第八話 剣とナイフを学ぶ
前回のあらすじ:
父から魔法を教えてもらった後、剣とナイフも学ぶことになりました。
魔法を教えてもらった翌日、今度は剣とナイフの使い方を教えてもらえることになった。
前世では平和な日本に暮らしていた上に、住んでいた地域も都会というほどではないにしても、狩猟をするほど山の中でもなかったので、ナイフは料理くらいにしか使ったことはないし、剣なんて銃刀法の影響で触ったこともなかった。
ゆっくり初歩から教えて貰わないと全くわからない。
そんなことを考えているうちに父がナイフと木剣を持って戻って来た。
木剣はわかるとして、ナイフは本物だけど、それを訓練に使うつもりだろうか。
なんだか不安になってきた。
「よし、準備もできたから始めようか。まずはこれがナイフだ。普段キャロルが料理に使っている物とはちょっと違うな」
「そうですね」
父が見せてくれたナイフは刃の部分が先端に行くにしたがって細くなっていく、前世のサバイバルナイフに似た物だった。
「ナイフはとても便利だ。森の中で武器をなくしてしまった場合でも手近な木の棒や硬い蔦などから槍を作ることができるし、罠にかかった獲物にトドメをさすのにも使える。他にも、森の中で料理をする必要がある時にも使えるし、火起こしをしなければいけない時に必要な小さい薪を作るのにも使え、罠をはじめ何かを作ったり加工したりしないといけない時にも役立つ。万能
の道具だ」
「なるほど、とてもすごいということだけはわかりました」
用途を言葉で説明されても実際の風景が全くないので、よくわからなかった。
木の棒の槍は先をそぎ落として作るんだろうなと想像できなくはないけれど、罠にかかった獲物にトドメをさすってどう考えても怪我しそうだし、罠を作るとかそんな器用なことできない……。
というか、そんなに森の中での使い方を知っているって、父は一体どんな過酷な環境で生きてきたんだろう。
森に行く前にこの世界で生きていく自信がなくなってきた。
僕が考え事をしている間にも父の授業は進んでいく。
「とまあ、ナイフはいろいろと使えるんだが、戦闘には役に立たない」
「え、使えないんですか?」
ナイフなんだから普通に戦いに使わないのだろうか?
「ナイフの間合いに入るような位置まで近づく前に魔法でボロボロにされるし、魔力で身体能力を強化している魔物なんかにそんな距離まで近づいたら突き飛ばされる」
「……なるほど」
たしかに遠距離攻撃手段がある相手にナイフで突っ込んで行くのは自殺行為だし、魔物に近づいたらいけないっていうのは本能レベルでわかる。
現に猪にはねられたと同時に記憶が戻ったので痛いほど理解できた。
「別にナイフも戦闘に全く使えないわけじゃない。対人戦闘などで相手の懐に入ることができたのなら使いどころはあるし、暗器としてはお馴染みだからな」
「父さんは対人戦闘も経験したことがあるんですか……?」
「ああ、前に指南役が……」
そこまで言ってから父が動かなくなった。
また最近流行りの動作不良らしい。
口は固まっているが、目は答えを探すようにキョロキョロしている。
しばらくして再起動した父が話し始めた。
「それはともかく、簡単にナイフを使って練習してみよう」
かなり強引な話題転換だったような気がするが何も言わない。
この話もタブーのようだ。
◆ ◆ ◆
二時間ほど実際にナイフを使って、木の棒を削って槍のように加工したり、小さな薪を作ったりして練習した。
ちなみに、作った木の槍は畑の支柱に、小さな薪は料理の際の着火用の薪になるらしい。
無駄をできるだけ出さないようにしていて、素直にすごいと思ってしまった。
僕が丹精込めて作った木の槍もきっとおいしい野菜を作るのに役立ってくれるのだろう。
そこまで終わったところで父が木剣を取り出して、僕に手渡してきた。
「よし、剣術を教えるにあたっておまえの実力を知りたい。魔法もあれだけ使えるんだから剣もそれなりに使えると思うし、素振りや手本を見せられても困るだろ」
「剣は本当に素人なのでいきなり模擬戦は無理です……」
「大丈夫だ、さあ来い」
一体何が大丈夫なのかさっぱりわからない。
そもそも剣の握り方からしてわからない。
前世で知っているのは、ゲームのコントローラーの握り方と自転車のハンドルの握り方ぐらいなのに……。
それに持たされた木剣は重くて持っているだけで結構疲れる。
こんな物振り回すなんて厳しいし、どう考えても当たったら怪我をしそうだ。
そんなことを考えていたら僕があまりに動かないので父が不審そうに首を傾げはじめた。
これ以上待たせると何か言われそうだ。
しょうがないので、父の持ち方を見よう見まねで、両手を付けて木剣を握り、腕を斜めにして正面に構えた。
僕がようやく動いたのを見て満足したのか、父も剣を握り直した。
僕はそのまま大上段に構えて父に向かって突進した。
気が付いたら手から剣がなくなっていた。
それを認識して少ししてから地面に木剣が落ちる音がして、手のひらからじわじわと痛みが伝わって来た。
酷い……。初心者相手に全く容赦がない。
自然と涙が溜まった目で、父を睨む。
「すまんすまん、剣は本当に何もわからなかったんだな。でも握り方と姿勢はよかったと思うぞ」
全然救いになってない。
あまりに悔しくなった僕は地面から木剣を拾い上げて、ジンジン痛む手にもう一度握り直した。
「もう一度お願いします」
「お、おう。いいぞ、いつでも来い」
先日の魔法練習で教えてもらった光属性の回復魔法である『癒し』を唱えて手のひらの痛みをとる。
続けて、母から教えてもらった、紐を生み出して物を縛ることができる生活魔法の『縛る』を使って剣と右手を固定した。
準備ができたところで正面に『火球』の魔法を唱えて、ただし一度の詠唱で三発同時に生成させて父から見て一直線に重なるように配置して飛ばした。
それに合わせて僕も地面を蹴って、一気に父との距離を詰める。
さらに土魔法と水魔法を組み合わせて作った『泥』の魔法を唱えて父の足元に展開した。
僕が魔法を詠唱し始めたことに父は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに初撃のファイアーボールを回避しようとした。
しかし、そのタイミングで『泥』の魔法が発動して、父の左足が地面に沈み込んだ。
父は回避できないと判断するや否や、ありえないような動きですぐさま体勢を整えて、一発目の『火球』を木剣で打ち消した。
ただそのすぐ後ろから次の『火球』が迫っているのを見つけて顔を引きつらせた後、完全に地面に沈み込んでしまっているはずの左足を強引に引き抜いて、物理的にありえないような動きを見せて、残る二つの『火球』を回避して見せた。
ただしその時には僕は父の横を通過して、土魔法の『棒』で地面から伸ばした土の棒に左手で掴まり、一気に進行方向を変えて父の背中側へ右手の剣を叩きつけた。
不思議な事にまるで金属か何かを叩いたような感触がした。
そこまでで全ての手を出し尽くした僕はそのまま右手に木剣をぶら下げたまま立ち尽くした。
まさか『火球』を木剣で消すことができるなんて思ってもみなかった。
それに途中どう考えても物理的におかしな動きをしていた。
全く意味が分からない。
もしかしたら父もゴリラの獣人か何かなのだろうか?
そこまで考えたところで、木剣で叩かれた姿勢から動かなくなっていた父がゆっくりとこちらを向いて興奮したように話し始めた。
「すごいな、今の組み合わせ。一発目の『火球』に重ねて二発も隠して、それに気を取られたところで足元を固定して、さらにはそれら全部が囮で最後は自分で突っ込んでくるとは」
「急に魔法を使ってしまってごめんなさい、剣だけだと勝てないと思って」
落ち着いて考えてみると、剣の稽古の最中に断りもなく魔法を使ってしまったことに気付いた。
これは剣道の練習中に銃火器を持ち込んだのと同じぐらいの蛮行だろう。
剣術で圧倒されて悔しくなり、熱くなりすぎてしまった。
反省しよう。
というか、僕の使った攻撃をあの状況で全部覚えているってやっぱり何者?
「父さん……」
「おう、なんだ?」
「もしかしてゴリラの獣人ですか?」
「……は?」
その日の練習はこうして幕を閉じた。
模擬戦とは言え戦闘描写が入ったのでだいぶ長引いてしまいました。
戦い始めると止まらなくなりますね……。