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71. プチサイズ、っていうらしい

 闇の中にタクシーのヘッドライトが去っていくのを、真知はじっと眺めていた。

 降りる場所を告げたとき――いや、自分が乗り込んだ時でさえ、タクシーの運転手は少し怪訝な顔をしていた。


 余計な質問をされなかったのは、妙なことに巻き込まれたくないという、運転手の自衛の意識が働いたものなのだろうか。

 運転手は助手席に乗り込んだ心海の指示に、言葉少なに応じるだけだった。

 後部座席の真知と宗助も、移動中は、ほとんど会話をしなかった。


 タクシーのライトが視界から去ってはじめて、真知は顔を隠すためにつけていた、感染症予防用のマスクを外した。

 それから、まだ暗い中でわずかにシルエットだけでとらえられる心海たちに向かって言った。


「直接、顔を合わせるのは久しぶりですね、心海さん」


「暗すぎてあんたの顔なんて見えないけどね」


 出番の前の、心海のどこか尖った応答の声。

 これもいいんだよな、と思っていたあたりで、それまでバッグをごそごそとやっていた宗助の方から、パッと光がともる。

 かなり明るい。宗助の手にはキャンプで使うような、LEDのランタンが下げられていた。


「これで顔も見えるようになった」


 宗助の言葉に、心海が軽く肩をすくめて応じる。

 そうして、宗助が振り返り、ランタンを掲げた先には、山を通る広めの舗装道から斜面へと続く砂利道が伸びていた。


「行こう。この先だ」


 いつもそうしているように、宗助が先に立って歩きはじめる。

 その後ろで、心海と二人で並ぶ形になった真知は、素直な感想を口にした。


「移動は大変でしたけど、撮影には最高かもしれませんね。こんな時期のこんな時間に、こんな場所。誰もいるはずがない」


「ぼくが見た限り、採石場とか、採土場とか、そんな場所みたいだった。でも、こんなに輸送に不便な場所だから、開発だけされて、実際には使われなかったのかもしれない」


 歩きながら、宗助がそう答える。


「じゃあ、なおさら、いいね。私、そういうところで一回、戦ってみたかった」


 採石場、あるいは採土場。

 特撮ヒーローの戦いの舞台としては、よくあるロケーションだ。

 それに実際、自分の力とも相性がいい。

 念動力――敵を打ち抜くIRAが余計な障害物に遮られることもないし、例えば狙いを外したとしても、何かモノを壊したりもしない。


「今日は撃ちまくれますよ、私」


 手の指を銃の形に変えて、先ほどから言葉少なだった心海に微笑みかける。

 だが、心海はいつになく複雑そうな顔をしていた。


「それは、大変頼もしいことだね」


 返事も、どこか気が抜けている。

 体調でも悪いんだろうか。

 そう聞こうか、聞くまいか、迷っているうちに心海が言葉を続ける。


「宗助はどう思う?」


「いつかも、言ったと思うけどな。ぼくは、二人がバランスよく活躍してればそれでいい」


 こちらを振り返らずそう答える宗助の背中に、心海は目を注いでいる。

 なんだか、そのあたりが以前とは違う。

 真知はそう漠然と考える。

 前はもっと、心海は嫌々ながらも、闘志を秘めて戦いに赴いていた気がする。

 だけど今は、戦いだけじゃなく、別な何かを気にしているようにも見える。


「……心海さんは、いつの間にか、撮影に協力的ですよね」


 迷いながら発したその言葉は、心海の考えを少しでも知っておきたいからだった。

 しかし、帰ってきたのは歯切れの悪い返事だった。


「そう、かな。気づかないうちに、あんたらに流されちゃったのかもね」


 しばらく、左右に木々の立ち並ぶ砂利道を進む。

 体が汗ばんできたあたりで、やがて林を抜ける。

 周囲はまだ暗く、空の端がわずかに明るくなっている程度だった。

 戦いの舞台――採土場全体が、ほのかに把握できるぐらいの明るさしかない。


 かなり広い場所であるのは、間違いなかった。

 中学校のとき、陸上部でもないのに、陸上競技場で走らせられたことがある。

 真知のタイムが他の生徒に比べてよかったから、顧問の先生に頼まれた形だったのだけれど、この場所はあの陸上競技場の、少なくとも三倍はありそうだ。


 いつものボディバッグからスマートフォンを取り出す。

 時刻は午前五時十五分。


 ちょうどいい時間だ。

 そう考えながら隣の心海へと目を移すと、彼女はすでに、いつもの猫耳カチューシャを頭に装着しており、ヘアピンで留める作業へと移っていた。

 腑に落ちないことは、まだ少し、ある。

 だけど今はもう、出番だ。

 存分に、今を楽しもう。


「今回も、がんばりましょうね、ネコミミさん」


 ベネチアンマスクを手渡しながらそう言うと、心海は軽く肩をすくめて応じてくれる。

 それから、ふとにやりと笑って、彼女が言う。


「今回はきっと、素早い爬虫類が相手だと思うな、わたし」


 心海の冗談だとわかっていても、つい、頭の中にイメージしてしまう。

 素早い爬虫類。

 例えばどんなのだろう。

 トカゲとかかな。

 そのぬらぬらとした表面を想像して、つい顔をしかめてしまう。

 そんな真知の表情を見たのか、心海は小さく声をあげて笑う。


「でもさ、本当にそうだったら、どうする? 相性、最悪じゃない。真知の希望通りの活躍、できないんじゃないの」


 確かに。真知は小さくうなずく。


「そうですね。……でも、今回は、少しは小回りが利かせられるかも」


「どういうこと?」


 心海の質問にすぐには答えず、真知は手に持っていたスマートフォンをボディバッグにしまう。

 そのまま、ボディバックの中にある、棒付きキャンディを入れているケースに手を伸ばす。


 今回、そのケースには、普段とは違うものが混じっている。

 父親が買ってくれたその『変わり種』は、一パック、八本分だった。

 家で様々な実験をしたり、普通に食べたりした結果、それは残り四本になっている。 


 『変わり種』を一本、抜き出す。

 心海の見せてみると、彼女は変な顔をしてみせる。


「なに、それ。……そんなの、あるんだ」


「私も、つい最近知ったんです。プチサイズ、っていうらしいです」


 真知が手にしてるのは、いつもの棒付きキャンディではあった。

 お菓子の正式名称が書かれた包み紙で、キャンディ部分が覆われている。


 だが、普段真知がIRAで消費しているものとはサイズが違う。

 キャンディ部分は小さいし、付いている棒だって通常のものよりも短い。

 プチサイズ、と銘打たれたそのキャンディの容量は、通常のちょうど二分の一らしい。


「それも、普通に使えるんだ?」


 不意に口を開いたのは、それまで話をしていた心海ではなく、自らのバッグから撮影機材や照明を取り出していた宗助だった。


「うん。発動する力も、大体、いつもの半分みたい」


「……それ、意味あるの?」


 心海のその指摘は、ある意味ではもっともだ。

 多くの場合、真知は心海に足りない攻撃力を補っている。

 だが父からもらったプチサイズで出せる出力は、二分の一でしかない。


「実際のところ、よくわからないです。ただ、力を小出しにする場面も、出てくるかな、と。あるいは普段の三本分に加えて、三・五本分にして、火力を補うとか」


「使い分けなんかしてる余裕、あるのかな」


「だから、お試しなんですって。実際に戦いで使ってみて、便利だったのなら、次の出番以降も採用ということで」


 ふーん、と心海はあまり興味がなさそうな声を出す。

 どうも乗り気じゃなさそうだな、と真知は思う。

 正直なところ、戦いに使うアイデアを思いつくとしたら、心海の方だと思っていた。

 でも彼女はあんまり興味がなさそうだ。


 なんか残念だな。

 そう考えつつ、しかしすぐに真知は気を取り直す。

 実際に戦いがはじまってしまえば、何かいいアイデアが思い浮かぶかもしれないのだから。

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