13. これは、ウソじゃない
スマートフォンから、朝のアラームが鳴っている。
その音がする。
自分は決して、朝が弱い方ではない。
そうは考えていたものの、ベッドに横たわったままの心海は、今一つ、目覚める気はしなかった。
ひどく疲れていた。
昨夜、すべてを終えた後に時計を見ると、午後十時半だった。
時間を確認したのは帰り支度を終えてからだったけれど、そうだとしても、実に三十分近くも、あの得体の知れない敵と戦いを繰り広げていたことになる。
そこから、自転車をこぎ、真知と別れて電車に揺られ、やっと家で人心地ついたのは午後十一時半。
その頃にはもう、ヘトヘトだった。
それでも、今日もまた、学校がある。
人知れず払っている、疲れという犠牲。
そうはしたくないのだけれど、今日はたぶん、授業中のどこかでは眠ってしまうのだろう。
そんな気がする。
やっとのことでベッドから出る。
とぼとぼと肩を落としながら部屋を出て、居間へと向かう。
そして扉を開けたちょうどそのとき、心海の耳は、どこで聞いたような、それでもなんだか聞き慣れないような、そんな声を捉える。
『役割分担をしよう。あんたは頭。わたしは体。それぞれで攻める』
声の方向へと目を向けると、両親がソファーに座ってテレビへ目を向けている。
テレビに流れているのは、もちろん昨夜、宗助が撮ったばかりの映像だ。
どうやら宗助はネットにあげる前に、最低限の編集を加えただけの映像を両親へ渡したらしい。
そしてそれはたぶん、昨夜の戦いのことを一刻も早く知りたがった両親から、気ぜわしいリクエストを受けたせいだろう。
居間に入ってきた心海に気づいた父親は、画面を指さし、こんなことを言う。
「おはよう、心海。このマスク、かっこいいな」
そう弾む声をあげる父親とは対照的に、母親は心配顔だった。
「でもこれ、高かったんじゃないの? 宗助から、ロリポップちゃんにプレゼントされたものだと聞いたけど、本当に大丈夫なの?」
どっちの親に答えるのも、今は面倒くさい。
心海は何も言わず、居間の扉を閉めた。
そうして、ため息をついた。
※※※
同じ朝に、真知も大きくあくびをしていた。
ついやってしまってから、慌てて口を閉じ、澄ました顔を作る。
母は朝食を作っており、ちょうどキッチンの方を向いていた。
だから大丈夫かな、と思ったけれども、母はしっかり、音で気づいてしまったらしい。
「あくび? 昨日は、早く休んだのに」
別にとがめる様子でもなく、母はそう聞いてくる。
どう答えた方がいいのか、真知は少しだけ迷った。
昨日の夜にあったことを、もし、母親にありのまま答えたら、一体どうなることだろう。
彼女は怒るだろうか。
それとも、悲しむだろうか。
昨夜、戦いを終え、自宅の最寄り駅についてから、真知は歩いて帰宅をした。
疲れこそ感じていたけれど、その足取りは軽かった。
そしていつもの通り自宅の庭に忍び込み、IRAで自分の体をゆっくりと浮かせて、二階の自室の窓へとたどり着いた。
もし母に見つかるのなら、このときなんだろうな、とそのとき真知は考えていた。
自分でももどかしい、エレベーターぐらいの速さでしか上昇できないその時間に、もしも母が庭の空を見上げてしまったら。
そこには、風船のように宙に浮かぶ、どことなく間抜けな娘の姿を見出すことだろう。
もちろん、そんな真実の話は、母には出来ない。
ウソはいつも、大いについている。
だけどできるだけ、自分自身のためにも、母親のためにも、あまり後ろめたくないウソをつくように心がけていた。
「そう、そのつもりだったんだけど……結局あまり、眠れなくて」
そう答えると、朝食の卵を焼く手を止めて、母親はこちらに向き直る。
少しだけ心配そうな声で、彼女は言った。
「昨日の話の続きみたいだけど、……何か心配事があるのなら、すぐ、私に言ってね。力になるから」
真知はそんな母親の顔をじっと見てから、首を横に振った。
それから大きく笑顔を浮かべる。
これは、ウソじゃない。
「ううん、全然、何の心配もないよ。最近は、楽しくてしかたないんだから」
※※※
高校の校門へと向かう道すがら、今日何度目かの大あくびをした心海の姿は、隣を歩く大塚由紀子に見とがめられていた。
「また、あくび。昨日は何時で寝たの?」
心海は肩をすくめて、それから正直に、彼女に答える。
「十二時過ぎかな」
「なんだ、そんなに遅くもないじゃない」
そう、眠った時間は遅くもなかった。
ただ、睡眠を欲している理由は他にあった。
単純に、体と心が疲れているのだ。
目いっぱい体を動かしもしたし、謎のキリンからの打撃を受けた。
そして一瞬の戦いに向ける集中。
それらがもたらす今の弛緩。
喉の奥から再びこみ上げてきたあくびをかみ殺すのを、由紀子は、どことなく呆れた顔で見ていた。
やがて、校門が近づいてきた。
今日も新しい一日がはじまる。
そして今日は金曜日だ。
あと一日頑張れば、お待ちかねの週末。
そう考え、ふう、と息を吐きだした心海は、校門のところを歩いていた真知に気づいた。
真知とは、ここでよく顔を合わせる。
別に話もしない。
登校時間だけでいえば、彼女とは、似たような生活リズムらしい。
普段は、こちらに気づかないことも多い。
だが今日は、真知としっかり目があった。
彼女は微笑み、小さくうなずいた。
心海も同じように、うなずき返した。
由紀子が口を開いたのは、校門を抜けてからのことだった。
「なに、今のやり取り。……怪しいな」
「何が?」
見られていたか、と考えながらも、心海はとぼけて見せた。
由紀子はじっと表情をうかがった後、言った。
「古堀真知と、何やらアイコンタクトしてた。もしかして、あんたら、……デキてる?」
その発言にちょっと面食らってから、心海はため息をつく。
「何、それ。わたし、そういう趣味ないし」
「じゃあ何で、何の接点もない一年生と、急に仲良くなったのよ。昨日も結局、そのことは教えてくれなかったし」
「何で、って言われても……」
「何か理由があるはずでしょ。教えてよ、二人のなれそめを」
「なれそめって、男女の間に使う言葉でしょ」
そう答えながら、どうごまかそうかと考える。
すぐには思い浮かばない。
「だいたい、さっき、古堀真知がいたの? わたし、気づかなかった」
そう言って視線を外すが、由紀子はまた、疑いの目を向けている。
今後はもっと気をつけよう。
心海はそう考え、昇降口を目指す。




