第十五話 密会
前回のあらすじ:
魔王城で御前会議が開かれ、一部常備軍を国境周辺に移動させることになりました。
御前会議が終わった後、悪魔族の族長デゼルは魔王城の城下町を不可視化の魔法を行使した状態で飛行していた。
目的地はゴブリン族の族長ゴブラの滞在している宿屋だ。
「はあ、あの慎重な魔王には邪魔ばかりされますね。せっかく開戦の機運が盛り上がって来ていたところでしたのに」
そんな風に愚痴りながらデゼルは宿屋の一室の窓を外側から軽く叩いた。
するとあらかじめ彼が来ることがわかっていたように、窓が開いて彼を招き入れた。
「おい、どういうことだ? 戦争にならなかったじゃないか。このままでは俺らの部族は大勢が餓死しちまう」
不可視化の魔法を解除して椅子に座ったばかりのデゼルに対して、ゴブラが厳しく詰め寄る。
「まあまあ、お待ちください。私達の想定していた以上に魔王が臆病でしたので少し予定が狂っただけです。まだ計画自体は動いていますよ」
デゼルが落ち着いた調子で語りかけるので、ゴブラも落ち着きを取り戻したようだ。
「では、どのようにして開戦するのだ? 何とかして戦争に持ち込んで人間どもの豊かな土地を奪い取らなければ、我がゴブリン族はこれ以上生き残れねえ」
「ええ、その通りですね。開戦させるの自体はとても簡単ですよ」
「何? どうするのだ?」
「間もなく人間の国との国境沿いに魔王軍が配備され、そのことに人間も気付くでしょう。その状態でゴブラ殿の部隊を使って国境周辺の村を襲えばいいのですよ」
デゼルは悪びれる様子もなくそう提案する。
「するとどうなるのだ?」
「人間側は魔王軍によって攻撃されたと認識するでしょう。これまで中途半端に200年の間争いがなかったエリアです。おそらく再び魔王軍の侵略が始まったと判断することでしょう」
デゼルはあえて「200年」の部分を強調してそう話した。
「うん? 200年に意味があるのか?」
「ええ、これよりもあまりに平和な期間が長すぎれば、何かの間違いではないかとまず交渉などに乗り出す可能性が高まります。逆に、小規模な戦闘が頻発していれば、国境周辺に人間の国の軍が張り付いていて、ゴブラ殿が部隊を動かすとすぐさま軍が派遣され叩かれてしまうでしょう。ところが200年ぐらいの期間では、軍の維持費をケチって国境周辺にゴブラ殿の部隊を邪魔できるような兵力はおらず、それでいてかつての人魔大戦の記憶がまだほどほどに残っているため、魔王軍の侵略を思い浮かべやすい。そういう意味でちょうどいいタイミングなのです」
デゼルは笑みを浮かべながらそう解説した。
「なるほど、今が好機ということなのだな?」
「ええ、そうです」
デゼルはゴブラが上手く誘導されているのを感じてさらに笑みを深めた。
「だが、攻撃をするなら俺達でなくてもいいんじゃねえのか? 他の部族のやつにやらせてしまえば、俺達の損害は少なくて済むだろうが」
ゴブラの頭が珍しく回っていて、ただでさえ今日ずっと計画を狂わされているデゼルは顔を引きつらせながら説明を続ける。
「ゴブリン族は数こそいますが、個々の強さでは他の種族に大きく劣っていますよね?」
「なんだと⁉ 馬鹿にしているのか?」
「いえいえ、あくまでも事実を言っているのです。そして、これには続きがあります」
「もしくだらねえことだったら、ただじゃおかねえぞ!」
デゼルはゴブリン風情が悪魔に何をできるというのかと内心馬鹿にしながら、そんなことをおくびにも出さずに丁寧に語りかける。
「もしこのまま開戦してしまえば、ゴブリン族は平地戦や市街地戦などで歩兵として都合よく使われて、大した手柄もあげられず、下手をすれば入植するための土地も手に入らないでしょう」
「なんだと⁉ 土地がもらえないのか?」
魔族の中でも繁殖力がずば抜けて旺盛なゴブリン族は今回の飢饉でかなり追い詰められていた。
さらに戦争で一族から散々犠牲者を出した上に入植地が得られないのは死活問題なのだ。
「このままではそうなってしまうでしょう」
「なんということだ……」
ゴブラは焦った様子で頭を抱えた。
「落ち着いてください、まだそうなると決まったわけではありません。先ほどの話題に戻りますが、ここでゴブリン族の部隊が攻撃を仕掛ける意味があるのです」
「なに? どういうことだ?」
「ゴブラ殿の部隊が他の種族の部隊に先んじて村を攻撃し、占領したという功績をあげてしまえば、ゴブラ殿がその土地の入植優先権を得ることに文句をつけられる者はいないでしょう。それに、最初に手柄を確実に立ててしまえば、その後の人間の国との戦争で戦果が思わしくなくても、他種族に引けを取ることはなくなります。さらに、ゴブラ殿が襲った村からの略奪品や食料を使えば、飢えているゴブリン族の者達も救われるでしょう」
ゴブラは聞いた後しばらくは言われたことが十分に理解できていない様子だったが、だんだんと表情がゆるんできて最後には笑い出した。
「なるほど、わかった。そういうことなら、俺の部隊を出そう。確実に戦果をあげてみせる」
そう言って、早速部屋の隅で待機していたゴブリンの配下に部隊の準備をするように命令を出し始めた。
デゼルはその様子を満足そうに確認すると、椅子から立ち上がって暇を告げ、来た時と同じように不可視化の魔法を使用して姿を消すと窓から外へ飛び出した。
「やれやれ、魔王といいゴブラといい面倒ですね。言われた通りにしていればいいものを。ですが、これでようやくあの方との約束通りです。人魔大戦以来の大戦が始まります」
そう独り言を言いながら南の空に去っていった。
ちょっと悪口が多くて不快になった方がいましたらすみません。
次回から主人公視点に戻ります。