第一話 豚野郎共の宴
カーディナー暦43期7年 風の月43日
主神カーディナーがこの地に43回目の降臨を果たし、7年と数ヶ月が過ぎた秋の夜。
メイフェア樹海の中心に、大樹が壁のように立ち並ぶ地点がある。
大樹の城壁――、そう城壁だ。壁の向こう側は色鮮やかな草花、ヴァプール調の見事なオブジェで飾られた庭園が広がっている。
花々の香しいメルヘンじみた通り道を進んだ先には、月明りのスポットライトに照らされた煌びやかな城。
中では、絢爛豪華な祝宴に多くの者が、顔に笑みを浮かべていた。
「やあ、チェルーズ卿。君も来ていたのかい」
「勿論だともダーボン卿。我等がテンベルクサンドリアに、姫殿下のご誕生を祝う宴に姿を見せぬ不忠者は存在しない。当然だろう?」
「全くだ。全く以てその通りだ。異論を挟む余地が微塵にも存在しない!」
『貴族らしからぬ下卑た顔だ』
チェールズ卿とダーボン卿は奇しくも同じタイミングで、眼前の貴族に全く同じ評価を下した。
要するに、二人とも貴族にあるまじき表情を浮かべていた。
君主に対する忠誠心など既に消えて失せている。
この二人が特別に酷いわけではない。
十年前の戦争で王は病に伏せ、王妃が国政を代行しているが、物言わぬ王に付きっ切りで、何もかもに滞りが生じている。
まず真っ先に政治が麻痺し、彼等のような下卑た貴族のやりたい放題が看過され、次に軍事が麻痺し、流通が滞り、そして今や未曽有の不景気に陥っている。
国庫が枯渇しているにも関わらず、王妃は王の看病以外に興味がなく、それでも貴族は潤っていたし、既得権益に守られた大商人にも大きな痛手は無い。
一部の上流階級だけが贅沢な日々を過ごし、それ以外の、大多数の普通の人たちに皺寄せがいく。そんな時代だ。
王位継承権を持つ、ユフィン・ヨハナ・テンベルクサンドリアはパーティの主役とは思えぬ程、陰鬱そうな表情を浮かべていた。
「姫様」
傍に控えていたユフィン付のメイド、シルヴィアが諫める様な口調で呟いた。
「我が国の財務状況で、このような事をしている場合か? こんな事の為に借金を膨れ上がらせてまでな!」
ユフィンの憤りを目の当たりにして、シルヴィアは涼しい顔をして頷いた。
「この様な状況だからこそです。テンベルクサンドリアの威容を示し続けるしかありません。昨日申し上げた通りですし、去年、一昨年にも申し上げた通りです」
彼女はこの日、13歳になったが、この国の実情を知ったのは昨日今日の話では無い。
10歳になる前から理解していたし、政務に参加するようになってからは、如何にこの国が追い詰められているか、より正確に把握するようになった。
歳を重ねるにつれて、その正確さは増していく。
彼女が聡明であるが故に把握したのか、子供ですら把握出来る程の危機的惨状であるかはさて置き、こんな茶番を繰り広げる暇があれば、新たな金策を講じる方がずっと有意義に感じた。
「借金をしてまで開催した祝宴です。一人でも多くの貴族との関係性を強化すべきです」
「あのような者達でもか?」
「テンベルクサンドリアここにありを示す事が出来ているのが、彼等の尽力によるものであることは疑いようのない事実です。それに」
「分かっている! 分かっているとも! 昨年よりも集まりが悪い。テンベルクサンドリアを捨て、領民を連れて他国に尻尾を振る貴族は増える一方だ」
貴族の全員が腐敗しているわけではない。国を、未来を憂い、現状を打破せんとする者も少なくない。
だが、国を変える力と気概を持つ者ほど見限るのが早く、緩やかだった凋落は加速度的に悪化していく。
悪影響はそれだけでは無い。
国政に関わる貴族の流出は、この国の内情が他国に筒抜けになり、丸裸にされているも同然だ。
「状況の悪化を食い止めるためにも」
「欲ボケ共に媚びを売らねばならんとはな」
「お嫌でしたら、せめて壁の華の役目を果たしてくださいませんと。姫様が成人し、お隠れになった先王の……」
「黙れ、シルヴィア。それ以上は妾でも庇い切れん」
「申し訳ありません。ですが……」
正論であることはユフィンも理解している。
正統な王位継承者である彼女が成人すれば、テンベルクサンドリアの最高権力者となる。
今までのように、王妃の目を盗みながら政務を行う必要も、『お父様に構って欲しいからと言って、こんな悪戯をしてはいけません!』と幼児にするような叱責を受ける事も無くなる。
名実共に最高権力者として、テンベルクサンドリアを動かすことが出来るようになれば、再起の芽もある。
それを理解しているからこそ、この国に留まる貴族達は押し付けるように金を貸すのだ。
ユフィンがこの国の長になり健全化した暁には『我が身を削ってでもテンベルクサンドリアここにありを示し続けた。我こそが忠臣である』だとか、そんな感じのことを居丈高に主張して、今以上の権力の座へ就くために。
貴族達がユフィンに向ける眼差しは、底が見えない程の権力欲に憑りつかれているように見えた。
それに加えてユフィンが歳を重ねる度に、肉欲や獣欲すら色濃くなっている気がした。
錯覚だとは思いたかったが、視線だけでドレスを引き裂かれ、全身をくまなく舐め回され、這い、犯されているという気配は、最早気のせいに出来ないところまで来ている。
王位を継承するまでの辛抱だと、テンベルクサンドリアのためだと分かっていても、不快感を隠すのが難しい時すらある。
彼女は貴族達のことを『欲ボケ』と言ったが、それでも、その欲ボケによって支えられているのが、このテンベルクサンドリアなのだ。
シルヴィアの言うことは何一つ間違っていない。どうしようもない程正しい。
愛想を振り撒いて、彼等のした貢献の一つ一つに謝辞を述べ、忠誠の対価を確約するだけで良い。
それだけで、彼等はこの国を捨てる事無く、根を張り続けるだろう。その欲深さゆえにだ。
何もかもが成人するまでの辛抱だ。理解はしているのだ。
それでも言いたくなることもある。
「欲豚に依存せねば立ち行かぬ国ならいっその事滅んでしまえば良い!」
「姫様!?」
政務にすら関わるようになったとは言え、この日13歳になったばかりの少女だ。
ユフィンには正しい理屈だけでは納得する事が出来ず、その小さな身体を雁字搦めにする柵を振りほどくかのように走り去って行った。




