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第二話

リィンはごく普通の村で生まれたごく普通の少年である。ちょっとだいぶ人間より顔面が整っているが、本人は自覚してはいなかったりする。母が似たような顔面だからだ。

そして途中で会ったよくわからん少年もめちゃくちゃ顔が良かったので、自分の顔面が良いことは特に気にしていなかった。


この時までは。


「ピギャーッッ!!」

「スライムーーーーーーーーッッ!!!!!!!!!!」

「うわ、魔物って人間の美醜わかるんですね〜」


スライムが逃げていく。戦闘中リィンのフードが外れたからだ。馬の被り物をした謎の少年──タチバナが、その光景を見て楽しそうにきゃらきゃら笑った。


「いや、これ俺のせいか!? 多分違うと思うんだけど!!」

「でもリィンが顔見せた瞬間逃げますよね」

「うっっ」

「これじゃ、ツギーノ村の依頼果たせそうにないですよう。どうします、リィン?」

「うう〜……!」


世間は、何の後ろ盾も持たない子供に思っていたより厳しかった。タチバナが合流してからそんなこともなくなったが、子供一人の旅とわかると強盗はすぐに襲ってくる。どれだけ頑張ってお金を貯めても奪われる日々、リィンはいい加減温かいベッドで眠りたかった。


「やっぱり弓ですよ、弓。魔物の素材採取は弓じゃないと不便ですって」

「えぇ……でも俺、剣が……」

「次からご飯食べれませんよ」

「ううっ……」


リィンの顔はどうやら魔物に特効が入るらしく──天使云々と難しいことをタチバナは言っていたが、半分も理解していない──近付くまでに顔を見られて逃げられる日々が続いていた。


タチバナはそんなリィンに呆れ顔だ。どうしてそう剣に拘るんですか、と非難気味。剣を使っているせいで逃げられるのだからそれはそうだが、タチバナはリィンが剣を使うことをよく思っていない。


「……なんか、勇者っぽくない?」

「……ユウシャ」

「俺の家、母さんの影響で難しい本ばっかだったんだけどさ、俺が本読める頃になると、母さんが色々簡単な小説とか絵本とか、買い与えてくれたんだ」

「はあ」


昔から手先は器用だったので、自分で削り出した木の剣をぷらぷらと振る。遠くに森の見える平原を歩きながら今日の宿に相応しい場所を目で探す。

今日の顔隠しアイテムは被り物らしい。村の掘り出し物市で安かったものだと言うそれは、夜に見たら怖いだろうなぁと思った。


「そん中で一番好きだったのが勇者物語なんだよ。かっこよくねぇ? 勇者。

まぁ、今は国管理の聖剣に選ばれなきゃなれないし、その聖剣抜くのも順番待ちだし……国に辿り着けない俺には関係ないんだけどさ」


聖なる力とやらを持てても、リィンのヒールはへっぽこだし剣の腕は控えめに言って高いとはいえない。国管理の聖剣は成人以上ではないと挑戦すら許されていないし、リィンはまだ十二歳だ。


「俺が六年後に成人して、その頃にはもう抜かれてんだろうなぁ……」

「あっはは、それが現実でしょうね。ちゃんと見据えられてえらいえらい」

「わ、分かってるよ。ちょっ撫でんのやめろ! おまえ年下だろ!」

「たった三年ですよ? 大陸の歴史から見たら短い短い」

「三年も、だろ!」


実際は三年どころでなく、タチバナも全然九歳ではないのだけれど。タチバナはそっと黙ってリィンの頭から手を離す。

照れたように、拗ねたように頬を膨らませるリィンは年相応に愛らしい。くるくると良く表情の変わるお方だと、タチバナはにこりと笑った。


「無謀な夢は捨てて、城下で鍛冶屋にでも弟子入りした方がよっぽど有意義ですよ。城下であれば、本物の『ユウシャサマ』に会えるかも?」

「ま、まじで!? 勇者って聖剣だけで戦うんじゃねーの!?」


リィンが目を輝かせてそう言うと、タチバナは知らないんですか、と呆れた風でため息を吐く。

この世には火、水、土、木など、様々な属性がある。自分は土ですね、とタチバナは小さなゴーレムを錬成してみせた。


「聖剣は魔の属性に有効ですが、人間には効きません。盗賊や山賊相手に勇者がやられたなんて夢も何もないでしょう」


ゴーレムがタチバナの手の上、タップダンスを踊る。くるくるともう片方の手でゴーレムを操り人形のように操るタチバナは、なんでもないことかのようにしれっとした顔をしていた。


「それに仲間も……いるでしょうね」


ぽこぽこぽこ。

足元の土からまた数体、小さなゴーレムが湧き出てくる。魔女に戦士、修道女。それと、フードを深く被った誰か。


いつのまにかタチバナの手のひら、大切に守られたゴーレムは剣を手にしている。勇者のつもり、らしい。


「仲間は聖なる〜なんて専用武器はありません。ユウシャサマは、そんな彼らのために鍛冶屋へ赴くのでは?」


タチバナの小さな指がついついと『勇者』の頭を撫でた。愛情がこもったその手つきに、どうしてかこちらがむず痒くなる。


今にもいななきそうな馬の被り物がくるっとこちらを向いた。少し怖い。


「……ほんとに、鍛冶屋になったら勇者に会えんの?」

「まぁ、有名な所になればね。王都の鍛冶屋であれば、可能性は高いですし……」

「し?」


被り物の奥、哀れな『勇者様』をタチバナは見つめる。この子供は自分を全く信用していて、そして自分がこれから言うことも、決して間違いではない。世界にとってそれが、非常に大きな損失というだけで。


見えないだろうけれど笑みをかたどる。ニコッと小首を傾げて、タチバナは告げた。


「王都で務めるともなれば、お母様に本も買ってあげられるし、村にだってたくさんお金も入れられます」

「…………ほんと?」


リィンの母親は病弱だ。王都の空気が合わないと長閑な田舎に引っ越してきても、やはりいつもどこか悪そうだった。薬も飲んでいて、そのせいで出費が嵩み、今はもう、売れもしない頁の抜けた古本しか家にはない。

ちゃんとした本を買いたい。リィンは難しくてよく分からないけれど、そうしたら咳ばかりの母も、たくさん笑ってくれるはず。


「ええ。さらに今なら、俺も手伝ってあげますよ! 鍛冶屋に興味もありますし。何しろ俺の属性、土ですからね」

「タチバナも?」


リィンはパッと顔を上げた。タチバナは一般よりずっと優秀な魔導士であり、何なら実力は世界一と言っても過言ではない。協力の申し出は、普通であれば成功が約束されたと同然である。


けれど、彼はそういうことを気にする子供ではなかった。


「じゃあ、一緒に頑張ろうな!」


なんの衒いもなく、ただ友人と一緒にいられて嬉しいという笑顔。タチバナはその笑顔に少し瞬いて、微笑んだ。


「……はい。一緒に頑張りましょうね」


リィンの差し出す手のひらに子供用の弓を預ける。代わりに剣を受け取って、腰元に提げた。

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