第七話 魔法を学ぶ2
前回のあらすじ:
父から魔法を教えてもらうことになりました。
母から提案された日の夕方、父が畑仕事から戻ってくると、僕は早速お願することにした。
「父さん、僕に魔法を教えてください! お願いします」
そう言って、僕は頭を下げた。
「どうしたんだ、急に。もしかして、森に行きたくなったか?」
違う、そうじゃない。そうじゃなくないけど、たぶんそうじゃない。
おそらく父がイメージしているのは森に狩りに行くという意味だろう。
僕は森の中に入りたいんじゃなくて、森の近くにいる狼に会いたいだけなんだけど……。
「えっと、うん、そうです。今度は怪我をしないように強くなりたいです」
正直に言うわけにもいかなくて、とりあえず肯定しておくことにした。
「そうか、よかった。あれからずっと家を出ようとしないから心配していたんだ。明日から時間を取るから教えてやろう」
「よろしくおねがいします」
ということで、明日から教えてもらえることになった。
◆ ◆ ◆
翌日、僕は家の玄関に立っていた。
昨日僕が引き起こした惨事の影響で魔法は家の外でないと練習できない。
しかし長らく家の中だけで生活していたので、家の敷地内といっても出るのに抵抗があり、こうして玄関で一人恐怖心と格闘することになっていた。
そこへ父がやって来た。
「お、準備できているな。じゃあ、早速始めようか」
そう言って、父は後ろから僕を抱き上げて外に出てしまった。
ショックで一瞬目の前が真っ白になる。
視界は真白のはずなのに、頭の中で川が見えて、遠く離れた対岸に前世の両親が手を振っているのが見えた気がした。
「あれ……?」
想定していない出来事に少しだけ意識が飛んだけれど、外に出てみてもそれほど怖くなかった。
暖かな日の光が一面を照らし、いつも窓から見ているだけだったまだ青い麦穂が風に揺れている。
頭上を二羽の小鳥が通過して、互いに囀りながら麦畑の奥の青空へ飛び去った。
そんな光景にしばらく目を奪われていると、いつの間にか地面に下ろされていた。
「どうした、久しぶりに外へ出てびっくりしたか?」
不思議そうに父が尋ねてくる。
「はい、ちょっと見惚れてました」
「いつもの景色に? 家にこもりすぎだったんじゃないか?」
「そうだったみたいです」
僕は笑顔でそう答えることができた。
◆ ◆ ◆
気を取り直して、魔法を教えてもらう。
「父さんは何属性の魔法が使えるのですか?」
「光・火・水・土・風の五属性が使えるぞ」
「……・え?」
一瞬頭がフリーズした。
どういうことだろう……。
今五属性って言ったけど、それって人間が使える属性全部じゃん。
本当なのかな?
「父さん、冗談を言っているんですか?」
「いや、冗談じゃないぞ。本当に使える」
そう言って、父は手のひらの上に火の玉や水の玉を出しては消して、続けて作り出した土の玉を風の刃で切り裂いて粉々にしてしまった。
「光属性は前におまえの怪我を治したからわかるだろ」
その光景を僕は唖然として見ていた。
いろいろ突っ込まないといけないところがある。
今火球や水球をどうやって消したんだろう?
僕が前に練習した時には一度発動したら消せなくて大惨事になったのに。
あと、詠唱はきちんとしていたけれど、発動速度が速すぎる。
僕の時は魔力が抜ける感覚から少ししないと発動しなかったのに、今父は連続で出して見せた。
言われて思い出したがたしかに怪我を治せたということは光属性も使えるのだろう。
しかし、なによりも気になる点が――。
「父さんは聖職者だったんですか?」
「いや、普通の村人だが。職業という意味では、農家兼狩人というところかな。」
「では、どうして光属性魔法が使えるのですか?」
「……」
今度は父が固まった。
どうやらこの辺りでは、古いPCのようにフリーズする現象が多発しているらしい。
度重なる想定外のことに僕も一瞬現実逃避してしまったようだ。
「それは、あれだ、稀に使える人もいるんだ」
しばらく考え込んでいた父がそう答えた。
誰がどう見ても嘘だ。
どうやら母と同じように父にも何か秘密があるようだ。
「そっか、父さんはすごいですね!」
「……そうだろう。さあ、早速一つずつ練習していこう」
母の時と同じくこのことにも触れないでおこう。
僕にも前世の記憶という秘密があるからお互い様だよね。
◆ ◆ ◆
しばらく練習に付き合ってもらっていろいろ分かった。
まず、以前部屋で多大な犠牲を払って実験して分かっていたように、僕には火と水の適性がある。
そして、今日の練習で土と風の初級魔法も十分な強度で発動したので、その二つの適性もあることが判明した。
さらに、……僕も光属性魔法を使うことができた。
この世界に来て以来神に祈った記憶がないのに、一体どういうことなのかと不思議に思っている僕とは対照的に父はこの結果を確信していたようだった。
もしかしたらこの辺りには土着信仰のようなものがあって、この家は代々その神主のような役割を果たしているのかもしれない。
そうだとすればギリギリ説明はつく気がした。
そんな怪しげな儀式を見た記憶はなかったけれど。
一度発動した魔法を消すには、消えるようにイメージしながら魔力を流せばいいらしい。
ただし、発動と消去の際にそれぞれ魔力を消費してしまうので、効率はとても悪く、普通は行わないということだった。
なんとなく、生活魔法の『洗浄』のように感じた。
魔法の発動速度は練習や実践などによる慣れが一番大きいということだった。
しかしあれだけの速度で発動できるようになるためには、一体どれくらいの時間がかかるというのか。
考えただけでも気が遠くなる。
今後も継続して練習していく必要がありそうだ。
「しかしさすが俺の息子だけあってコリンは勘がいいな。魔法の基礎から教えないといけないって思ってたのに、普通に全部使えちゃうんだから」
「使えるって言ってもまだ初級だけですよ。それにお父さんほど速くもできないし、魔法の消し方とかも今日初めて知りました」
「……そういうのは普通上級のテクニックなんだ。初めて教えてもらってそれだけできるやつはなかなかいない」
褒めて貰えて嬉しかった。
前世ではある程度できてもそんなに褒めて貰えなかったし、もっと出来る人がいくらでもいたからあんまりうれしくなかったけど、どうやらこの世界では少しは優秀なようでよかった。
そんなことを考えていると父が話しかけてきた。
「これから中級以上の魔法を練習していくことになると思うが、危ないから家の庭でも練習できない。だから村の外にある草原で練習するといい」
「中級以上はそんなに危険なんですか?」
「ああ、初級は術者に近い場所でも使うことができるが、中級以上の魔法は攻撃性を求めて使われるものだから、術者の近くで使うと自爆になるぐらいには威力が強い」
「そうなんですね……。気を付けます」
中級以上はさらに慎重に練習していった方がいいようだ。
ただ、家の庭よりもはるかに遠い村の外の草原まで出なければいけないのも気が重い。
ようやく今日庭に出ることができるようになったばかりなのにさらに外とは。
魔法を使いこなせるようになる道のりは険しいようだ。
「それから、魔法もいいが、森の中には遮蔽物が多くて魔法は使い勝手が悪い。実際の戦闘でも術者は近接戦闘に持ち込まれると不利になるし、森の中や畑での仕事なんかもあるから、剣やナイフの使い方も教えてやろう」
たしかに森の中では魔法は使いにくいだろうけど、狼に会いに行くだけだから森に入るつもりはないんだけどな……。
でも、父の言うように今後生きていく上でも農業と狩りの方法は覚えておかないと大変かもしれない。
やるしかないようだ。
「よろしくおねがいします」
やることが一気に増えてフラフラとしながら僕は頭を下げた。
魔法の次はナイフと剣を教えてもらいます。