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第十話 夜の森へ





 前回のあらすじ:

 夜の森へ狼に会いに行くことに決めました。









 深夜、村全体が寝静まった頃僕は部屋の中で一人起きていた。

 両親も一時間くらい前に眠ったようで、家の中も静かだ。

 窓から森の方を眺めるが、月明かりに照らされる森の茂みには、狼らしき姿は見えなかった。


 もしかしたら、茂みの中で苦しんでいるかもしれない。

 僕はもう何度目か分からない、想定外のことが起きて逃げなければいけない時の動きのシミュレーションを頭の中でしながら荷物を持ち上げた。

 荷物と言っても、逃げる時に邪魔にならないように、怪我をしている部位に巻く細い布と、狼が弱っていた時のために母からおやつとして分けてもらった干し肉が少しだけだ。


 だいぶお世話になっている魔法書には魔族や魔物は闇属性の魔法を扱うと書かれていたので、もしかしたら光属性の回復魔法が使えなかった時のために用意した。

 中身を今一度確認した僕は両親に気付かれないように静かに部屋の窓から外に出た。


 そのまま庭を横切って門にたどり着く。

 この数日の練習中も一度も庭から出ることがなかったが、これから助けに行かなければいけない狼のいる森に行くためには外に出なければいけない。


 森の中でも通用するまでに力は十分に付いたと理性ではわかっていても、どうしても本能の部分で恐怖を感じてしまう。

 せっかくここまで頑張って来たのになんて僕は情けないんだろう。


 目を閉じて悩んでいると、今苦しんでいるかもしれない狼の姿が頭の中に浮かんで、次いで前世で僕に寄り添ってくれたソラの記憶が(よみがえ)って来た。


 今度は僕が助ける番だ。


 深呼吸をした僕は身体強化を発動させて足を強化し、森に向けて一気に走り出した。





    ◆ ◆ ◆





 国の辺境にあるというこの村は、盗賊なども出現しないし、魔物達が住む森に近いと言っても、それらは刺激されたり、獲物を追っていたりする時以外には基本的に森を出ようとしない。

 そのため、村の入口は石垣の切れ間になっていて、夜間でも松明が灯されているだけで無人になっている。

 おかげで僕は誰にも気付かれずに村を抜け出すことができた。


 普段村の狩人達が使っている森へと続く道を使って森の入口までたどり着いた後、そこから森へは入らずに森に沿うように走っていった。

 さすがに危険な夜の森の中へ入るほどの勇気はなかった。

 そうしてしばらく走っていると、普段家から見ていた辺りまでやって来た。


「たしか、この辺りだったはず……」


 何度も村の方を見て家の窓の位置を確認して、記憶にある狼のいた場所を思い浮かべながら、森の茂みを探していく。

 けれど、茂みには動物がいる様子は感じられず、森の奥は月明かりも差し込まない真っ暗な闇が広がるばかりだった。

 そう言えば狼は夜行性だからどこかへ歩いて行ってしまっているのかもしれない。


 しばらく辺りを歩きながら探し回った後、さすがに夜の森に入るわけにはいかないので、諦めて帰ろうとしたところで茂みの方から音が聞こえてきた。

 もしかしたら、僕の気配を感じて他の魔物が寄って来たのかもしれないと今日貰ったばかりの剣を抜いて茂みに向かって構え、いつでも魔法を発動できるように魔力を()った。


 茂みを(にら)みつけていると、枝葉を押しのけて何か白いものが出てきた。

 それは家の窓からずっと見えていたあの狼だった。

 白い毛並みには赤い血がいくつかついている。やはり怪我をしているようだ。


 その姿を見て思わず近寄ってしまいそうになり、慌てて剣を構え直す。

 まだ、前世のソラと決まったわけではないし、迂闊(うかつ)に近づけば危険かもしれない。


 狼は窓から眺めていた時と同じように静かにこちらを見つめていた。

 そうしてしばらくお互いに見つめ合っていると、自分の目に涙が浮かんでいることに気が付いた。


 何も確証はなかった。

 でも、なぜか記憶にあるソラの姿と重なって見えた。

 自然と辛かったあの時を思い出していた。


 彼女を失って茫然(ぼうぜん)としていた僕にただ一人(・・)だけ寄り添ってくれた。

 老衰で亡くなってしまうその時までずっと。

 溜まっていた涙がついに目からこぼれて剣を構えている手に落ちた。


 その様子を見守っていた狼は、まるで敵意がないことを示すように下を向いて静かに近寄って来た。

 そして泣いている僕を優しく包み込むように足元で丸くなった。

 もう立っていることはできなかった。





    ◆ ◆ ◆





 どれくらい経ったのだろうか。

 月明かりは相変わらず僕と狼を優しく照らしていた。

 あれから僕は狼を抱きしめたまま泣き疲れて眠ってしまっていた。

 夜の森で寝るなんてさすがに警戒心がなさ過ぎたと今更ながら反省する。


 なぜかあの瞬間は溢れる感情を押しとどめることができなかった。

 僕が目覚めたことに気が付いたのか、狼も体を起こして僕を見つめてきた。


「君はソラなの?」


 僕の問いが理解できたのか、狼は優しく僕の(ほお)を舐めた。

 改めて狼を抱きしめた。


 そこでようやく思い出した。


「そういえば怪我をしていなかった?」


 僕はそう聞きながら血が付いている辺りを調べ始めた。

 すると血のほとんどは既に固まって色が変わっていて、狼の体自体にはほとんど傷がなかった。

 もしかしたら狼の血ではないのかもしれない。


 魔物が食べ物を食べなければ生きられないのかはわからないが、どうも狩りをしてその時に付いた血のようだった。

 僕は少しだけ残っている傷に『癒し(ヒーリング)』をかけて完全に治した。

 光属性の回復魔法でも魔物の傷が治せてよかった。


 それから狼に『洗浄(クリーニング)』をかけて血と汚れも落とした。

 毛並みに(つや)が戻り、月明かりを反射していて、とても綺麗だった。


 なんとなく狼も気持ちよさそうにしている気がした。

 引きこもり生活のために生活魔法を学んでおいてよかったと思う。


 地面に座っていて土汚れが付いてしまった僕自身にも『洗浄(クリーニング)』をかけて綺麗にした後、狼を連れて家への帰路に就いた。


 行きは僕一人だけだったが、さすがに二階にある僕の部屋に狼を背負ったまま入るのは無理なので、両親を起こさないように静かに家の玄関から入った。

 そこまで終えて緊張の糸が切れたのか一気に眠気がやって来たので、部屋に戻ってそのままベッドに入り目を閉じた。


「あ、そう言えば、狼のことどうやって両親に説明しよう……」


 そう呟いて僕は眠りに落ちていった。









 やっと再会できました。





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