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エイト

作者: 音渕 実沙

 私がこの地を離れるまで、残り3週間を切った。

 ここへ来た当初は、見知らぬ土地に馴染めるか、周囲とうまく付き合えるか、滞りなく任務を遂行することが出来るかとあれこれ心配していたが、すべて杞憂に終わった。

 動きはエレガントに。話す時は、相手の目をしっかりと見て、相手に威圧感を感じさせないようにゆっくりと、しかし強い意志を感じさせるように。

 常にそう心がけていたせいもあってか、私が声をかけた相手は誰しも、熱い瞳で見つめ返し、声に耳を傾けた。一部の人間は、私を「愛すべき存在」と言っていたらしい。

 私の名は「エイト」。もちろん本名ではなくコードネームだ。地球へ派遣された、8番目の調査員という意味を持つ。

 私に課せられた任務は、派遣された地域の生命体を調査すること。

 我が星が誇るスーパーコンピューターが、調査員に適した地域と時代を入念に調べて潜入させ、地球上の生物が宇宙の秩序と平和を乱す存在になっていないか、今後そうなる可能性がないかを監視している。

 調査員は定期的に交代するが、派遣されるのは一度にひとりだけ。だから何かが起こっても、ひとりで対処できるだけのスキルと判断力が必要になる。

 我々は、周囲に怪しまれないよう、また地球とそこに住む生物に影響を与えないよう、細心の注意を払って日々の任務を遂行している。

 派遣期間は概ね4年だが、状況によっては多少の長短が出ることもある。

 調査員は皆、調査の意味も、その重要性もよく理解しているのだが、ごく稀に熱心になり過ぎて、地球内生物との距離間を見誤ってしまう…分かりやすく言えば、恋愛感情を持ってしまう、もしくは持たれてしまう者がいるのも事実だ。

 そのような場合は、たとえ任期内であっても星へ強制送還させるのだが、出来るだけ不自然にならないよう、周りに不審がられないように、転勤や転校、IターンにUターン、消息不明等を装って調査員を回収するのだ。そして彼もしくは彼女の記憶が、ごく自然に薄れていくのを待つ…という非常に穏やかな方法をとっていたのだが、ここ最近は、SNS等を駆使してどこまでも追ってくるという粘着質な人間に頭を痛めている。

 本当にどうしようもない場合は、ひとりもしくは集団の記憶を操作するということも出来るが、そこに住む生物に影響を与えないように、という理念に反するので、滅多なことでは実施されない。

 後任への引継ぎは任期が終わる3~4週間前で、その時だけ同じ地域、時代に調査員が2人存在する。

 前任者は後任については全く知らされておらず、どのように接触するかも後任者に一任されているため、相手がどんな姿で、いつどこで接触してくるのか全く分からない。

 ただ声を発しなくても脳に直接伝わるので、お互いにひと目で相手が調査員と分かるのだ。

 私が前任者にコンタクトしたのは、前任者の任期が残り4週間を切った頃だった。だから私も後任者からの接触がそろそろあってもいい頃なのだが、少し遅れているようだ。何か問題でもあったのだろうか。

 私はガラスに映った自分の姿を見た。そこには一匹の美しい猫がこちらを見返していた。

 そう、私は猫としてこのニッポンという国に派遣されたのだ。

 猫の姿で派遣されることを知った時は衝撃だった。何かの間違いではないかと上司に質問したが、スーパーコンピューターが弾き出した結果だと言われた。なおも食い下がると、ようわく教えてもらったのが次のことだ。

 スーパーコンピューターは、私の洞察力、他の生命体とのコミュニケーション力を最大限に生かせる生物、そして何よりコードネームが「エイト」だから、私を猫にしたらしい。コードネーム?

 ここ日本では、「ハチワレ」という顔の毛並みの色が、鼻筋を境に左右に分かれていて「八」の字形に見える猫をそう呼ぶらしい。

  これは、適正や能力を生かせるうんぬんではなく、ただのダジャレというものなのではないだろうか。

 思えば、「ワン」は「犬」であったし、「スリー」は香港の空手映画スターであった。

 世間では、彼は撮影中の事故で亡くなったことになっているが、本当のところは、調査期間が終わって帰還しただけのことである。もちろん今でも健在だ。

 映画スターは4年以上活躍していただって?集団記憶操作が使われたのは、確か地球では、彼のケースが初めてだった。

 「スリー」が人間だったこと、映画スターだったことで意気揚々と赴任した「フォー」は、確かに人間ではあったけれど、ただのフォー屋台の主人で、随分がっかりしているようだった。失礼、話がそれてしまった。元に戻そう。

 地球で過ごした3年間の猫ライフもそれなりに楽しめたが、やはり星へ戻り、本来の自分の姿に戻れるのはうれしいものだ。後任者からの接触が待ち遠しい。


 私の派遣調査期間が、終了まで1週間を切った。まだ後任からの接触はない。一体どうしたのだろうか。何か不測の事態でもあったのだろうか。

 そんなことを考えながら、公園のいつものベンチの下で丸くなる。

 比較的大きなこの公園は、子供が遊べる遊具や、遊歩道がある他、テニスコートやサッカー、野球もできる運動場があるため、多種多様な人や動物が集まり、私の主な情報収集の場のひとつだった。

 午後のやわらかな日差しに少しうとうとしかけた頃、突然頭の中に声が響いた。それと同時に、硬くて丸いものが、私の右前足に触れた。なんだこれは、野球のボール?

 『やっと見つけた。近くにいる気配はしてたから、ずっと探してたんだ。ベンチの下は盲点だったな』

 見上げると、縦縞の上下のユニフォームを着た、ずんぐりとした印象の中年男性が私を見下ろしていた。コイツが後任者か?下腹が出ているな。

 男は、私を抱きかかえ、横に転がっていたボールを拾って歩き出した。

 「ボール見つかったぞー!」後任調査員は公園に併設された野球場に向かって大きな声をあげた。やつの腕の中で、不審そうな顔をしていたのかもしれない。脳に再び声が響いてきた。間違いなく後任者だ。

 「ナイン…」私は小さく呟いた。またもダジャレで来たのか、スーパーコンピューター!


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