第十三話 対人オンチ
この日の夢の舞台は、夢の畔でも無く、魔導図書館でも無い。王妃の部屋だった。
「私が必要だと意識している場所が舞台に反映されているのか?」
逃避場所の夢の畔。
知識を得る場所の魔導図書館。
そして、狂った素振りで現実逃避をする母親の真意を探るべく、王妃の部屋を強く意識した結果が、舞台の変更であった。
「この有り余る惨状から察するに、その考えで間違いないだろうな。しかし、主よ。王妃を排せとは言ったが、せめて我が現実の世界に行くまで待てなかったのか?」
王妃の部屋は、王の部屋とは裏腹に酷い荒れようだった。
テーブルは薙ぎ倒され、砕けた調度品が床に散乱し、窓ガラスは枠ごと砕けている。引き千切られたカーテン。
鈍器のような物で打ち崩されたベッドの天蓋、砕けたシャンデリア。壁や床は鋭利な物で切り刻まれている。
嵐雪は鬱陶しそうに、宙を舞うソファやベッドの中綿を打ち払う。
「御覧の通り凄まじい激情だ。主人を見つけて早々在野に放り出されては敵わん」
「それは妾とて同じこと。得難い家臣を手に入れ、これからという時に終わっては堪らんからな。そなたを我が前に呼び寄せる術を探っているが、そちらでも調べていてくれ。かつては神秘と共にあった退魔士だったのだろう?」
信頼と期待に満ちた主の双眸に、嵐雪は思わず仰け反りそうになる。
短いとは言え、信頼も期待も無い人生を歩んで来た分、そういったものが色濃く出ていた。
――それとこれとは別だ、とは言えなかった。
『応えなくては、主の剣の名が廃る。廃るのだが……神秘が殺された世界ではどうにも……いや、待てよ?』
間違いなく西暦1999年に神秘は消えた。
人に仇なす怪異、人の益となる神秘、人間の事情や都合に関係無く確実に世界から幻想は消えた。
消えてから既に4年が過ぎ、怪異が蘇る気配はない。絶滅した。存在しないものとなった。
しかし、それでは辻褄が合わないのだ。
『今のこの状況は神秘によって起こされた現象だ。しかし今の地球に神秘は無い。だとすれば世界が繋がった? いや、繋げるなどという上品なやり方では無い。テンベルクサンドリア側から地球に向けて、無理矢理穴を抉じ開けている。退魔士一人の精神を異世界に吸い込む程度とは言え、限定的な現世と常世の関係になっている? もしもそうだとすれば……』
思考しながら、結局のところ自力で物事をどうにかするのは困難だろうという結論に至り、腕組みをしたまま魔導書に視線を走らせる小さな主に目を向ける。
「何とかするつもりだ。しかし、我が御身の傍に行くまでは無理をしてくれるな」
「分かっている。分かっているとも、あまり過保護にしてくれるな。そなたに依存してばかりの情けない主になってしまいそうで不安になる」
「依存は兎も角、頼れば良い。好きなだけな。我は剣だ。しかし、テンベルクサンドリアでは誰を斬って捨てれば良いかも分からん。主に命じてもらわねば何処で誰と戦えば良いかも分からんのだ。貴女は我を導いてくれれば良い」
「そういうものなのだろうか?」
「そうだとも。そうでなくては家臣は何をして良いかも分からずに露頭に迷うことになる。だから麗しき姫君は顎で剣を扱き使えば良い」
「だーかーらー!! そなたは!! なんで!! そんなにも!! 軽薄なのだ!!」
「文化の違いだ」
出鱈目と言うほど適当に喋っているつもりは無く、何気ないといった態度で言って退ける。
日本の一般社会では嵐雪の態度をブラック社員などと言うのだろうが、主たるもの、道具を道具のように扱って当然だという思いがあった。
麗しいと言ったのも、子供相手とは言え、お姫様に対する態度として当然だという気持ちも同じようにあったからだ。口説いているという感覚は更々無かった。
それを修正する者はいなかった。
嵐雪は退魔士としての未練を抱えたまま、現代の価値観に馴染めずに今現在に至っている。
対人能力、対人経験の浅さは、もしかするとユフィンよりも低いかも知れないのだ。




