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まるでそれは陽炎のように

 サイラスが連れてきたのは、幼い頃、二人でよくお茶をした庭園だった。当時世話になっていた侍女が数名、大きく成長したシェイラを見て瞳を輝かせる。



「シェイラ様、よくお戻りになられました」



 彼のいない隙を見て、侍女たちにそう声を掛けられた時は、嬉しいような、悲しいような、何とも言えない複雑な気持ちに苛まれた。けれど、出てきた茶や茶菓子は、当時シェイラが好んでいたものばかりで。どうしても嬉しい気持ちの方が勝ってしまう。



「シェイラは今、どんなお茶が好き?」



 湯気の立つティーカップを受け取りながら、サイラスが尋ねる。サイラスもシェイラの好みを覚えてくれていたらしい。



(答えたところで……)



 そう思うのに、唇は自然「あの頃と好みは変わっていません」と言葉を紡ぐ。サイラスは「そうか」と言って、穏やかに微笑んだ。



「本当に、久しぶりだね」



 サイラスは侍女たちを下がらせ、ポツリと感慨深げに呟いた。風が頬を撫で、木々や花々の香りと共に懐かしさを運んでくる。



「ずっとずっと、シェイラに会いたかった」



 サイラスはシェイラを真っ直ぐに見つめ、そう口にした。彼の言葉がシェイラの胸を鋭利に切りつける。決して受け入れまいと藻掻くのに、こうもストレートに言葉をぶつけられては、逃れることは難しい。シェイラは静かに目を伏せた。



「本当に――――どうして急に、城に来なくなってしまったんだ? 俺はその理由がずっと知りたかった」



 そう言ってサイラスはシェイラの手を握る。温かい、太陽のような手のひらだった。子どもの頃もよく、城の中を二人で手を繋いで歩いた。そうして、サイラスの好きなことや将来の夢について話したのを、今でもよく覚えている。




『王様ってのはさ、誰よりも幸せで、笑ってないといけないんだ』


『え? どうして?』



 目を閉じれば、景色に合わせて、幼い日の自分たちの姿が浮かび上がる。



『だってさ、自分が幸せじゃないと、人の話をしっかり聞けないだろう? 王様ってのは人の話を聞くのが仕事だ。誰かの想いを、願いを聞いて、それを叶えるために色んな人に仕事をしてもらう。それができなきゃ王様じゃない。

でさ、どうせ仕事をするなら、『この人のために頑張りたい』って思える方が良いだろ? そのために俺達王族は、他の誰よりも努力をするわけ。俺のために頑張りたいって思える人間を、一人でも多く増やせるように、俺自身が頑張るんだ。

そんでもって俺は、ぶすっとした人間の言うことは聞きたくない。俺がそう思うってことは、大抵の人間は同じように思ってるってことだ。だから俺は、いつも幸せそうに笑うことにしてる。自分は最高に幸せだって思ってる笑顔な王様が最強だし、カッコいいと思う。そんな王様になることが俺の目標だ』



 サイラスの笑顔は、まるで太陽のようだった。幸せを凝縮したみたいに優しく、燃えるように熱い熱を秘めている。その情熱にシェイラは魅せられた。その日を以て、幼いシェイラの心は、サイラスのものになったのだった。




「わたくしだって叶うことなら、ずっとあの頃のように過ごしたかった」



 あの日からシェイラは、サイラスのために頑張りたいと、そう思うようになった。ただ知識欲を満たすためだけに行っていた勉強も、サイラスのためのそれに変わった。いつか、サイラスを支えられるだけの人間になりたい。彼を幸せにしたい。そう思って、色んなことに取り組んで来た。



『シェイラじゃダメだ』



 けれど、シェイラではダメなのだ。その事実がどうしても、シェイラの心を苦しめる。



「だったら戻ろう? 俺はシェイラに前みたいにここに来てほしい。俺は、シェイラのことが――――」



 サイラスの声が切実に響く。シェイラは首を大きく横に振ると、眉をへの字型に曲げた。



「だってサイラス様は、わたくしじゃダメなのでしょう?」



 堪えきれず、シェイラは尋ねた。サイラスが目を見開き、身を乗り出してシェイラを凝視する。眉間にはクッキリと皺が刻まれ、怪訝な表情になっていた。



「ダメなはずがない。一体、どうしてそんな風に思うんだ?」



 サイラスは訳が分からないといった様子で首を横に振っていた。シェイラの瞳から涙が零れ落ちる。拭おうとサイラスが手を伸ばすも、シェイラはスルリと身を翻した。



「わたくし、聞いてしまったんです。――――サイラス様が『わたしじゃダメ』って仰っているのを」


「俺が? そんな馬鹿な――――」


「いいえ、いいえ! サイラス様ご自身がハッキリと、そう仰っていました! ですからわたくしは……わたくしではサイラス様の妃など務まらないと、城へ来るのを止めました。どんなに頑張っても、わたくしではサイラス様に届きはしないと……そう思うことがどれ程辛かったか。わたくしは、他の誰かがあなたの妃に選ばれるのを間近で見たくなかった。どうしても、嫌だったのです……!」



 六年分のわだかまりが、涙と一緒に流れ落ちていく。サイラス相手に無礼だと、己の中の冷静な部分がそう囁くのに、激情に呑まれて止まりそうもない。

 サイラスは呆然と立ち尽くしていた。まるで感情の抜け落ちた抜け殻のように、彼は口を開け、胸のあたりを押さえている。



「分かったらもう、わたくしに関わるのはお止めください」



 そう言ってシェイラは立ち上がり、サイラスとは反対の方向へ歩き始める。

 目を瞑っても、もう幼い頃の幻影は浮かび上がらなかった。

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