俺たちで戦うんだ!」
守護神には期待できない。町民らの中には無謀を承知で戦いを挑もうする者たちもいる。
だが、デビグロイドの内に秘めた“優しさ”が彼らに叫んだ。
「ま、待って……!」
レベッカがニヤリとする。
「やります……僕が戦います! 皆さんを死なせるわけにはいきません!」
デビグロイドは勇気をもって前に出た。
ゴブリンやオークが容赦なく襲いかかる。斧や棍棒が振り下ろされる。が、デビグロイドはビクともしない。
ジャンボワームが足に噛みついてきた。本来ならば毒を注入されるところだが、ロボットである彼に毒など効かない。
――これならいける!
「でやぁぁぁぁぁっ!!!」
デビグロイドが拳を振るう。ゴブリンが吹っ飛んだ。
チョップを見舞う。オークを叩き潰した。
蹴りを繰り出す。ジャンボワームが背中からひっくり返った。
ド迫力の戦いぶりに町民らは「すげえ」と唸る。
しかし、敵の数は多く、このままでは切りがない。
「さすがに殴る蹴るだけでどうにかなるほど甘い相手じゃないわね」
「そうですね。一体一体がものすごく頑丈です」
「だったら今こそあの技を出すのよ! 右手を出して!」
「えっ、なんであなたが僕の技を知って……」
「いいから!」
「分かりました!」
デビグロイドは右腕を伸ばし、叫ぶ。
「デビファイヤー!!!」
右手から強烈な火炎が放たれ、魔物たちを焼き払った。
「今後は左腕よ!」
「はいっ、デビエレクトロ!!!」
左手からの電撃攻撃。魔物らを感電させる。
「そして、トドメよ!」レベッカが拳を握り締める。
「デビカタストロフ!!!」
腹部に設置してある砲口から、強大なエネルギー砲が放たれる。
この一撃は魔物たちを跡形もなく消滅させた。
町民らから歓声が上がる。
「や、やった!」
「すげえ!」
「魔物たちをあっさりと……!」
そしてデビグロイドを囲み、感謝の言葉を述べる。
「守護神様、ありがとうございます!」
「素晴らしい力だ……!」
「あなたは救世主だ!」
かつては恐れられ忌み嫌われた自分が、人々から感謝される。
デビグロイドにとっては戸惑いもあったが、嬉しい出来事でもあった。
その様子を見てレベッカは穏やかな笑みを浮かべる。
だが――
「喜んでばかりいられないわよ、みんな」
レベッカが皆に告げる。
「魔物たちが敗れたとなれば、次はジャガル本人が乗り込んでくるはずだもの」
町民の一人が言う。
「しかし、聖女様。デビグロイド様なら、ジャガルだって相手になりませんよ!」
「……」
確かにいくらジャガルが恐ろしい魔術師といえども、直接的な戦闘力ではデビグロイドには敵わないだろう。
だが、レベッカの胸には一抹の不安が浮かび上がっていた。
まもなく番兵が飛んでくる。
「ジャガルだ! ジャガルが来た!」
レベッカは顎に手を当てる。
「どんな手段で来るつもりかしら……」
デビグロイドは手応えを感じていた。
この世界の魔物は恐ろしい存在である。しかし、自分に倒せない相手ではないと。
「大丈夫です! 僕がみんなを守ります!」
先ほどと同じように町の入り口でデビグロイドが立ちはだかる。
一方の魔術師ジャガル。
黒いローブに身を包み、顔は青白く、鼻は高い。そしてなにより光の宿らぬ暗い目をした男だった。
「あれがジャガル……!」デビグロイドも戦慄する。「しかしなぜ、彼はこの町を狙っているんでしょう?」
「なんでもこの町を拠点にして自分の国を作りたいそうよ。魔物たちを住民としてね」
「なぜ、そんなことを……!?」
「ジャガルも元々は普通の人間の魔術師だったそうよ。だけど、自分の魔法研究を仲間に横取りされ、挙げ句都を追放されてしまった。その後彼は悪魔に魂を売り、邪悪な魔術師となり果ててしまった」
「……!」
かつての主マキナにそっくりだと思った。
「どうしたの? 誰かさんでも思い出した?」
「い、いえ……!」
「同情は無用よ。不幸な目にあったからって町を滅ぼしていいなんてことはないんだから」
「分かってます……戦います!」
レベッカが先頭に出て、ジャガルと向き合う。
「来たわね、ジャガル!」
「お前が噂に聞く聖女だな。私の可愛い魔物たちを倒したのはお前か?」
「いいえ、倒したのはこの守護神デビグロイドよ」
「守護神だとぉ?」
ジャガルがデビグロイドを見る。
デビグロイドとしては、この姿を見て怯えて逃げ出してくれればありがたいが――
「ほう、私の『メフィスト』の実験台にちょうどいい相手だ」
残念ながらそうはならなかった。それどころか余裕すら窺える。
ジャガルが杖を掲げると、不気味な唸り声とともに彼の眼前に紫色の巨人が召喚された。
「紹介しよう! 私が造り上げた闇の力を持つゴーレム『メフィスト』だ!」
どうやらこれがジャガルの切り札にして最終兵器。
メフィストの大きさはデビグロイドをさらに上回る。
「なんですか、ゴーレムって……」
「ざっと説明すると“魔力で動く人形”ってところね。だけど通常のゴーレムはせいぜい人間よりちょっと大きい程度。あんな大きさのゴーレムを作れるなんて、やっぱりジャガルは只者ではないわね」
手強い相手なのは間違いない。
だが、デビグロイドは先ほどの戦いで自信をつけていた。
「気をつけてデビグロイド。油断ならない相手よ。慎重に……」
「いえ、僕のパワーならやれると思います!」
デビグロイドが猛然と駆ける。
「ちょっと待って! あなたはさっきの戦いで消耗してるのよ!」
デビグロイドとメフィストが激突し、組み合った。
大気が弾けるような凄まじい迫力である。
だが、わずかにデビグロイドが押される。
「ぐっ……!」
「グゴゴゴゴ……!」
「やれ、メフィスト!」
命令に呼応するようにメフィストがデビグロイドを持ち上げ、地面に叩きつけた。
地響きが起こるほどの衝撃だった。
まさかパワー負けするとは思わず、デビグロイドは狼狽する。
「く、くそ……!」
「あのゴーレム強いわ! もっと戦い方を考えないと!」
「デビファイヤー!!!」
デビグロイドが右手から炎を放射する。しかし、メフィストには効果が薄い。
「くっそ、デビエレクトロ!!!」
左手からの雷撃。だが、これもメフィストには通じていない。多少焦げる程度。
ジャガルが高笑いする。
「無駄だ、無駄だ。私のメフィストには魔力コーティングを施してある。そんな攻撃は通用せんぞ!」
「ううっ……」
闇雲に必殺技を放ったせいで、デビグロイドはかなりのエネルギーを消耗してしまっている。
「だったら……デビカタストロフ!!!」
腹部から放たれる最強の光線。これならば――
「……?」
しかし肝心の砲撃が出ない。
ジャガルが笑う。
「何も起こらんではないか! こけおどしか!」
「なんで……!?」
レベッカが眉をひそめる。
「さっきも言ったでしょう。あなたは戦いで消耗してるって」
切り札をもう放てないと知り、デビグロイドは焦る。
「だったら……直接攻撃でやってやる!」
デビグロイドが突っ込む。
「バカ! 無謀すぎるわ!」
レベッカが止めるのも聞かず、デビグロイドは殴りかかる。
しかし、強烈なカウンターパンチを喰らってしまう。
メフィストの拳で、デビグロイドの胸元が大きくへこんだ。
「ぐはぁ……!」
この一撃が決定打となり、デビグロイドは膝をつき、動けなくなった。
ジャガルが再び高笑いする。
「なぁにが守護神だ。あっけないではないか。さあトドメを刺してやれ! 向こうが神ならこっちは“神殺し”だ!」
「グゴオオオッ!!!」
メフィストの拳が、今度はデビグロイドの頭部を大きく破壊する。
「ぐあああっ!」
あまりに残酷な光景に町民らからも悲鳴が上がる。
「デビグロイド様が……!」
「もうダメだ!」
「強すぎる……!」
だが、そんな二人の戦いを恐れず近づく者があった。聖女レベッカである。
「待ちなさい」
「ん? なんだ?」とジャガル。
「あなたのゴーレム、大した性能だわ……。だけど、まだまだ力を発揮してないでしょ」
「まぁな」ジャガルは得意げな表情をする。
「だけどそれはこっちも一緒。デビグロイドにはまだまだ隠された力がある。どうせだったら、真のデビグロイドと戦いたいと思わない?」
「……」
ジャガルは考える。
今ここでデビグロイドを倒してしまうのは容易い。
しかし、彼の野望は世界そのものへの復讐。その前段階として、メフィストの性能をもっと試しておきたい。
ならば――
「よかろう……。その挑発と命乞いに乗ってやろう」
ジャガルはメフィストの動きを止めた。
「ありがとう」
「だが、待つのは一日だけだ。明日は必ずこのアンファンの町を滅ぼす」
「いいわ、それだけあれば十分!」
「たった一日で何ができるか知らんが……期待せずに待っておいてやろう」
ジャガルはメフィストとともに引き上げていった。
しかし、メフィストの圧倒的強さを目の当たりにした町の人々は絶望に包まれていた。
***
夜更けになり、町外れでレベッカとデビグロイドは二人きりとなる。
「さっきは助かりました……」
「まったく無茶しすぎなのよ。だけどあなたの戦いぶりがジャガルのプライドを刺激したのも確かよ。おかげで一日時間を取れたしね」
「でも、僕では彼らには勝てないでしょう……」
「……」
「レベッカさん、町のみんなを連れて逃げて下さい!」
「逃げないわ」
レベッカは首を横に振った。
「なぜです!?」
「だって、あなたは勝てるからよ。あんな程度の連中ならね」
「無理ですよ……あなたも見たでしょう? メフィストというゴーレムの圧倒的強さを……攻撃も防御も完璧だった!」
「あなたの強さも完璧なはずよ」
「だとしても、僕はもうボロボロです! この体じゃ……」
「体なら直すわ」
「直すってどうやって!?」
「私が直すに決まってるでしょ。それに『思念吸収機構』を改造すれば、あなたはもっとすごい力を出せる」
「……!」
この言葉でデビグロイドは、レベッカの正体を察した。
「レベッカさん……!? あなたはまさか――」
「ふふっ、やっと気づいた?」
「博士……!? マキナ博士!?」
「そうよ」
「なぜ博士がここに……!?」
レベッカは自分の生い立ちを語り始めた。
「研究所で死んだ後、私は一人闇の中にいたわ。ああ、これがあの世かなんて思った。だけど、誰かが語り掛けてきたの。『消えそうな命の灯がある。お前が代わりに生きてみるか?』って」
「……」
「私は生きたいと願った。闇の中でずっと過ごすのはごめんだったし、なによりあなたにもう一度会いたかったからね」
「博士……」
「多分、このレベッカって子は死産だったんでしょうね。産後まもなく母親も亡くなり、父親もいなかったそうだから、私は天涯孤独だった。まあ、さして不自由はなかったけど」
「でもなぜ、聖女なんてことになったんです?」
「なにしろ赤ちゃんの頃から中身は大人なわけだからね。喋ったり、知恵を授けたりしたら、みんな“あなたは聖女だ”なんて言っちゃって」
「なるほど……」
マリーネ王国には神の力を宿した“聖女”の伝説があった。
そんな伝説がある国で、人並み外れた知能を持つ少女が生まれたら、聖女扱いされ持て囃されるのも無理はないといえる。
「そして、私の中で“いつかあなたもこの世界へ来る”って確信があった。その時のためにこれを作ってたのよ」
レベッカは小さな装置を取り出した。
「なんですか、それ?」
「あなたが発する微弱な電波を受信する装置よ。こっちで作るのは大変だったけどね。それで山の中に埋もれてたあなたを探し出せたってわけ」
「さすが博士……!」
デビグロイドは主との久々の再会を喜ぶ。
「博士、会いたかったです」
「私もよ……」
再会を喜んでばかりもいられない。レベッカはデビグロイドの修理を始める。
「工具もないのにできますか?」
「成せばなる、よ。私は聖女じゃないけど、整備する女“整女”としての役目ぐらいは果たさないとね」
レベッカのジョークにデビグロイドは笑う。
この日一晩中、レベッカはデビグロイドの修理と改造を行った。
全てはジャガルとメフィストを倒すために――
***
翌朝になった。相変わらず町の人々は不安に駆られている。
「今日またジャガルが来るぞ」
「どうする?」
「あんなゴーレムに勝てるわけがない。逃げるしか……」
そんな中、レベッカが告げる。
「みんなにお願いがあるの」
町民たちが耳を傾ける。
「守護神様はみんなが彼を応援し、希望を持つことで強くなるわ! だから決して希望を捨てないで欲しいの!」
デビグロイドも頭を下げる。
「僕からもお願いします!」
しかし、町民たちはうつむいている。勝てっこないという声も聞こえる。
「まずいわね……」
「でも戦うしかありません。やりましょう!」
日が最も高く昇る頃、町にジャガルがやってきた。
今度は最初からメフィストを引き連れている。
「さあ、約束通り来てやったぞ。今日はこの町をきっちり滅ぼしてやる」
「そうはいくものか!」
「ふん……性懲りもない奴め。やれ、メフィスト!」
メフィストが唸り声とともに発進する。
「今度は負けないぞ!」
デビグロイドも飛びかかる。
拳と蹴りによる格闘戦が始まる。レベッカの修理が功を奏し、昨日よりはいい勝負になっている
だが――
「その程度では期待外れだなぁ!」
メフィストの拳がデビグロイドの顎を打ち上げる。
「ぐああっ……!」
メフィストが本気を出し始めた。次第にデビグロイドは追い詰められていく。
すかさずレベッカが応援する。
「デビグロイド、頑張って!」
その応援でデビグロイドの中に力が湧く。だが、メフィストを倒すにはまだ足りない。
やはり町の住民の力がなければ――
その時だった。
町の子供の一人が――
「デビグロイドさま、がんばれ!」
勇気を出して応援を始めた。
これを皮切りに、人々がデビグロイドを応援し始める。彼に希望を見出し始める。
「ふん、下らん。応援で勝てるのならば苦労はせんわ!」
レベッカが笑う。
「残念ね。デビグロイドは応援されればされるほど強くなるのよ!」
「……!?」
「かつてのデビグロイドは恐怖や絶望を吸収して強くなった。だけど……だから敗れた。今は違う! 人々の応援や希望を吸収できるようになったデビグロイドは無敵よ!」
レベッカの言葉に呼応するように、デビグロイドが吼える。
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
デビグロイドが右腕を出す。
「デビファイヤー!!!」
火炎がメフィストを焼く。昨日とは比べ物にならない威力。
「デビエレクトロ!!!」
電撃がメフィストに大打撃を与える。
昨日とは別人のようなデビグロイドの反撃に、ジャガルは狼狽する。
「バカな……! なぜ、これほどの強さが……!」
「さあ降参しなさい、ジャガル」
冷たい眼差しを向けるレベッカをジャガルが睨み返す。
「降参などするか……! 私はこの世界に復讐するのだ! メフィスト、私を取り込めぇ!!!」
ジャガルはメフィストに近づくと、そのまま体内に入り込むようにして、“融合”した。
「うおおおおおおっ! この世界に復讐をぉぉぉぉぉ!!!」
メフィストと一体化したジャガル。これこそが最大の切り札。
ジャガルの魔力と憎悪を取り込み、メフィストは何倍にもパワーアップしている。
デビグロイドは攻撃をためらってしまう。
眼前のジャガルとマキナを重ねているのだろう。
だが、レベッカは静かに言った。
「あいつに同情してしまってるんでしょ? 気持ちは分かるわ……」
「博士……」
「だけど、もう倒すしかない。それがきっと彼の救済になるの。今の私のようにね……」
「……分かりました!」
最後の力を振り絞り突っ込んできたメフィストに、デビグロイドが構える。
「デビカタストロフ!!!」
腹部の砲口から放たれた極大の光線が、メフィストを包み込んだ。
「ぐああああっ!!! こ、これが……守護神……か……」
邪悪なる魔術師ジャガルは、自ら生み出した兵器メフィストとともに消滅した。
あとには静かな風だけが残った。
「終わったわね……」
「はい……」
レベッカの言葉に、デビグロイドはゆっくりとうなずいた。
***
戦いが終わり、デビグロイドはレベッカと相談し、町を出ることにした。
マリーネ王国にはジャガルのような――いやそれ以上の闇がまだまだ潜んでいる。
それらを自分たちの手で倒し、本当に守護神になろうと決めたのだ。
「思念吸収機構」を改造し、人々の応援や希望を力にできるデビグロイドは、人々から崇められ慕われるほどに強くなることができる。
町民たちは惜しみつつも、全員で彼らを見送る。
「レベッカ様、デビグロイド様、お気をつけて」
「ええ、みんなもね」
「必ずこの王国全体を平和にしてみせます!」
「じゃあ行くわよ!」
デビグロイドと聖女レベッカ。
かつては悪のロボットと狂気の女博士だった二人。
しかし、生まれ変わり、今度は守護神と聖女としての道を歩み出そうとしている。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。