4限目 桜の樹の下には…
生徒会室に入って右手に窓があり、そしてその先には長岡の校区が一面見渡せた。長岡校は立地的には山の中腹にあるので、さながら城下町を見下ろしているようなそんな絶景であった。
そして左手側には薄紅色に彩られた鴻巣山の景色が見え、長岡校全体が見渡せた。現実世界は5月下旬だというのに、あいかわらずゲーム内の景観が春仕様のままである。仮想現実は現実世界と違い、気候や物理を無視してプログラムでコントロールしているのでぶっちゃけ個人的に言うと、こちらの世界の方が春を長く満喫できるし、何より花粉が飛んでないのが1番ポイント高いなーなんて外の景色に呆気に取られていたヤンの前に1人の男がいた。それはもう、ただただイケメン。キャラデザは○術廻戦の○条悟の目隠しが無いバージョンだわ。
「そんなにかしこまらなくていいよ。最近自己紹介する時にハマっててね」
自己紹介のクセ!しかもユーザー名が『生徒会長』なのもクセしかない!なんかふざけた人みたい。
出だしいきなり挫かれたけど、どう切り出したらいいのか。いきなり預言者について問いたいが、見ず知らずの2人にペラペラと話すわけがない。当然、生徒会長は自分たちを演劇部の可能性があると思って喋らないだろうし、てか篠宮あんなにさっきまで意気揚々としてたのに、ここに着いた瞬間じっとしてる。まさかこいつイケメンの前で惚けてしまったのか(呆れ)……
「いきなり押しかけて申し訳ありません。」
腰を低く断りながら言った。
「いいよ。とりあえず掛けていいよ。何か用があって来たんでしょ。」
生徒会長はソファーに優しく対応した。
「ええ、戦争が始まる直前なのに申し訳ないです。」
「あーいいよ、今回は私が陣頭指揮するわけじゃなくて庶務の愛染が担当だからね。かなり作戦に自信があるみたい。」
生徒会役員は全員で6名で内訳は下記の通りである。
3年…生徒会長、会計
2年…副会長、書記
1年…庶務(外交担当)(内政窓口担当)
庶務は基本2人だが、先日内政担当の人が辞任して行方不明なったとかで学校の掲示板が荒れていたのは覚えている。そして生徒会長の話に出てた愛染が外交担当の方の庶務である。
「いつも、その庶務の……愛染ていう人が作戦を立案するんですか?」
「ん? 前は僕も作戦企てたけど、今シーズンは彼だけだね。」
そうなんですねー。とここまで自然な挨拶をしていたところ、ちょっといいかしら♪と自分の長ったらしい世間話に篠宮は痺れを切らしたのか生徒会長に質問した。
「単刀直入に聞くけど預言者を知らないかしら♪」
今まで空気だって篠宮が突然話して来たし、しかもさっき話してた内容と何の脈絡もない質問だったため生徒会長は一瞬フリーズしたように見えた。
「ああ、この学校にまつわる七不思議の1人だよね?なんか生徒会と繋がりがあるって僕も聞いたことあるけど、ごめんね全然知らないんだ。」
「さっきの話からすると、もしかしたら庶務の人だけが繋がってる可能性もあるかしら?」
「まあ、ありえると言えばありえるかもしれないね。」
さっきから篠宮の質問に対して政治家みたいな当たり障りのない回答しか出てないな。これ以上追求しても出てこなさそう。そう思った矢先、篠宮も同じことを思ったのか
「分かりました。貴重なお時間ありがとうございました。失礼します♪」
そうして我々は生徒会室を後にした。
自分たちは戦闘ポジションに向かう道中、正直にありのままを伝えた。
「あんまり参考にならなかったな。まあ、最初から期待してなかったが。」
そう言うと篠宮は意味深な笑みで言った。
「いや、一つ引っかかるところあるわ。生徒会長は『かなり作戦に自信があるみたい』って言い方、今回の作戦の内容知らないような言い方だったわね♪」
続けて篠宮は語った。
「かなり信頼している腹心とはいえ、作戦チェックしないで呑気に生徒会室にいる普通?」
まあ、たしかに上の立場なら作戦をしっかり見る必要があるのに把握してない。。。いや、もしくは作戦内容を知らなくても勝てると確信があるからの余裕なのか。
「それと生徒会長なのにボディガードの風紀委員すら
いなかった。無防備にもほどがあるわ♪私が演劇部ならとっくの昔に処理できる自信があるわ♪」
言われてみれば生徒会室前の廊下にも誰もいなかった。
「極めつけは私たちが部屋に入った瞬間、待ってたよは事前に私たちが来る事を知ってたみたいね♪」
「もしかして生徒会長が生徒指導なのか?」
「まだ確実な証拠がないから分からないけど、でもどのみち只者じゃないわね♪一旦撤退して正解だったわ♪」
「ただ自分たちみたなアポなしでいきなり凸する変人を紳士に対応するのはやはり器の大きさが違うな。流石生徒会長と言ったところか。」
「ふん、相当なお人好しか清濁併せ持つ切れ者か、今回の戦闘の勝敗次第で生徒会長にもう少し探る必要があるかもね♪正直裏が読めないわ♪」
そう言うと、篠宮は真剣な眼差しで僕に言った
「あのね、今回の戦闘で頼みたいことがあるんだけど♪」
少し季節外れの桜が咲く鴻巣山の中腹、ノクティス達と合流した。
「篠宮遅かったな。もう戦闘始まるぞ。」
「ごめんね。支度に時間がかかっちゃって♪」
「いや、間に合えば別にいいけど、あいつ知らないか?」
「あいつってヤンのこと?ううん、知らないよ♪」
「おいまじか、昼間ここが最前線になるかもって言ってた本人が不在どういうことだよ。」
そう苛立つ○クティスに周りの取り巻きがなだめていたその頃一方、自分は篠宮に頼まれて53班の待機場所である電波塔からすぐ見える学校の隣のマンションの屋上で待機していた。
あーあ、双眼鏡で敵を偵察しないで、電波塔と月明かりでいい感じになってる夜桜の方を堪能したかったな。現実世界も充分美しいのだが、仮想現実はアニメや絵画のような幻想的な世界を見せてくれる。このゲームを作った人は本当に偉大だと思う。あーあこんな日はゆっくり花見をしたいものだけど戦争に興じないといけないとは。。。
話を戻すとして、今回の篠宮の頼まれごとは全体を見渡し、状況を把握することだった。指示出す係いわゆる放送部の役割で立ち回ればいいのかなと思っていたが篠宮はただ状況だけ見て俺の戦術眼でどう映ったかを後で教えてほしいとのことだった。自分の本来の待機ポジションは電波塔だが、マンションにいることは軍規違反なので後々仮想通貨ポイントが引かれるのは言うまでもない。本当に誰もいなくてよかったわ。そんなことを逡巡していた頃、とうとう戦闘が始まった。
pm.8:00過ぎ頂上付近で主力部隊の戦闘が始まり、砲弾や銃声がマンションの方からでも聞こえてきた。いつも通りの戦闘が始まったが、さてこのまま何もしないで待機していいのやら。春一番の風が一人ぼっちの自分に虚しく吹いていた。
pm.8:15一方そのころ電波塔で僕ら2年Y組全20班、総勢100人ほど待機しており、その中の数班は周囲の警戒に飽きて雑談をしてたり、火炎瓶使って鬼ごっことか始めちゃう始末だった。
「やばいやばい水、水ー。」
「ぎゃははは。はい、お前の負けー。」
篠宮は馬鹿騒ぎする他の班を尻目に班長に問いかけた。
「あれ、止めなくていいの?」
「ふん、1人や2人味方が減ったところで誤差の範囲だ。むしろここまで平和だと布陣の設定ミスだ。」
そう言いどんどん怒りのボルテージを上げまくる○クティスはついに、ここを守っても仕方ない本隊に合流すると言い出したその時だった。
山の中から地鳴りが鴻巣山中に響いた。それは近くのマンション屋上に待機している自分ですら分かるくらいの轟音だった。それは地震かと誰しもが思っていた。しかしその音はどんどん音が大きくなるにつれて何かを削るような、ゴリゴリと鳴り出すその正体は電波塔待機組の目の前に巨大なトンネル掘削機として現れた。その後ろから護送車がどんどん出てきて、こちらの味方部隊を次々とはね、護送車から黒い学ランを着たいつもの一般兵とさらにトンネルの奥から白い制服を身に纏う特殊部隊が現れた。あれが平尾校最強部隊“白虎隊”。実力は折り紙付で市内でトップ10に入る精鋭部隊だが、その構成メンバーが全員警察学校の生徒たちである。平尾校のすぐそばに警察学校があり、寮もあるのだ。しかも選りすぐりのメンバーで構成されているから並大抵のプレイヤーは絶対に負ける。だからこれまでの戦闘もほとんどこの人たちに負けたと言っても過言じゃない。そしてかなりピンチの状況になってしまった。白虎隊の鮮やかで手際の良い制圧と護送車、トンネル掘削機が木もろとも味方を薙ぎ倒し、たった5分でクラスの1/3が殺された。自分はすぐに撤退するよううちの学級委員長にメッセージを送ったが返信が来ない。もうすでに屍になった後だった。本来ならクラス全員にメッセージを送りたいところだが、残念なことにぼっちの自分が知る連絡網がうちの班だけなので、せめて自分の守れる範囲で53班にメッセージを送ったところ。3人が既読付いたが、もう1人既読が付かない。いや、まさか……一抹の不安を抱えながらもう一度双眼鏡で戦場を見渡すと、そこには篠宮が地面を這いずり回り、すぐ近くに敵が銃口を向けていた。もう目の前でやられる寸前であった。もう助からない……。事前に仕掛けてたトラップがさっきのトンネル掘削機で荒らされて作動できない。終わった……。いや、そんなこと考えてる場合じゃない。まだ助けられる。じゃないと篠宮が言ったように殺されて自我が消えるかもしれない。心臓の鼓動がうるさい。マジでやばい。その場から離れ、ダッシュで救出に向かおうとした時だった。トンネルの入り口が爆発した。味方も敵も一瞬固まった。どういうことか理解が追いつかない。戦場は混乱に瀕した。そしてさらに事態を困窮させる状況が起きたのである。またさらに篠宮に銃口を向けていた敵の頭部がいきなり爆発したのだ。誰もグレネードは投げていない。相手も故意にやったわけでもない様子だった。この状況をしっかり理解できたのは、鴻巣山の戦場にはいない、マンション屋上にいる2人だけだった。