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2. IRAプラスなんて

「ねえ、心海ここみ。ここ、ちょっと寄ってってもいい?」


 高校からの帰り道で、友人の大塚由紀子おおつかゆきこからそうたずねられ、心海はああ、と気のない返事をした。


「別に、寄ってけば。わたしは入らないけど」

「なに、その返事。この店、新しく出来たばっかりだよね?」


 由紀子の言うとおり、その店舗は少し前までは骨董品のようなものを扱っていた。

 店先には壺や食器が並んでいて、やや敷居の高い店だった。

 だがいつの間にか店は閉まっており、そして今は、ガラスの向こうにファンシーな雑貨が並ぶ店へと変貌していた。


「ね、心海も行こうよ。こういう系、好きじゃないのはわかるけど」


 グイグイと袖を引っ張る由紀子の手を軽く払い、心海は首を横に振った。


「わたしはパス。ここで待ってる」

「外、暑いのにさ。……じゃ、店のなか一回りしてくるから、ちょっと待ってて」


 カラン、と音が鳴る扉を、由紀子はくぐっていった。

 心海は雑貨屋の短い軒先で日光を避け、少しだけ、後悔をした。


 確かに、暑い。

 もう七月で、すっかり夏だ。

 今日は晴れてはいるけれど、湿度は低い。

 だから日陰にいれば我慢できなくはないのだけれど、……。


 そんなことを考えながら、ショーウィンドウに飾られた雑貨を見るともなく見る。

 飾られたオシャレな照明、小さな人形、可愛らしい時計。

 その隅に、なぜか置かれていた、猫耳カチューシャを、心海は見つけてしまった。


 普段自分がつけているものとは違い、カチューシャは白い布で覆われていた。

 耳も白いふわふわとしたファーで出来ている。


 それにしても、なんでこんなものがあるのだろう?

 心海はそのアイテムを目にすると、ついそう思ってしまう。

 こういう耳を持つキャラクターになりきる、コスプレに使ったりするらしい。

 ハロウィンの仮装なんかも、結構ポピュラーな使い道かもしれない。


 でも大多数の人はつけさえすることもなく、人生を終えていくのだろう。

 これがなくて困る、なんて人は、そういないはずだ……。

 この数か月で、なぜか奇妙な状態にはまり込んでしまった、今のわたしを除けば。


「心海さん」


 そのとき、背後から声がして、心海はびくりと肩を震わせる。

 振り返ると、そこに立っていたのは、自分と同じ制服姿の古堀真知ふるほりまちだった。


「なんだ、真知か。驚かせないでよ」


 心海が背を向けたショーウィンドウの中を真知がのぞきこむ。

 それから、彼女は言った。


「ただ声をかけただけですよ。心海さんこそ、こんなところで何やってるんです? カワイイの苦手なはずなのに……商売道具の下見ですか?」


 さすがに目ざといな、と心海は考える。

 ついさっきまで自分が見ていたものが何だったのか、すぐに真知は気づいたらしい。

 心海は、店内を歩く由紀子を指さしながら、真知に言った。


「いや、ただ友達を待ってるだけ」

「ああ、なるほど。じゃ、よかったです。心海さんは、黒い色の方が似合ってますよ」


 真知はそう言ってにっこりと笑い、それから続けた。


「それより、心海さん。今日は、出番ですね」

「そうだね」


 そう応じて、心海はため息をつく。

 それから、決して真知には共感されないと分かっていても、言ってしまう。


「面倒だな」

「何がです?」


 そうたずねてくる真知の目を、心海は見返す。

 彼女の目は丸く、大きい。

 その髪形は、頻繁に変わる。

 今日は、黒く滑らかな髪の毛を、左右に結んで垂らしていた。

 いわゆるツインテール。

 ウチの高校でも有数な可愛い女の子である彼女の内面が、時折、心海にはわからなくなる。

 何が面倒かぐらい、わかってるくせに。

 そう思ってしまう。

 

 心海が何を言うべきかためらってると、先に真知はにっこりと笑い、言葉を続けた。


「でも、心海さん。いざ出番となると、結構、イキイキしてますよ」

「そんなことない」

「いいえ、そうですよ。いや、自分じゃわからないのかも、ですね。それじゃ、また今夜」


 真知はそう言うと、手を振って去っていった。

 その背中を見つめていた心海はやがて、カラン、と扉のなる音を聞いた。

 目を向けると、大塚由紀子が、小さな紙袋を手にして出てきたところだった。


「何か買ったの?」


 歩き出しながら心海がそうたずねると、由紀子は首を横に振った。


「ポストイットを切らしてて。ちょうど可愛いのがあったから、買っちゃった」


 へえ、と答えた心海に、由紀子が聞いてくる。


「さっき話してたの、古堀真知でしょ?」


 突然そう聞かれ、まず由紀子が特に接点もなさそうな、一つ下の後輩のフルネームを知っていたことに驚く。

 だけどすぐ、そう妙なことでもないか、と思い直す。


 学年こそ一つ下ではあるけれど、真知には色んな特徴がある。

 まずは可愛い。

 同学年の宗助が言うには、学年イチだと目されているらしい。

 そして家が結構、裕福らしい。

 父親が会社を経営していて、毎日リムジンで送迎されるほどの大金持ちではないが、それなりに広い家に住んでいる程度には豊かな暮らしをしている。

 さらには、彼女はIRA因子保有者だ。


「最近、たまに話してるよね。もしかして、彼女もわたしたちと同じ、IRA持ち?」


 どうやら、IRA因子のことについては、由紀子は事実を知らなかったらしい。

 心海は少しだけ迷い、それから平然とウソをついた。


「そうかもしれないけど、知らない」


 由紀子はじっと心海を見て、それから肩をすくめた。


「なーんだ。IRA仲間が増えたかと思ったのに」


 由紀子はどうやらウソには気づかなかったらしい。

 少しだけホッとするが、でもその由紀子の物言いは好きじゃない。

 彼女がそう言うたびに、自分と彼女の友情が、IRA仲間、なんてミもフタもない表現に貶められている気がする。


 高校に入って出会った友人、大塚由紀子は心海と同じIRA因子保有者だった。

 それを由紀子はIRA持ちとか、IRA仲間と呼ぶ。

 一般的な呼称かどうかはわからない。

 少なくとも、由紀子の他にそう呼ぶ人を知らない。

 世間的には、IRA因子保有者は『IRAプラス』と表現されることが多い。


 そして由紀子と出会ったばかりの頃、心海はその呼称を何とも思わなかった。

 むしろその程度の共通点で親しみを覚えてくれることに喜んでさえいた。

 全人口の中のIRA因子保有者は、比較的少ないとはいえ、希少ではない。

 本当に希少なのは、IRA因子保有者の中に、ごくまれに現れる、実際にIRAを使える人間だ。


 同じIRA因子保有者とはいえ、由紀子はIRAを使えなかった。

 そもそも何の能力もないのか、あるいは発動条件を満たせていないのか、それはわからない。

 そして由紀子と知り合った高校一年生の頃は、心海自身だって何の能力も使えない、由紀子と同じ、単なる『IRAプラス』に過ぎなかった。


 心海は口を尖らせて、彼女に言った。


「IRAプラスなんて、血液型みたいなもんでしょ。十人に一人は、そうなんだから」

「まあね。血中物質の違いだから、確かに血液型。でも、ただの、というわけじゃない」


 由紀子は少しだけ目を輝かせて、心海に言う。


「IRA持ちは、何かのきっかけで、不思議な力に目覚めるんだから」


 それまで弾んだ声を出していた由紀子のテンションは、そこで急に落ちた。


「とはいえ――それがだいたい、五千人に一人、0.02パーセントとか言われてるけどさ」

「しかも当たり外れがある。発動してるのに気づかない、なんてザラ。指先に静電気が発生する、なんてのがマシな方」


 心海のその言葉に、由紀子は冷たい目を向けた。


「ま、そうなんだけどね。何かものすごい、世界を変えるような力に目覚めても、警察とか、お国に目をつけられちゃうらしいしね。だとしても、心海は、夢がないなあ」

「まあね」


 そう言って、心海は若干、複雑な気持ちになる。

 事実として、夢がない。

 なぜって、わたしにとってそれは、夢じゃないから。

 現実の一部でしかないのだから。


「だけどもし、古堀真知がIRAを使えるのならどうしよう。可愛くて、お金持ちで、なのにIRAにまで目覚めてるなんて。だとしたら、人生って、不公平だ」

「今頃気づいたの? 人生って、めちゃくちゃ不公平なんだよ」


 由紀子が、心海の顔をじっと見る。

 それから、大きくため息をつく。


「大丈夫、毎朝気づいているから。鏡の中の自分を見る度、実感するから」


 心海は笑顔を浮かべる。

 そうは言うけれど、由紀子は結構、男子にも人気がある方だ。

 わたしとは違って。


「そんなことないよ。由紀子は、今日も可愛い。明日もきっと、可愛いと思う。例えIRAに目覚めないとしてもね」


 肩をすくめて、由紀子は答えた。


「ありがと」

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