プロローグ
後書きの一部を修正しました。(2022/4/11)
最初の投稿になりますので、三話分を今日中に出します。(1/3)
病室に一定のリズムで電子音が響く。
その弱弱しい心電図の音は、今にも消えそうな彼女の命の灯火のようだった。
そろそろお昼になるのに、まるでカーテンを閉め切ったように部屋が暗く感じるのは、曇り空のせいか、僕の心境のせいか。
「凛輝、前に私が言った言葉、覚えてくれてる? 『生まれ変わっても見つけてくれるよね』って」
「うん、覚えているよ」
今からして思えば、彼女はそのとき既に自身の死期を悟っていたのかもしれない。
「なら、大丈夫だね。凛輝ならきっと私を見つけてくれる」
「どうしてそんなことを言うんだよ、名穂……。そんな、まるで、いなくなってしまうような……」
「ずっと一緒にいられなくてごめんね。でも、もし来世で会えたら、その時は私ともう一度一緒にいてくれる?」
その質問に僕は答えられなかった。
答えてしまったら本当にいなくなると思ったから。
怖くなって思わず握りしめた彼女の手はとても冷たかった。
◆ ◆ ◆
それからしばらくして名穂は息を引き取った。
僕はその現実が受け入れられなかった。
そんな恐ろしいことなんて起こっていなくて、まだ彼女がこの世界に生きているはずだと思いたかった。
明日彼女の家に行けば、笑顔の彼女に会えるとそう思いたかった。
「どうして……、これからも一緒だって言っていたじゃないか」
大学に入ったばかりの頃に出会って、すぐに打ち解けた。
二人で水族館や遊園地に行って、これからも一緒にいろいろなところに行って、楽しい思い出を作ることができる。
そんな時間がずっと続く、そう思っていたのに。
それから、僕は何もしなくなった。
何もできなくなった。
毎日が無意味に感じられて、何かに挑戦しようという気力が湧かなかった。
そしてなにより、失うことが怖い、そんな何かができてしまうことを恐れた。
色彩を失った日々を送っているうちに大学を卒業していた。
こんな抜け殻みたいな人間が就職できるほど世間は優しくなかった。
就活にも失敗してそのまま引きこもるようになった。
家を出ることがなく、新しいことに出会わなければ、大切な何かができてしまうことがないのも理由にはあったかもしれない。
どんな最後を迎えたのかは覚えていない。
無意味に過ぎる日々からの解放、すなわち死を自ら求めていたからかもしれない。
結局、立ち直る日が来ることもなく僕の人生は終わった。
◇ ◇ ◇
最初に感じたのは、まるで無重力空間にいるような浮遊感だった。
「ああ、ついに死んだのか……」
死ぬとこんな感覚なのか。
大切な人を失って、自分の人生さえもきちんと生きられなかった僕の行き先は、きっと地獄なんだろう。
そう考えているとふと違和感を覚えた。
風の流れを感じるのだ。
「死後の世界には風が吹いているのか……」
続いて、木々の葉擦れの音が聞こえてきた。
「死後の世界は緑に覆われているのか」
さらに腹部に強い痛みが出てきた。
「死後の世界ではお腹を壊しているのか……」
うん……?
死後の世界に風が吹いていたり、緑が溢れていたりすることはあるとしても、さすがに腹痛まで存在するものなのだろうか。
きちんと生きられなかった僕への罰なのだろうか。
そう考えていると、腹痛はどんどん強くなっていった。
これはあれか、痛みを意識するほど強くなる的なやつか。
そう考えて、出来る限り意識しないようにしてみたけど、一向に痛みは引く気配がなかった。
さすがに耐えかねて僕は目を開いた。
「へ……?」
変な声が出た。
僕は空を飛んでいた。
空というより、森の中を飛んでいるようだった。
スローモーションのように感じる。
ゆっくりと仰向けになって飛んでいた。
それに声も、たしかに驚いて多少高く出たのかもしれないけれど、それにしても高すぎるような気がする。
そんなことを考えていると、だんだん景色が速く流れるようになってきていることに気付いた。
それによくわからない記憶が頭の中を駆け巡った。
一番強い記憶は藪を突き抜けた猪らしき動物を正面から見た顔だった。
「いままで猪を間近で見たことはなかったはずなんだけどな……」
次第に加速する森の風景に合わせて、僕の体は一気に落下していった。
「え⁉ 地獄行きは受け入れるけど、物理的にぶち込まれるの?」
誰にしているのかわからない僕の質問に、答えが与えられることもなく地面に叩きつけられた。
「ぎょえ!」
形容しがたいほどの衝撃と痛みで息もできなくなり、意識が遠のいていった。
最後に誰かが叫ぶ声が聞こえた気がした。
ついに更新が大変と噂される長編小説に手を出してしまいました……。
頑張って更新していくので、生暖かく見守ってください。
今回は連載の初めなのでまとめて三話投稿しますが、今後は毎日0:00に更新の予定です。
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