6. つりあわないよ
約束していた午後九時に、合流場所の駅前にたどり着くと、そこにはもう古堀真知が待っていた。
彼女はいつも、少しだけ早く現場にやってくる。
たぶん待ちきれないんだろうな、と心海はそう推測していた。
近づく心海を発見すると、真知は柔らかい笑みを浮かべる。
「こんばんは。時間どおりですね、心海さん」
「あんたはいつも早いね、真知」
「五分前行動をするように、と親からしつけられましたから」
それが本気なのか、冗談なのかはわからない。
確かめる気も起きない。
軽く肩をすくめるだけで応じたとき、宗助が二人に向けて言った。
「予定の場所はもう、二人に教えているけど、現地には行ってないよね?」
心海は、首を横に振る。
下見をするのなら真知だ、と思っていたけれど、真知も同じようなリアクションをしていた。
「そういうのは、我慢できるんだ」
「だって、楽しみが減っちゃうじゃないですか。当日、現地におもむく楽しみを重視してるんです」
そういう真知のセンスがよくわからない。
二人にうなずきかけて、宗助が言葉を続ける。
「ぼくも、直接は行ってない。だけど一応、ネットで一通り、そこに行くまでのルートは確認しておいたんだ。オフィス街、って感じだった」
心海も一応、ネットで検索をして、予定の場所だけは見ている。
高いビルが並ぶその地区に、一区画だけ、ビルのない土地がある。
ストリートビューで見ると、一部だけ、鉄骨で出来た建物の骨組みがある。
ただ、足場や重機などは見当たらないし、骨組みだってまばらにしか出来ていない。
どうやら、建設中に何かあったらしく、工事が中断、あるいは中止になっている土地のようだった。
「ぼくが先導する。歩くとなかなか遠いから、自転車で行こう」
宗助とは前もって、そう話を決めていた。
真知へも宗助から連絡をしているはずだった。
特に反対意見もなく、三人は自転車置き場へ向かった。
今回の移動手段となる自転車は、宗助が用意をしてくれていた。
同じ高校に通っている、通学に自転車を利用している友人たちから、あらかじめ三台分のカギを借りていてくれたらしい。
その駅は、三人が通う高校の最寄り駅でもある。
周辺で、いや県内でも一番発展している街並みだ。
駅前は、平日の夜でも人通りが多い。
現地はだいじょうぶなのかな、と心海は少しだけ不安になる。
今まで、第三者を巻き込んだことはない。
謎の敵はすべて、人気のないところに現れている。
今回もおそらくそのはずだ。
その理由はわからない。
カギを開けた自転車を、駐輪場から引っ張り出すと、三人は移動をはじめた。
宗助を先頭にして、心海と真知が後をついていく形になる。
実際のところ、移動手段まで確保した上に、こうして先導までもらえるのはありがたい。
後をついていきながら、心海はそんなことを考える。
これで案内を終えたら、後は安全な場所に隠れてくれていればいいのに。
あんな風に敵の目の届くところで、撮影をすることなんてないのに。
そんなことを考えていると、不意に宗助が、ちらりとこちらを振り返って言葉を発した。
「姉ちゃん、さっき家で話したこと、また考えてるんじゃない?」
心海は返事をせず、顔をしかめてみせる。
この弟は、昔から鋭いところがある。
自分だけじゃなく、他の家族に対してもそうだ。
思っていることを、ズバズバ言い当てる。
「なんです? さっき話したことって?」
興味を示す真知に、心海は渋い顔をしてみせる。
「あんたにも関係あるのよ、真知」
実際、話すタイミングとしては適切だった。
移動スピードはさほど速くなく、他にやることもなかった。
撮影なんかするせいで、宗助が無防備で現場にいる羽目になっていることをどう思うかと真知に問うと、彼女は満面の笑顔を浮かべた。
「素晴らしいことじゃないですか。みんなに私たちの活躍をみてもらえる」
「あんたはそう言うと思ったよ。でも実際、宗助が人質になったりしたら、どうする? わたしたちはこいつを見捨てて、敵を倒す?」
「あの敵に、人質をとったりする知性、ありますかね。戦い方こそ効率的だと感じますけど、……それ以外は、姿のとおり、動物のように思えますが」
確かに。
実際、あのゾウも、無防備な宗助を狙わなかった。
ゾウの夜目が効くのかはわからないが、自分たちには確実に寄与していた、あの照明だって破壊しなかった。
「結局のところ、向こうも攻撃能力を持つ私たちを先に、倒したいのでは? 仮に私たちが倒されたりしても、宗助くんは、そっと逃げれば安全なのでは」
「安全かもしれないし、無残に殺されるかもしれない」
「だけど今のところは、その傾向はない。宗助くんは、問題にされていないように感じます。何より、私たちが、敵を圧倒している。宗助くんだって、守ってあげられる」
そう言うと、真知は右手をハンドルから放し、力こぶを作ってみせる。
「そんなこと言って、真知は、撮影を続けて欲しいだけでしょ」
真知は特に否定もしなかった。
まあ、多数決でも二対一だ。
いざ、何かが起こったら、そのときはもう、遅いのだけれど……。
そうまで考えて、心海はあきらめた。
確かなことは何もない、今の状況では、二人にその問題を真剣に考えてはもらえなさそうだ。
その代わり、心海は、二人をいじめることにした。
「それにしても、真知って物好きだよね。IRAが存分に使えて、動画を撮ってもらえる、ってだけで、自分の時間を使ってこんなところにまで来るし……」
にっこりと笑って、真知はうなずく。
そんな真知に、心海は言ってみる。
「でもホントは、違うんじゃないの? 実は宗助に、会いに来てるとか。……ああ、だから動画も撮ってもらいたいんだ。それだと、撮影役の宗助が来ないといけないから」
真知は、きょとんとした顔を見せてから、それから首を横に振った。
ただ、否定の言葉は発していない。
そこに心海は付け込んだ。
「否定しないんだ。あれ、もしかして二人はそのうち付き合っちゃったりする? わたし、真知のお姉さまになるわけ?」
そう、からかいの言葉を続けたけれど、真知は別に動じなかった。
真顔のままで、やがて、苦笑を浮かべた。
「いや、宗助くんのことは嫌いじゃないですけど。でもウチって親が厳しいので、付き合ったりとか、そういうのはちょっと……」
平然とそうリアクションをする真知だけれど、そのままではつまらない。
今度は宗助を攻めることにする。
「ね、弟よ、学年イチの美少女に、こんな風にかわされてますけど」
宗助はこちらに背を向けたままだ。
だけど、こちらも特に動揺するでもなく、平然と答えが返ってきた。
「学年イチの美少女と、学年イチ平凡な男子だから、つりあわないよ」
「そうなの?」
心海が真知にそんな風に確認すると、彼女は何とも言えない微笑を浮かべたまま、軽く首をかしげただけだった。
代わりに、こんなことを言った。
「大体、心海さんこそ誰かいないんですか? かっこいいし、モテそうですけど」
そう反撃され、グッと言葉に詰まる。
モテなくはない。
そう信じたい。
いやまあ、悪くても、中の中ぐらいではあるはずだ。
男子とも結構仲がいい。
だけど、今までに告白されたりしたことはない。
「姉ちゃんはさ、モテるけど、決して彼女にしたいタイプじゃないんだ。だから今はまだ、様子見をされる。恋に落ちるきっかけも生まれない」
「何それ。どういうこと?」
「だって姉ちゃん、絶対、相手に尽くしたりしないでしょ。わたしについてこい、って、そういうタイプじゃないか」
「ああ、それ、わかる。心海さんって、姉御みたいな感じですよね」
これはブーメランだ。
ついさっきの行いが、自分に返ってきている。
二人して、わたしをからかい、いじめている。
「だから彼女っていうより、オカンにしたいタイプなんだよ」
「でもそういうのが好きな男性もいるよね。ねえ、心海さん、オカン好きの男の人、探しましょうよ」
心海は真知に目を向けなかった。
二対一だ。
やっぱり、分が悪い。
こういうときは反応しないに限る。
やがて宗助と真知が声をあわせて笑い出した。
一方、心海はすねていた。
誰がオカンだ。
誰が、尽くしたりしない女だ。
今だって、平日の夜にわざわざ遠くに出かけて、命を懸けた戦いに赴こうとしているのに。
これで尽くしてないとしたら、一体何が、自己犠牲だというんだ。
しばらく無言で、ペダルを漕いだ。
次にわたしをオカンと呼んだら、覚えておけよ、と思いながら。