春:はなひらく
今さらだが、日本では花といえば桜である。
とはいえ、平安時代あたりに 「しづこころなく はなのちるらん」 とか詠まれていた頃の花は、今わたしたちが当たり前のように目にしているソメイヨシノとはまた別もの (ソメイヨシノはもっと後世から) じゃないかとも思うのだが……
まぁ、細かいことはいいじゃないか。
しかめつらで眺めるのが、似合わない花である。
咲いてから目を向ける花は多いが、細い枝の先までぼんやりと春めいてくる蕾の頃から、見ろ見ろと誘う花はそうない。
固い緑の蕾がふくらみ、濃いピンクに変わり、1つ2つほころんできたと思ったら……
ある日、ぱっと、この色になる。
薄紅よりさらに淡い、この花の色。
皆は、空を覆うこの色に、ふわっと漂う香りに何を思うだろうか。
私はといえば、どうも妙に寂しい気持ちになる。
これだけ咲いていても、丸切り自己主張をしてこない。ただそこにあるだけの、静かな花である。
こちらが語りかければ微笑みのひとつも返されるかもしれないが、あいにく私は語りかける言葉を持たない。
ただ、その静けさに身を浸しながら道を急ぐ。
おそらくは、楽しい気持ちの人には楽しさを。悲しい気持ちの人には悲しみを。
見る者の心に寄り添い、鏡のようにそれを映し出すからこそ、『はな』 といえばこの花なのだろう。




