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3. だめだ、話が通じねえ

 その日の心海ここみの夕食はトンカツだった。


 あえて聞いたこともないけれど、最近はトンカツが多い、ような気がする。

 これはもしや縁起を担いでいるのだろうか、と心海が箸でつかんだカツを眺めながら考えていると、宗助そうすけがやっとのことで食卓に現れた。

 さっきから何度も母親が呼んでいたのに、あとちょっと、なんて言って、なかなか食事にやってこなかったのだ。


「ごめん。遅くなった」

「カツ、まだ冷めてないからね。すぐ食べちゃいなさい」


 そういう母親にうなずき返しながら、宗助が食卓に座る。

 それから、宗助がふと気づいたようにたずねる。


「最近、トンカツが多いよね。前はそうでもなかったのに。……もしかして、ゲンを担いでる?」

「そうだぞ。いつも父さんがリクエストしてるんだ」


 心海は、あえて自分が聞かなかった質問をした宗助と、そうであって欲しくなかった回答をした父親に、ちらりと目線を向けた。

 予想通り、というか、なんというか、二人の目はこちらに向いた。

 やがて父親が言った。


「心海、今日もがんばれよ。時間は、午後十時なんだって? さっさと片付けて、あまり遅くなるなよ」


 心海は返事をせず、軽く首をすくめるだけで答える。

 高校二年生の娘と、高校一年生の息子を、平然と夜の街に送り出す両親。

 世間的には、どうなんだろう。


「車で送ろうか?」


 どこか心配げな声を出す母親に、答えたのは宗助だった。


「大丈夫、心配しないで。電車と自転車で移動できるし、もし終電がなくなったらスマホで助けを呼ぶから」


 移動の心配をする母親も、心配ごとの第一に終電をあげる弟も、どちらも間違っていると心海は思う。


「いやあ、それにしても、心海のかっこいい姿を再び見られるとは、楽しみだなあ。前回の動画、また見てみようか?」


 三船家のテレビはネットに接続されており、動画サイトにアップロードされた動画を、直接視聴することができる。

 リモコンを手に取り、動画サイトのアプリを立ち上げようとする父親に、心海は言った。


「やめて」

「何で」

「お父さんはさ、娘が危ない目に遭っているのを見て、なんとも思わないの?」


 思ったより、トゲトゲしい声が出る。

 もっと皮肉っぽく、少しユーモラスにいうつもりだったのに。

 だけど今のは本心の一部でもある。

 心海が見つめていると、父親が困り顔をしながら、申し訳なさそうに言う。


「でも、実際のところ……心海は強いじゃないか。いつもケガ一つなく、帰ってくるし……」

「次は大ケガするかもしれないし」


 父親の言葉にかぶせた心海の声は、今度は意図していた通りに、すねた感じに響いた。

 別にわたしだって、お父さんをいじめたいわけじゃない。

 心海の声を聞いて、父親の唇の端には、笑みが回復した。


「別に、父さんだって、心海の心配をしてないわけじゃない。ただ心海が、誰かのためにその力を使っていることが、父さんは嬉しいんだよ」


 心海は大きく、ため息をついてみせる。

 そしてわざとらしい悪態をつく。


「だめだ、話が通じねえ」

「というわけで、姉ちゃん、みんなで見ようよ、動画。これからの戦いの、きっといいイメージトレーニングになる」


 何がというわけだ、と思ったが、宗助の言葉に小さく何度もうなずく母親を横目に、心海はもうそれ以上何も言わなかった。

 宗助がリモコンを操作し、アプリを立ち上げる。


 やがて画面に『ネコミミとロリポップ.Ch』という文字が現れる。

 動画投稿サイトに宗助が開設したチャンネルの名前だ。

 登録者数は約五千人。

 一つ一つの動画の視聴数は、二万回をちょっと越えるぐらい。


 五千人というのは人気チャンネルとは言い難いが、それでも素人がやっていることを考慮すればかなり上々の数字のはずだ。

 その主なコンテンツの何が人を惹きつけるのか、心海には理解できなかった。

 動画にはロクな説明もなく、例えばいま見ようとしている動画には『六月某日、神社でのゾウとの戦いに挑む二人』としか書かれていない。

 ただそれだけで、この動画が映像作品なのか、現実に起こったものを撮ったのか、台本があるのか、CGなどが使用されているのか、まるでわからない。


 動画を再生すると、まるで戦場の中継を見ているような趣がある。

 宗助の使っているアクションカメラは揺れに強いが、それでも画面にブレが起こる。

 編集はほとんどされていない。

 ブレがあまりにもひどかったり、音声が聞きづらかったりするところ以外は、撮ったままの映像が使われている。

 そして闇の中で、約一か月前に心海自身が目撃したように、照明に照らされて黒い巨大なゾウが現れる。


 そんなゾウに、すでにフレームインをしており、猫耳をつけてこちらに背中を向けている、ジャージ姿の自分が走り寄っていく。

 その速度は、第三者の目線から見ると、驚くほどに速い。

 スローカメラでもはっきりと捉えられないのでは、と思うほど。

 ゾウの鼻での一撃を、宙に舞ってかわすと、母親が小さく拍手をする。


「やるなあ、やっぱり」


 そして父親の嬉しそうな声。


 その後に続く戦いの成り行きを知ってはいたものの、心海は最後まで、見るともなく見ていた。

 最初の数撃をかわしてから、戦いは膠着状態に陥った。

 ゾウの動きは比較的鈍かった代わりに、皮膚は固く、前回の戦いで採用した、心海が相手をひきつけ、真知の攻撃で貫く、という戦法がとれなかった。


 心海も攻撃を試みた。

 拳も試したし、抜き手も、練習したことはないが、見様見真似でやってみた。

 だけどゾウの固い皮膚からはじき返されてしまう。

 それでやむなく、前回とは逆の役割分担を試すことに決めた。


『ロリポップ、時間、稼げる? 武器、作ってくる』


 画面の中の自分が、そう叫んでいる。

 思ったよりも、案外大きな声を出している。


『マジですか。でも、やってみます』


 真知の力には限りがある。

 戦いが続けば続くほど、不利になる。

 早いうちに決断し、実行したのが功を奏した。

 もし決断が遅かったら、一度は逃げて、準備を整えてくる必要があっただろう。

 しかももし逃走するのなら、お荷物の宗助まで無事に逃がさなければならない。

 この点は、いつだって課題だ。


 真知にゾウを任せ、心海は参道を外れ、周辺の山の中へと入った。

 あたりに木々があったのもまた、幸運だった。

 ほどよく伸びた若木を、力任せに折った。

 思っていたよりもしなったが、持ちやすい、先のとがった槍が出来た。


 木製の槍を携えて、心海が画面に現れてから、ゾウとの決着はすぐについた。

 ゾウの背に乗り、槍を突き刺した最初の一撃で、幸運にも、敵の弱点を突いた。

 そこでゾウは動きを止め、地面に倒れた。

 やがて、いつもそうであるように、ゾウの体を形作る、固まった闇は、静かに空中へと溶けていった。

 そこで動画が終わる。


 ふーむ、なんて満足げに鼻を鳴らす父親に眉をひそめながら、心海は立ち上がって言った。


「ごちそうさま。じゃ、わたし、もう準備するから」

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― 新着の感想 ―
[良い点]  どの話も主人公·心海の心情が思春期らしいものをしており、感情移入しやすくて面白かったです。 [気になる点]   [一言]  自分は割りと好きなので、続き待ってます。
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