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歩み寄る

 シェイラはその日、残りの時間を、気もそぞろに過ごした。

 幸い、サイラスとはクラスが異なるため、顔を合わせることは無い。けれど、あと数時間、あと数十分後に彼がシェイラを迎えに来るのだと思うと、胸がザワザワと騒ぎ、落ち着かなかった。



(つくづく、わたくしはダメな人間ね)



 心の中で自虐的に呟きつつ、シェイラは荷物を纏めていく。その間にもクラスメイト達が一人、また一人と教室を去っていく。本当は彼等と一緒に、今すぐこの場を立ち去りたかった。けれどシェイラには、約束という名の命令が待っている。緊張で喉のあたりがバクバクと鳴っていた。



「シェイラ様」


「……っ⁉ はっ、はい」



 思わぬ呼びかけに、シェイラは目を丸くする。サイラスの声ではない。彼の声はもう何度も心の中で反芻して、胸に刻み込んである。聞き慣れない声だ。顔を上げると、そこには昨日父親から紹介されたばかりのアルヴィンが立っていた。



「アッ……アルヴィン様」


「そんなに驚くとは思わなかった」



 すまない、と付け加え、アルヴィンは空になったシェイラの前の席に腰掛ける。キビキビとした無駄のない動きだ。見惚れつつ、シェイラは己の居住まいを正す。彼の振る舞いは自然と、自分も彼のようにあらねばならないと思わせるだけの力があった。



「申し訳ございません。声を掛けられるとは思っていなかったもので」



 シェイラは詫びの言葉を述べつつ頭を垂れる。アルヴィンは快活に笑いながら、シェイラの顔を上げさせた。



「学園生活はどう? 少しは慣れた?」


「どう……なのでしょう。あまり意識をしていませんでした」



 シェイラはそう言って小首を傾げる。

 シェイラにとってこの学園は、チューターではカバーできない専門的な知識を得ることと、貴族として必要な立ち居振る舞いを実践する場だと思っている。中にはここで、生涯の友を得る者、はたまた伴侶を見つける者もいるらしいが、シェイラにとっては違う。だから、この場に慣れようという意識はあまり無かったのだ。

 それに、幼い頃に経験した妃教育の雰囲気に似通った部分もある。そういう意味で、シェイラはそこまで肩肘を張らずに過ごしていたのだが。



「そうか。いや……何というか、様子を見に来たっていうのは口実なんだ。昨日紹介いただいたシェイラ様があまりにも可憐で、美しかったから」



 アルヴィンはそう言って照れたように笑った。実直で、穏やかな笑みだった。紛うことなき政略結婚だというのに、アルヴィンはこうしてシェイラに歩み寄ろうとしてくれている。彼なら、結婚を希望する令嬢など掃いて捨てるほどいるだろう。これまで婚約者がいなかったことが、不思議な位だった。



「シェイラ」



 その時、教室の入り口の方から低い声音が響く。振り返れば、そこにはサイラスがいた。ほんの少しだけ眉間に皺を寄せている。ただ真っ直ぐ、凛と立っているだけだというのに、今のサイラスはどことなく、人の上に立つ者の貫禄を醸し出していた。



「サイラス殿下」



 そう言ってアルヴィンは、すぐにその場に跪いた。さすが、軍人を父親に持つだけあって、上下関係が身体に染み付いている。シェイラも恭しく頭を垂れつつ、サイラスの次の言葉を待った。



「その者は? 初めて見る顔だが」



 サイラスの口調は、二人きりの時とは違っていた。幼い頃の面影ばかりを追っていたシェイラは、突然もたらされたギャップに戸惑いを隠せない。



「フィッツハーバード侯爵家のご令息、アルヴィン様です。昨日、父から紹介を受けました」


「――――侯爵の」



 短くそう答えつつ、サイラスはじっと何かを考え込むような仕草をする。聡い彼ならばきっと、『紹介を受けた』――――それだけで、その裏にある意図まですぐに辿り着けるだろう。



「そうか……。アルヴィン、私とシェイラは幼い頃からの知り合いだ。今日はシェイラを城に招き、共に語らう約束をしている」


「はっ」



 アルヴィンは頭を垂れたまま、短くそう返事をした。顔が隠れているため、表情を窺い知ることはできない。シェイラは誰にもバレないよう、静かに唾を呑み込んだ。



「待たせた。行こうか、シェイラ」


「はい、殿下」



 シェイラは立ち上がり、サイラスの後に続く。アルヴィンの様子が気になるが、シェイラは学園を出るまでの間、ずっと前を向き続けていた。

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