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23. そうしよう

 その一時間後、宗助そうすけは自室のパソコンで動画を眺めていた。

 自身の運営する『ネコミミとロリポップ.Ch』の動画たち。

 その動画は、全部で六つしかなく、そしてすべて再生したところで二時間にも満たない。


 動画のほとんどの部分は、編集の時に何度も繰り返し見ていた。

 そしてほぼ編集の手は加えていない。

 しかし心海ここみ真知まち、宗助自身の身元の分かるようなヒントが映り込んでいないかを確認するため、もう見るのが嫌になるぐらい、繰り返し再生は行っていた。

 だから音声だけでも、どこの場面かは大体わかる。


 宗助が目を通していたのは、動画そのものではなく、どちらかといえば、動画についているコメント欄だった。

 そのコメントには比較的、好意的なものが多い。

 投稿しはじめの頃、まだ『ネコミミとロリポップ.Ch』に変わる前の頃は、どちらかといえば、困惑したようなコメントが多かった。


『これなに?』

『意味わからん』

『もしかして、IRA?』

『なわけない』


 最初の動画についたコメントは、そんな、何を伝えるでもない、匿名の掲示板の書き込みのような内容ばかりだった。

 そしてまた、心海が見て傷ついたという、容姿に関するコメントもあった。

 姉はそれが誹謗中傷だと言うが、宗助から見れば、口が悪いネット住民の、からかいにも似たあいさつみたいなものだろう、と思っていた。


 宗助自身としても、そのときはまだ、何を目的としていたわけでもなかった。

 ただ、趣味の延長で行っただけだった。

 心海がIRAを発動させ、そして自分の窮地を救ってくれた。

 偶然カッコいいところが撮れたから、それを皆にも見せてやりたい。

 ただそれだけの気持ちだった。


 当時は、自身にもIRAがあるなんて、夢にも思わなかった。


 その状況が大きく変わったのは、最初に心海のIRAの発動を目にしてから、そう時間が経たない頃のことだ。

 突然、体調も悪くないのに熱が出て、意識が朦朧とした。

 そうして、危機を伝える夢を見た……。


 最初のうちは、半信半疑だった。

 まさかそれがIRAだとも思わない。

 だけど、一抹の不安があり、IRAを使える姉を説得して、現場に共におもむいた。

 そうして、敵が現れたのだ。


 動画を見るともなく眺めながら、宗助は今までの敵を振りかえっていた。

 夏休みを迎えるまでは、ほぼ、一ヶ月に一度は戦っていた。

 カエル、ライオン、ゾウ、キリン、そして今のところは最後の戦いになっているコウモリ。

 動物の姿をかたどった、正体不明の敵たち。


 最後に敵が現れてから、もう、二か月近くが経とうとしている。

 そこまで間が開く原因は、わからない。


『猫耳さんのファンです。新作、楽しみにしてます』

『更新まだですか?』

『マジで復活して欲しい』

『ロリポップなら俺の隣で寝てるよ』

『二人の音声だけでもあげられないかな? 無事かどうか知りたいです。心配してます。』

『事実上の最終回』 

『謎のまま失踪してて草』


 最後のコウモリ戦のコメント欄に目を通していると、実に様々な種類のものがある。

 それを読むたびに宗助は、微笑ましいような、もどかしいような気持になる。

 口が悪かったり、下劣な冗談が多かったとしても、この半年についたファンの多くは、次の動画に期待しているらしい。


 一方で、その動画をあげられる目途は、立ちそうにもない。

 自分のIRAは、心海のものにも、真知のものにも似ていなかった。

 何よりも違うのは、自分の意思で使えないこと。

 これまでの『予知』はすべて受動的なもので、自分がIRAを使おうとして、できたことなど一度もなかった。


「新作、か。……難しいだろうな」


 誰もいない部屋の中で、宗助はそうつぶやき、パソコン画面のウィンドウを閉じる。

 他の動画のアイデアでも考えた方がいいのだろうか。

 そのアイデアがいいモノだったとしても、もう『ネコミミとロリポップ.Ch』は使えないだろう。


 自分のIRAにはまだ、多くの謎が残っている。

 わからないことだらけだ、と言っていい。

 このまま終わるにせよ、どうも、不完全燃焼だよな。


 宗助は目を閉じ、そして、まぶたの奥にあの少女の姿を思い起こそうとした。

 宗助の『予知』の夢に現れる、顔の見えないあの少女。

 危機の起こる場所をいつも教えてくれる。

 今のこの停滞状態に、彼女は何ももたらしてくれないものなのか……。


『そうしよう』


 そんな声が宗助の頭の中に声が響いたのは、突然のことだった。

 慌てて目を開き、部屋の中へと目を向ける。

 自室だ。

 当然、誰もいない。


 不可解だ。

 でも、確かに聞こえた。

 そして今の声は、いつもよく声色を覚えていられない、夢で見たあの声のような気がした。

 そう気づいた瞬間、ぞくり、と背筋に悪寒が走った。

 その悪寒は、すぐには消えなかった。

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