表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/83

11. ここが私のハイライト

 キリンの体が飛ばされ、地面に叩きつけられるのを、着地を終えたばかりの真知まちは見ていた。

 なくなった棒付きキャンディの棒を一本吐き出してから、心海ここみさんは乱暴だなあ、と思う。

 そして素早い。

 自分はまだ、体勢を整えたばかりなのに。


 負けてられないな、と真知は考える。

 別に競っているわけではないけれど。

 だけどここに来て、存分にIRAを使うことでしか、得られないものがある。

 だからこそ自分はここにいるのだ。


 とりあえず、距離を取ろう。

 真知は倒れているキリンに背を向けて走り出す。

 IRAを使うかどうかは、少し迷った。

 だが、温存しておくことにする。

 キャンディは、今は口の中に一本だけ。

 何か想定外のことがあったら、残弾なしでは対応できない。

 走りながら、もう二本補充しておく。

 口の中に三本。

 それで真知の口はいっぱいだ。

 話すのだって、モゴモゴとしか言葉を発せない。


 ここらでいいだろう。

 そう考えて真知が振り返ったちょうどそのとき、心海の体が宙に浮かんでいた。

 といっても、自ら跳んだ感じではない。

 キリンは体を起こそうと、足をバタつかせている。

 見たところ、倒れたキリンに追撃をかけようとして、蹴とばされた、というところか。


 だけど大したダメージはなさそうだ。

 向上した身体能力に比例するように、IRAを使っているときの心海の体は頑丈になっているらしい。

 心海はくるくると身を丸めて回転すると、先ほどまで真知たちが立っていた鉄骨の一つに、しなやかに着地をする。

 そうしてホコリでもはらうように、右手の前腕あたりをポンポンと左手で叩いている。

 ガードも間に合っていたようだ。


 それから心海は、月明かりの下で、普段はしない動作を見せた。

 真知は、自分でも気づかないうちに、その行動に見とれていた。

 鉄骨の上に立ったまま、心海は不意に、ポケットに手を入れると、そこから何かを取り出した。

 その棒は、折り畳み傘よりも短く見えた。

 だが、心海が軽く手を振ると、その棒は六十センチほどの長さにまで伸びた。


 武器だ。

 なに、あれ。

 かっこいい。

 伸ばすモーションもサマになっている。

 あんなによさげなモノを、自分に黙っているなんて。


 悔しいな、と思う。

 動画的にも、二人が活躍してナンボだが、今の姿はさすがによかった。

 よすぎた。

 宗助そうすけがちゃんと撮ってさえいれば、今のシーンは動画のハイライトになるだろう。


 となれば、こっちだって、黙っているわけにはいかない。


「私は、頭。ですよね、心海さん」


 キャンディでいっぱいの口の中で、モゴモゴとつぶやき、真知はキリンの頭部に狙いをつける。


 起き上がったキリンは、距離の近い心海をターゲットにしたらしい。

 心海の立つ高さまでは、キリンの頭は届かない。

 頭を左右に揺らしながら、心海の様子をうかがうように、あたりをゆらゆら歩きはじめる。

 攻撃のタイミングを探っているようだ。

 あるいは、その方法を考えている。


 そして武器を手に下げたまま、鉄骨の上に立っている心海を見たとき、真知は直感的に感じた。

 それは、心海の方でも同じだ。

 自分の攻撃を待っている。

 以心伝心ですね、心海さん、いや、ネコミミさん、と心の中でつぶやき、それから真知は目を細めて、右手をまっすぐキリンの頭部へ伸ばす。


 まさに今こそ存分に、自分の力を使うときだ。

 真知の自慢の、そして秘密の力。

 そのIRAは、子どもの頃に偶然、発見した。

 そのときは驚いて泣き、それから母に少しのウソと、ほとんどすべての真実を交えて話し、そして今後二度と力を使わないよう約束させられた。

 お菓子はしばらく、一切食べさせてもらえなかった。


 その力の細かなところはわかっていない。

 だけど、大枠はもう、把握している。


 自分のIRAは、いわゆる、念動力らしい。

 離れたものにさえ運動エネルギーを与える、正体不明の物理的な力。

 そしてその力には、もちろん制限があった。

 それは心海のように、何かを身につければいい、というものでもない。

 代償を必要とするのだ。


 その代償、力の発揮にささげる対象として適切なのは、真知が普段から食べている、棒付きキャンディだった。

 その理由は、わからない。

 もしかしたら、真知の大好物だからなのかもしれない。

 あるいは、はじめて力を使ったときに、そのお菓子を食べていたせいかもしれない。


 他のお菓子ではまったく力は使えない。

 他の種類のキャンディでも、やっぱりダメだ。

 なぜだか、その棒付きキャンディだけが、真知に大きな力を与えてくれる。


 IRAを使うと、口の中からキャンディが消える。

 甘い味を残して。

 その存在の消失が、真知の意識に応じた不可思議な力を、何もないところから生み出す。


 そして、その力はピーキーだった。

 真知自身の体に使うときだけは、その力がマイルドになる代わりに、操作性がマシになる。

 自在に空を飛ぶとまではいかないが、しばらく体を宙に浮かせたりするぐらいはできる。

 自分の背中を押すようにIRAを使えば、走るのだって少しは早くなる。

 たぶん、自分の体をバラバラにしたりしないよう、心の奥底にある自己保存本能なんかが働いているのだろう、と真知は思っていた。


 一方、自分以外のモノに対して使うのは、制御がひどく難しかった。

 何かを少しだけ浮かす、なんてことは、かなりの集中を要さなければ困難だ。

 体外的なモノへの真知のIRAのつまみは、0か100かしかないらしい。

 十円玉なんかを宙に浮かせようとすると、途中まではまったく動かないし、そこから少し力を加えた途端、ものすごい勢いで天井にぶち当たったりする。


 でも、だからこそ、攻撃に使うのには向いている。

 いったん右手の拳を握り、そこから親指と人差し指を軽く伸ばし、銃のような形を作る。

 そして人差し指の先で、キリンの頭部に狙いをつける。

 キリンは今も、心海の隙を狙ってか、彼女を見上げて頭をゆらゆら揺らしている。


 持てる力を、一点集中。

 銃の引き金を引き絞るように、人差し指の付け根にぎゅっと、力を込める。

 指先で、見えない強力な爆薬を炸裂させるイメージ。

 銃弾のように、鋭く尖らせた念動力で、撃ち抜く。

 口の中にあるキャンディーは三本。

 つまり三発。

 そして真知は、頭の中でつぶやく。

 バン、バン、バン。


 その一発ごとに、それまで舌先に触れていた、口内にある丸いキャンディーが消えていく。

 そして後にはプラスチック製の、短い白い棒だけが残る。

 その消失が生み出した力は、銃弾のように、キリンの頭部を瞬時に捉える。

 乾いた破裂音。


 ついさっき見た光景に似ている、と真知は思っていた。

 キリンがその頭部で、地面のコンクリートを強打したときのような。

 ああいう風に、闇で作られたキリンの肉体の表面が、細かな破片に変わって舞い上がる。

 だけど、固い。


 そう考えながら、真知は口に残った三本の棒を、ぷっと吐き出す。

 かっこいいかな、と思ってはじめたその動作だけど、実際に動画で見てみると、どことなくみっともなかった。

 口につけた感染防止用マスクを、顎までずり下げているのもダサかった。


 だけど背に腹は代えられない。

 次弾を装填するのには、その動作の方が、都合がいい。

 そして口元のマスクが消えた今は、まだマシに見えているかもしれない。


 腰につけたボディバッグのチャックは空いている。

 すでにそこには左手を差し入れて、次に口へ運ぶキャンディーをつかんでいる。

 また、三発。

 真知はキャンディーを口に含む。


 キリンの頭部はさすがに固い。

 そりゃ、そうだろう。

 遠心力をつけて振り回し、武器として使っている代物だ。

 ついさっきは、鉄骨を強打して、大きな『く』の字を作っていた。


 だけど、私のIRAを受けて、削れた。

 前回のゾウと異なり、攻撃がまるで通らなかったわけじゃない。

 そしてキャンディーの残弾はまだまだある。


 ここが私のハイライトだな、と真知は考えていた。

 手数で押し切ることにする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ