表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/83

8. 今日も、撮るんでしょ?

 その頃、宗助そうすけは撮影の準備をしていた。

 敵が現れる場所は、すでにわかっている。

 そして今日は、思ったよりも早めに現地に到着していた。

 時刻は午後九時三十分。

 時間にはかなり余裕がある。


 背負っていたリュックから、アクションカメラと、前回も使った照明を取り出す。

 照明は、家庭用の蛍光灯のような丸いタイプのLED灯で、三脚で固定をする。

 その照明を向ける先は、建設途中で放棄されたビルに向けて、だ。


 一通り設置を終えてから、宗助は周囲を見渡す。

 場所は開けており、人気もない。

 そして照明こそ設置したものの、素の状態でも十分、辺りは明るい。

 戦うには最適な場所だ。

 そして時折、ふと気になることを、また考える。

 なぜ、こんな場所に敵が現れるのか。


 この場所に敵が現れることを察知しているのは宗助だ。

 ただ、さすがに敵が現れる理由まではわからない。

 そしてその場所を、なぜ自分が、知ることができるのかもわからない。


 心海ここみはそれがIRAだという。

 なんだかわからないが、それができる。

 特定の条件を満たせば、説明不能な事象を引き起こす。


 宗助の場合、それは、自分の身体的な犠牲だった。

 それが起こりはじめたのは、高校生になり、この謎の敵と遭遇しはじめてからのこと。


 だいたい、一ヶ月に一度ぐらい、熱が出る。

 夜が近づくと、咳も鼻水も出ないのに、唐突に全身が火照る。

 だるさを感じ、もうろうとした頭でベッドに横たわっていると、やがて奇妙な夢を見る。


 その夢で宗助は、自宅の玄関からすぐ出た場所に立っている。

 そしていつも、そこに少女がやってくる。

 白いワンピースを着た、自分よりも年下らしい少女。

 たぶん、中学生になったばかりぐらいの。


 その顔はいつもわからない。

 少女だとはわかっているのに、髪が長いのか短いのもかも、まったく思い出せない。

 起きたときに忘れてしまうのか、あるいは、夢特有の、見ていないのにわかる、という状態なのか。

 ともあれ、他の部分ははっきりと覚えているのに、その少女の顔だけは常に、記憶から脱落してしまう。


 そして、宗助は夢の中で少女から導かれる。

 見慣れた場所から、どんどんと見知らぬ場所へと歩いていく。

 その世界には、二人の他には誰もいない。

 そしてそのスピードは、徒歩なのに、車よりもずっと速い。

 まるで新幹線の車窓の向こうのように、どんどんと景色が流れていく。

 その流れた景色の細かなところまで、宗助の記憶にはしっかりと刻まれる。


 夢の中だから、時間の流れは定かではない。

 ただ、どんな場所でも、体感では十分もかかっていない。

 その場所にたどり着くと、少女は言う。

 その声もまた覚えていない。

 ただ、言葉の中身を覚えているだけで。


『次は、ここ。次はここよ。よく覚えていて……』


 少女の指さす場所を、宗助はじっと見る。

 そして少女に聞かずとも、彼女の示す出来事がいつ起こるものなのか、宗助は直感的に理解する。

 そこで、目が覚める。


 目を覚ますと、すでに熱は下がっている。

 全身は、大抵、汗でびっしょりだ。


 敵はいつも、その、夢が示す場所に現れる。

 そしてその日時は、夢を見てから、おおよそ半月ほど先のことになる。

 なぜ、そんなことがわかるのか、宗助にはわからない。


 二時間ほど前に、心海に言った言葉は、本音だった。

 自分の力を知りたい。

 動画撮影も、もちろん趣味で、最初は喜んではじめたことではあったけれど、今ではもう手段の一つでもある。

 心海から、危険だ、足手まといだ、と言われながらも、宗助にはそれをやめる気はなかった。

 なぜなら、インターネットにありのままをアップロードしておけば、いま自分が直面している事態が何なのかを、知っている人間がいるかもしれない。


 実際、真知まちはそうやって現れた。

 真知は謎の敵について何も知らなかったものの、ネットで見つけた動画から、姉の姿を探し出し、話しかけてきた。

 そうして自分もIRAが使えるのだと言い、仲間に加わった。


 そのほかに、今のところ、動画に対して目立った反応はない。

 ただ、それを楽しんでくれる人たちがいるだけだ。

 編集などほとんどしていないが、アップロードをするモチベーションはなっている。

 そして姉の心海とは違い、動画撮影そのものを、楽しんでくれる真知もいる……。


「今日も、撮るんでしょ?」


 ふと気づくと、真知がそばに立っていた。

 同級生で、学年イチの美人の彼女は、高校で顔を合わせるとドキリとする。

 だけど今は違う。

 向こうから気安く話しかけてくるし、秘密を共有する仲間である。

 何よりも、姉という共通の敵がいて、動画撮影という共通の目的がある。


 宗助は笑顔を浮かべ、そんな真知に応える。


「もちろん」

「照明なしでも、結構明るいけど。ちゃんと映ってる?」


 宗助はカメラを構えながら、うなずく。

 暗くはあるが、姿を捉えられないほどではない。

 実際のところ、少し迷う。

 照明があるために、影も生まれるからだ。

 だけどまあ、動画の見栄えからしても、光と闇があった方がいいだろう。

 全体的にぼんやりと暗い映像よりも、その方がメリハリも出る。


 宗助がカメラを真知に向けると、彼女はボクシングの試合前のように、ファイティングポーズを決める。

 こういうあたり、真知のどこかには幼い部分がある。

 高校ではどこか澄まして、おしとやかにしているが、こうして普段は見せない部分を見てみると、彼女はいわゆる『中二病』に該当するんだろうな、と宗助は思っている。

 わからないでもない。

 実際に、彼女には不思議な力があるわけだし。


「しっかり、映ってるよ」


 そう答えると、真知は両手でピースを作り、こちらに向けて笑いかけてくる。


「イエーイ」


 中学生どころか、まるで小学生だ、なんて宗助が考え、苦笑していると、突然背後で物音がする。

 振り返ると、いつの間にかそこに、心海が立っていた。


「鉄骨、大丈夫だった。足場としても使えそう。宗助も、イザというときは、あの影に隠れられる」


 姉はどうやら鉄骨の強度を調べていたらしい。

 そのあたり、気が回る。

 やっぱり、オカンみたいだ。

 決して本人には、二度と言いはしないけれど。


「……あんたら、何やってるの?」


 そして心海は、ダブルピースのポーズを続ける真知を見つけ、そんなことを言う。

 真知は平然と微笑み、そのポーズを解く。

 心海は一つ、ため息をつくと、やがて宗助に言った。


「いま、何時? ……マスクとサングラス、そろそろしないとね」


 宗助はポケットに入れていたスマートフォンを見て、時間を確認する。

 午後十時の、ニ十分前だ。

 まだ時間に余裕はある、と言おうとしたあたりで、先に真知が言った。

 

「ああ、心海さん。実は、そのことについて提案があるんです」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ