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抜け殻

 それからしばらくの間、シェイラは抜け殻のように日々を過ごした。

 食事や睡眠といった生命の維持に必要な最低限度の行為は行うし、学園で授業も受けていた。けれど、着替えなどは完全に受け身――侍女たちの着せ替え人形状態で、誰が何を言っても、右から左へと情報が綺麗に流れていく。シェイラの父親や母親、事情を聞いたアルヴィンも含め、皆が彼女を心配していた。



「まぁ……感情を爆発させた結果がその有様ですの? 普通はスッキリして、吹っ切れるものなのでは?」



 そう口にしたのはミンディだった。彼女はその後も、シェイラの向かう先々に現れては、会話を交わしていく。といっても、シェイラは学園生活を始めてから三日目以降、ずっとこんな有様なので、ミンディと交わした会話の内容なんて碌に覚えていない。それでもミンディはめげずに、シェイラへと話し掛け続け、ついには事情を聞き出すに至ったのだ。



「スッキリなんてそんな――――サイラス様をビックリさせてしまいましたし、こんな醜い感情を吐き出したんですもの。かえって自分が汚れてしまったような、そんな気分です」



 シェイラはそう言って俯いた。



「まぁ、感覚は人それぞれですけど……わたくしは良いと思いますわ。だって、六年間も吐き出さず、抱え込んでいらっしゃったんでしょう? 人間、言わなければ分からないことって沢山ありますもの。サイラス様も、ほんの数文字の言葉が他人を深く傷つけることもあると、学んだはずですわ」



 それは思わぬ返答だった。シェイラは目を見開き、ミンディのことを凝視する。



「何ですの?」



 ミンディは唇を尖らせ、怪訝な表情でシェイラを見返す。



「いえ……ミンディ様にはてっきり、叱られるものだと思っていましたから」



 幼い頃からミンディは、サイラスのことを崇拝しているように見えた。宰相の孫娘ということも影響しているのだろうが、王家に対する敬意が人一倍厚く、また執着も強い。王太子妃に掛ける想いも、妃教育を受け始めた当初から、一番強かった。



「――――以前のわたくしならば、そうしていたかもしれません」



 ミンディは少し考えてから、そう口にした。どこか懐かしそうな表情に、シェイラの虚ろな心が少しだけ反応する。



「では、一体なにがミンディ様を変えましたの?」


「ふふ……シェイラ様が知る必要のないことですわ」



 尋ねれば、ミンディは顔をクシャッとして笑った。ミンディが穏やかに瞳を細めて膝を抱く。彼女らしからぬ、珍しい行動だった。シェイラも彼女に倣って膝を抱いた。そうすると少しだけ、心が落ち着くような気がした。



「――――ミンディ様、サイラス様はどうしていらっしゃいますか? 元気にしていらっしゃいますか?」



 あれから二月ほどの時が経つが、シェイラは学園内でサイラスを見掛けたことが無い。通学をしているのか、はたまた休んでいるかすらも定かではない。誰かに尋ねる勇気もなかったが、ミンディが相手ならば許される気がした。本当はずっと、シェイラの醜い感情をぶつけられてしまった彼のことが気がかりだったのだ。



「サイラス様は今は公務がお忙しいみたい。授業に少し顔を出したかと思うと、すぐにお帰りになられますわ。元気かどうかは――――わたくしにはよく分かりません。あまり進んでご自分のことをお話しになられる方ではございませんし」


「そう、ですか」



 シェイラは相槌を打ちながら小さく嘆息する。話を聞く限り、サイラスはやはり、少なからず影響を受けているらしい。そう思うと気が塞いだ。



(サイラス様のことは、今でも心から尊敬している)



 彼の想いを応援しているし、妃という形ではないにせよ、貴族として影ながら支えたいと思っている。だから、こういった形でサイラスに影響を与えてしまうことが、シェイラにとっては一番辛いことだった。

 けれど、もうシェイラにはどうすることもできない。関わらないでほしいと伝えてあるし、サイラス自身、もうシェイラと関わろうとしないだろう。



「ねぇ……サイラス様ならきっと、大丈夫よね?」



 己に言い聞かせるようにしながら、シェイラがそう口にする。ミンディは幾度か瞬きながら、じっと正面を見つめている。



「これからはミンディ様が、彼のことを支えて下さるのでしょう?」



 何となくそんな気がしてそう尋ねると、どうやら図星だったらしい。ミンディは目を丸くして、シェイラのことを見つめた。シェイラは穏やかに微笑み、先程よりも強く膝を抱く。ユラユラ、ユラユラと不安定に揺れ動く心を一所に留めるように、シェイラは大きく息を吸った。

 今はまだ、ミンディに対して祝福の言葉が掛けてあげられそうにない。けれど、あと数か月も経てばきっと、心の底から『おめでとう』と言えるだろう。



「わたくしは――――いえ。何でもございませんわ」



 そう言ってミンディは大きく伸びをする。嬉しそうな、寂しそうな笑顔だった。若葉が茂り、季節が移り変わろうとしていた。

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