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9. ベネチアンマスク、っていうらしい

 目を丸くする心海ここみの反応を、真知まちは満足げに見つめていた。

 そういう風に驚いてくれれば、実に嬉しい。

 そりゃそうだろう。

 何よりも、かっこいい。


「なに、これ」

「ベネチアンマスク、っていうらしいですよ」


 箱から取り出し、リュックに入れて持参していたモノを渡すと、心海はしばらくそれを見つめていた。

 顔の上半分を覆うタイプのマスクだった。

 仮面舞踏会、でイメージするような、日常生活では決して、使うはずのないもの。


 真知がネットで専門店を見つけ、オーダーメイドで発注し、つい先日届いたばかりだった。

 目から鼻の上部までを隠す、きらびやかなマスク。

 柔軟性のある樹脂で作られており、表面は塗装されている。


 色は、勝手に決めた。

 真知が考える、それぞれのイメージカラーだ。

 心海のマスクは、服装と猫耳カチューシャの色に合わせた、黒地に優美な金色の細い曲線で彩られたもの。

 そして真知自身のものはその反対だ。

 白地に青みがかった銀色の、雨粒にも飴玉にも似た可愛らしい装飾。


 左右に幅広の紐がついており、髪の中に通して後ろで結ぶ。

 さらには、心海の猫耳カチューシャのつけ方を参考にして、固定用のピンも準備している。


「いや、それはわかるけど、ああ、いや、そんな名前は今はじめて知ったけど……、それで、なに、これ?」


 困惑の表情を浮かべる心海に、真知は少しだけムッとする。

 いや、わかりますよね、と言い出したくなる。


「だから、マスクです。あんなダサい、サングラスと不織布マスクで戦ってないで、これをつけましょうよ」


 その提案に、心海は顔をしかめると、んー、と濁った声を出す。

 それから、コンコン、と手の甲でマスクを軽く叩く。

 表面は固く、そのくせ結構しなやかに折れ曲がる。


「結構、しっかりした作りだね。高いんじゃないの?」

「私からのプレゼントだから、ご心配なく。でも、簡単には壊さないでくださいね」


 心海は唇を曲げ、何か言葉を探している。

 やがて、しぶしぶといった様子で、口を開いた。


「いや、こういうのは、やめておかない? 何か、さすがに、遊びが過ぎるというか……」


 どうも心海は、乗り気ではなさそうだ。

 こんなにかっこいいのに。

 まあ、こういうときは、宗助そうすけの力を借りるに限る。

 隣で黙って推移をうかがっていた宗助に、真知は目を向けた。


「宗助くんは、どう思う?」

えるね」


 宗助はシンプルにそう答える。

 そう、その通り。

 動画のファンからしても、どうせ顔を隠すのなら、あんな路上不審者スタイルより、こっちの方が見ていて楽しいはずだ。


 それに、一部ぐらいなら素顔をさらしていた方が、動画のウケもいいだろうし。

 なんたってこっちは、うら若き乙女だ。

 それでもまだ心海は眉をハの字にしている。


「一応聞いておくけど、顔の下半分はどうするの? 普通のマスク、つける?」


 その質問を、真知は一笑に付した。

 何をバカなことを。


「もちろん、カッコ悪いからそんなのしません」

「顔バレするかもしれないじゃない」

「大丈夫ですよ。顔の上半分は覆われてるんですから、よっぽどの知り合いでもなければ、わからない」

「ぼくも一応付け加えておくけど、サングラスよりは視界が開けるよ。あと、口元のマスクがなければ、古堀さんのIRAも使いやすくなる」


 宗助のその指摘は、ナイスなタイミングだった。

 さすがに姉弟だ。

 今では真知もよく知っているように、心海は実用性を重んじる。


 結局、最後にいつものため息をついて、心海は折れた。


「あのさ、はじめてなんだから、つけ方教えてよ」


 真知は笑顔を浮かべて、うなずいた。


「もちろん」


 そうは言っても、真知自身もつけるのははじめてだ。

 見様見真似でやってみたけれど、オーダーなこともあり、真知自身のものは顔にぴったりとフィットした。


 一方、心海用の方は一抹の不安があった。

 真知のものは、しっかり顔の各部を測定してオーダーしたけれど、心海のは真知が勝手に色んな角度で撮影した画像から、推測で寸法を割り出しただけだ。

 だが心配は杞憂だった。

 心海の顔は、問題なくマスクの下に収まった。


「違和感とか、ありません?」


 幅広のひもを後ろで結んであげて、ピンで髪の毛に固定してから、真知はそう聞いた。

 自分自身としては、何の違和感も覚えない。

 しかし心海は肩をすくめて答える。


「すげえ、ある」

「すぐに慣れますよ」


 終わった、という合図に肩をポン、と叩いてやる。

 そして心海が振り返ると、真知はつい、満面の笑顔を浮かべてしまった。


 よく似合っている。

 黒い猫耳。

 そして黒地のマスク。

 ジャージの色も相まって、まさに黒猫、という様子だ。

 そんな彼女が、あり余る身体能力を生かして戦うのだから、きっと素晴らしい映像が撮れるだろう。


「いいですね。最高です」


 からかう気持ちなどさらさらなく、真知はそう口に出した。

 心海の口元は動かない。

 ただ、露出している頬をかきながら、真知に言った。


「あんたは何でもよく似合うね、真知」


 口元に笑みを浮かべて、もうロリポップですよ、と真知が応じようとしたそのとき、不意に宗助が言った。


「あれ、見て。予定通りだ」


 真知は宗助が指をさす方角へ目を向けた。

 ビルの土台部分、鉄骨が並び、コンクリートで固められたその場所の中央で、空間が歪みはじめていた。

 今回もまた、宗助が夢で見て、真知たちに伝える『予知』は当たったらしい。


 隣で心海が一度、大きく深呼吸をした。

 真知もその姿にならった。

 口元にマスクがないせいで、呼吸がしやすい。

 視界も明るく、広い。

 かっこよさ重視で選んだつもりだったけれど、宗助の言ったとおり、戦いについてもメリットが大きいようだ。


 やがて心海が、真知に目を向けながら言った。


「一応、おさらいね。敵の体のどこか――今までの例だと、頭部か体――には、弱点がある。そこを破壊しなければ、敵は動きを止めない」


 それは、これまでの戦いで得た知識だった。

 過去に心海が戦った、動物の形をした敵は、カエル、ライオン、ゾウの三体。


 真知はどちらかといえば、両生類とか爬虫類系は苦手だった。

 だから映像を見たときも、直接話を聞いたときも、自分がその場にいなくてよかった、と改めて思った。

 カエルとの戦いが行われたとき、真知はまだ、三船姉弟の存在すら知らなかったのだ。


 映像の中で、心海は闇で出来たカエルの長い舌に巻き取られていた。

 だが彼女は、力任せにカエルの舌をその体から引っこ抜いた。

 現実のカエルとは違い、色もついていなければ、血が出たりもしない。

 だけどそのシーンを動画で見るたび、真知はつい、眉間にしわを寄せてしまう。


 そして舌を引っこ抜いた真知は、その口の中に、何かを見つけた。

 その様子は、動画ではわからなかったものの、後で話を聞いて教えてもらった。


「カエルは口の奥にあった。口が大きいから判断は難しいけど、体の中にあった、といっていいと思う。で、ライオンはおっきい頭の中。覚えてるでしょ?」


 真知はうなずき返す。

 はじめて自分が加わった戦いだ。

 忘れるはずがない。

 心海が組み付き、動きを止めさせたライオンの頭部を、自分のIRAの力で撃ち抜いた。

 何度も、何度も。

 満足するまで。

 やがてその頭部の中に白い何か――それがなんだかわからないけれど――が見えてきた。


「弱点、黒い姿をした敵の体にある、白い色の何かを壊せば、敵は消えていく。今回も同じだと思う」


 心海のその言葉に、真知はうなずいてみせる。

 そう。

 敵については、たったそれだけしかわからない。


 だけどそれだけでも十分だ。

 そいつらはいつも、こちらに襲い掛かってくる。

 そしてやつらは、自分たちのIRAで十分、撃退できる。


「いっちょ、やったりましょう」


 その少し乱暴な宣言の言葉を、真知は気に入っていた。

 心海は口元を引き締めたまま、うなずいてみせる。


 傍らに立つ宗助は、スマートフォンの画面を眺めている。

 画面の明かりが周囲を照らしている。


 もう、午後十時まで、いくらもないだろう。

 真知は腰につけたボディバッグから、棒付きキャンディの一つを取り出し、口の中に放り込んだ。

 楽だ、と改めて感じる。

 口元からいちいち、感染防止用マスクをずらさなくていい。


「そろそろだよ」


 宗助がそう言ったとき、揺らぐ空間の中に、闇が生まれた。



   ※※※



 その男は、ビルの屋上に立っていた。

 十五階建て、五十メートルを超えるそのビルの上には、男の他には誰もいない。

 屋上にはダクトやエアコンの室外機が並んでおり、耳障りな震動音を鳴らし続けていた。


 男は、そんな屋上の隅に立ち、遥か下を見下ろしていた。

 そこには建設を中止したビルの骨組みが立っており、二人の少女が、月明かりと、傍らで立つ少年が設置した照明に照らされている。


「そろそろだな。さあ、どうする」


 男はそう、誰に言うでもなく、つぶやいた。

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