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タイムリミットと命令

(断られてしまったな……)



 サイラスは自室で、鬱々とした感情を持て余していた。彼の悩みの種は専ら、六年ぶりに再会を果たしたシェイラのことだ。

 シェイラは彼の妃候補として集められた数人の令嬢の内の一人で、幼い内から大層利発な、美しい少女だった。他の令嬢のように『自分が自分が』と出しゃばらず、かといって黙って控えているわけでもない。誰かを蹴落とすことではなく、自分を磨くことこそ肝要と心得ている子どもなどそうはいないと、講師たちからも高評価を得ていた。


 けれど、サイラスが何よりも気に入っていたのは、彼女の穏やかで優しい人となりだった。


 サイラスにとって、妃候補たちと交流を深めることは、父と母から課された課題だった。幼いサイラスは『自分から話題を振らなければ』『令嬢達を退屈させてはいけない』と、年齢に似合わぬ悩みを抱えていた。妃候補たちは皆、前のめりにサイラスに近づこうとするし、尚更肩に力が入る。

 けれど、シェイラはそんなサイラスのことを労わり、ただ二人、静かに過ごすことを許してくれた。気の利いたことを言えずとも、己の本当にしたい話題を振っても、がっかりした表情を浮かべない。そのことにサイラスはとても救われていた。


 幼いサイラスが、シェイラを妃として望むようになるまで、そう時間は掛からなかった。父親にもそんな彼の意向を伝えようとした矢先、シェイラはぱたりと城に来なくなった。聞けばある日、とある課題を受けた後で忽然と姿を消し、以降城に来ることを拒んでいるのだという。



『シェイラに何かあったのかもしれない』



 サイラスはシェイラに会いに行こうと試みた。けれど、すぐに父親から止められた。幼い王子の身分では、簡単に城外に出ることも許されない。手引きをしてくれるような人間もいなかった。皆、サイラスの身を心配したからだ。

 シェイラの父親を呼び、事情を聞きもしたが、彼は口を濁すばかりだった。時折、サイラスを咎めるような表情を浮かべていたことが妙に印象的で。そのことを指摘してみても、彼は口を割りはしない。婚約の意向を伝えてみても『畏れ多い』と口にし首を横に振るばかりで、とても話にならなかった。


 代わりにサイラスは手紙を書いた。まだ拙い文字で。何度も何度も、シェイラに手紙を書いた。けれど、一度だってシェイラから返事が来ることは無かった。



『シェイラ様のことはもう、お忘れください』



 当時のお目付け役は、サイラスにそう諭した。シェイラが妃候補として城に戻ってくることは無い。そう伝えたが、サイラスは頑なだった。

 それは幼さ故の固執だったのかもしれない。けれど、どれだけ月日が経っても、サイラスがシェイラを忘れることは無かった。


 サイラスの意向を受けて、妃教育は打ち切られた。令嬢たちは皆、釈然としない表情を浮かべていたが、シェイラと婚約が結べない以上、結果が伴わないのは致し方ない。『あとは成長した後に適性を見極める』とだけ伝え、それで全てが終わった。



「失礼いたします」



 声がして顔を上げると、そこにはサイラスの幼少時、お目付け役をしていた男が立っていた。名をオリバーといい、今では宰相補佐に取り立てられている。将来、サイラスの右腕を務める予定の男だ。



「あぁ、おまえか」


「――――やはり失敗に終わったのですね。もういい加減諦めたら如何ですか?」



 オリバーは半ば呆れたような表情で、そう口にした。


「六年間も振られ続けてきたんです。望みなんてないでしょう?」


「――――――オリバー、俺は振られたのか?」



 まだ想いを伝えてすらいないというのに。そう思うと、唇が不機嫌に尖っていく。オリバーはふぅ、とため息を吐き、サイラスに数枚の書類を手渡した。



「どう思うかは殿下次第ですが、諦めた方が楽だと私は思いますよ」


「そうか。ならば俺は、振られていないとそう思おう」



 サイラスはそう言って書類を片手に立ち上がる。自分次第だというならば、こんなにも簡単なことは無い。サイラスは、振られて等いないし、諦めない。元より、楽な道を選ぼうと思う質でもないからそれで良いと、そう思った。



「けれど、殿下。タイムリミットは着実に迫っていますよ」


「分かっている。このままで良いと思っているわけではない」



 書類に目を通しながら、サイラスは眉間に皺を寄せる。

 王太子である彼の妃選びは、完全な私事ではない。国の今後を左右し得るし、国民や他国に与える影響も大きい。サイラスには他に兄弟もいないため、彼が無能だからと替えが利く身分でもない。安定した王政の継続のため、一刻も早く盤石な体制を築く必要があるのだ。



「そこまで固執なさるのなら、もういっそのこと、ご命令なさったら如何ですか?」


「――――何?」



 サイラスは目を見張り、オリバーを見つめる。



「『妃になれ』と……一言そうお命じください。殿下にそう命令されて、断れるわけがございません。私が断らせません」



 オリバーは憮然とした表情で、淡々とそう口にする。

 これまでサイラスは、あくまで向こうの意向を尋ねる、という姿勢を取っていた。シェイラの父親に結婚の打診をした時だってそうだ。断る道を残していた。



「それは……」



 サイラスは眉間に皺を寄せ、言い淀む。少なくとも彼が命令すれば、シェイラと会話が出来るかもしれない。けれど、彼ができるのはそこまでだ。シェイラには望んで、彼の妃になって欲しい。馬鹿げていると思われるかもしれないが、それが彼の望みだった。



「出来ぬのなら、もう一人の候補者とご婚約を。私に言えるのはそれだけです」



 失礼します、と恭しく頭を垂れ、オリバーは部屋を去っていく。サイラスは深々とため息を吐いた。


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