じゃあな。親友 Episode.信一郎
今回で信一郎視点が終了いたします。切りどころが分からず、結構長めです。
二話の予定が倍の四話になってしまいました……作者の見通しが甘かったようです。
花火大会が終わってから俺は早速、行動をおこした。
若葉にトモを堕とすための会議だと言って、二人で会った。
会議場所は、駅前の近くにあるカフェだ。最初は家でもいいと言っていたが、若葉と俺の家が離れていることからちょうど中心にある駅前のカフェへ決まった。
それに俺が駅前を待ち合わせにしていることにも狙いがあった。
トモ会議の第一回目こそは若葉も警戒していたようだが、俺のアドバイスを受けてトモに試してみたところうまくいったことと、若葉のトモトークを聞いてやってるだけで警戒の色は薄れたようだ。
そして、若葉と三回目のトモ会議で仕掛けることにした。
「そういえば、トモにはこの会議ばれてないよな?」
「んー? ばれてないと思うけど、どうして?」
「若葉よ。お前は本当にばかだな」
「ちょっと! どういうこと!?」
若葉は頬を膨らませて怒っている。
「んじゃ聞くが、若葉はトモに『トモのことで』恋愛相談していることをトモにばれても何とも思わない?」
「んー? それは……恥ずかしいかなあ」
よかった。やっぱり若葉にはまだトモに対して恥ずかしいと思うことがあったみたいだ。
もし、トモが堕ちて若葉と恋人関係になっていたら狙えない手だったと思う。
「だろ? だからトモにはお前が俺に相談してることを隠しておくんだぞ」
「もし、ばれそうになったらシン兄に相談してることがあるって言ってもいいんだよね?」
「言ってもいいと思うけど、何を相談してるって言うんだ? 適当なこと言ってもトモには、ばれると思うぞ?」
「そっかー。ならやっぱり隠しておいた方がいいよね」
「そうだな。いくら親友といっても好きな女が他の異性に相談してたら、それはトモだってあまりいい気はしないだろ? それに、トモからしたら俺に相談できるのに自分には相談できないのかって気持ちになるわな。だから、隠しておくのが一番無難なんじゃないか?」
「うん、何だかそんな気がしてきた」
普通だったら拗れるから恥ずかしいのを我慢して話してやればいいと思う。別にやましいことがあるわけじゃないしな。
これがもしも生きている時の話だったら俺は若葉にむしろトモについて相談してたと本人に言ってやれと伝えていたと思う。トモだって絶対に悪い気はしないだろうしな。
だけど、今回はトモの生存がかかっている。若葉には悪いが、場を掻き回させてもらう。
若葉はやっぱりトモが絡むと頭が緩くなる。純粋と言っていいのか。罪悪感もあるが、俺も手段を選んでられないんだ。
そして、俺が駅前を待ち合わせで選んでいる理由は、単純にトモに気づかせるためだ。
今回はまだ三回目だからトモだって何とも思わないだろう。だが、回数を重ねていくとトモも気づき始めるはずだ。若葉がトモの家にいないことが多くなったと。
トモは最近、前みたいに明るくなってきた。家にずっとふさぎ込んでしまうこともないと思う。
若葉が家に来なくなったことで、トモは外で遊ぶという選択肢が増えるはずだ。トモは、よく駅前のゲームセンターに行くことが多かった。
俺と若葉が駅前で待ち合わせていれば、いつかは目撃するはずだ。問題はトモが見つける前に完全にトモが堕ちてしまうことだ。
そこは、トモ会議でまだ押すべきではないと若葉に言い聞かせて時間を稼いでいるが、どこまでもつか……
――
それは、数日が過ぎたころにやってきた。
俺の携帯に着信がはいった。
画面に表示されていた名前は『地場 友幸』――トモからの連絡だった。
俺はついにこの日がきたと画面を見つめてしまっていた。
緊張で手汗がすごい。少し震えてもいるか。
俺は恐る恐る電話にでた。
「どうした、トモ?」
トモは、いま忙しいかと聞いてきた。
自分の声は震えていないだろうか。不安ではあったが、努めて冷静に振る舞えるよう自分に言い聞かせる。
「いや、大丈夫だぞ。何かあったか?」
トモは、最近遊んでいないからどうしたのか気になって連絡をしてきたようだ。
そんな連絡ならトモはメールで済ませるはずだ。電話なんてしてこない。この会話は本命ではないと分かる。
「あー。ごめんなトモ。最近は、少し忙しくてさ。また時間できたら連絡するわ」
俺がそう言うとトモは申し訳なさそうにしていた。
「いや全然大丈夫だぜ。むしろ連絡あんがとな」
このまま電話を切る流れになってしまったが、本当に気になって電話してきただけだったのだろうか。
お互いに黙ってしまい、俺たちの間に沈黙が流れた。
特にトモからの話もなさそうだったので、俺が切ろうと思っていたら沈黙を破ったのはトモだった。
トモは俺に今日は、何をしていたかと質問を投げかけてきた。
それを聞いた俺は確信した。今日の若葉とのことを見ていたんだと思った。
「今日か? 今日はずっと家にいて、勉強してたぞ? それがどうかしたか?」
俺は嘘をついた。トモは十中八九、俺が嘘をついていることを理解しているだろう。
トモは返事の際に妙な間があった。どうして俺が嘘ついたのか考えているのだろうか。
取り繕ったかのように勉強を頑張ってと言ってきた。その声は先ほどより少し小さくなっていたと思う。
「おう! あんがとな」
そう言って俺は電話を切った。
これでトモは俺に対して不信感ができてくるはずだ。きっと若葉にもそれとなく聞いただろう。だが、若葉には散々隠すように言ってある。若葉にも不信感を募らせるはずだ。
なら、俺は次の手を打たないといけない。
これでトモは、はっきりと自覚するだろう。俺たちに裏切られたことに。
それに対してトモは俺にアクションを起こしてくるはずだ。
そこで俺は――親友を深く傷つけ、殺すことになるだろう。
――
俺は、トモへあるメールを送る。
これはかなりベタな作戦だと思う。だけど、ベタだからこそトモは食いついてくるはずだ。
『今日も十二時に駅前集合で頼む。あと、話したいことがある』
若葉に送った後にトモにも同じ文面のメールを送った。
返信はすぐにきた。
返信がきたのはもちろん、トモだった。若葉は基本的にメールは返してこない。あいつは電話派だ。
『今日の十二時? 大丈夫だけど、話したいことって何かな?』
トモは絶対に若葉宛のメールだと気づいているが、文面からは気づいたような感じをにじませてこない。
そこで俺はすかさず訂正メールを送った。
『すまん! 他のやつに送るメールを間違えてトモに送っちまった……気にしないでくれ! また時間あるときに遊ぼうぜ!』
まるで取り繕ったかのようなメールだな。焦ってる感じがわざとらしいか?
だがこれで、今日若葉が出掛けたらトモは絶対に後をつけてくるだろう。そこが勝負だな。
――
「シン兄、突然呼び出してどうしたの?」
「ああ実はな、そろそろトモと本格的に恋人になってもいいと思ったから。その予行演習ってやつだよ」
俺と若葉は十二時に駅前で待ち合わせた。
周りをそれとなく見た感じ、トモの姿はない。まだ来ていないのか、うまく隠れているのか。
「予行演習なんて必要あるの?」
「もちろんあるぞ! トモは自分から告白できないだろうから若葉が告白させる状況にもっていくために必要だろ?」
「むむ、なるほど。必要な気がしてきた」
「だろ? それにちゃんとコースも決めてきた。ちゃんと覚えて、それとなくトモを誘ってやるんだぞ?」
「さっすがシン兄。分かった! わたし頑張る!」
若葉を焚きつけることに成功した。
トモのためだと言えばこいつは喜んで乗ってくると思った。
「まずは、そうだな。手を繋ごうか」
「はあ? どうしてシン兄と繋ぐの?」
「言ったろ? 予行演習だってさ。当日に合わせてそれっぽくやるのが一番リアルだろ?」
「うーん? まあ別に嫌じゃないからいいけど……」
若葉は俺の手をとってきた。
この感じでは俺は全く意識されていないことがよく分かる。昔は四人で手を繋ぐことなんて多かったしな。慣れている感じがあるんだろうな。
「おっけ! んじゃ、行くか。……あ、トモの時は意識させるために恋人繋ぎとかやれよ?」
「んんっ! トモ兄と恋人繋ぎかあ。いいかも……」
「おーい若葉。帰ってこいよー」
トモと恋人繋ぎをしているところを想像しているのか、若葉は恍惚といった表情を浮かべている。むしろ今までやってこなかったのが不思議だな。トモを前にすると緊張しちゃうってやつか?
俺はコースを巡りながらも若葉に色々とアドバイスをした。
さりげなくトモの腕に胸を当てろとかな。若葉は変態と叫んでめっちゃ怒ってた。
歩きながらもさりげなく周りを確認していたが、トモらしき人は見かけなかった。
トモの性格から確実に来ると思っていたんだが……
今回でトモに動きがなければ、かなりきつい。なぜなら若葉を焚きつけてしまったから。
場合によっては強行手段もあるかもしれないな……
結局それからもトモを見つけることはできなかった。
「んじゃ若葉ここで最後だな」
「んー結構いい景色だねー」
俺と若葉は橋にきていた。
最近、舗装されたらしくかなり綺麗な橋だった。
いまはちょうど夕方でその橋から見える景色は絶景であった。
真っ青だった空が鮮やかなオレンジ色へと染まっていく。
水面に反射している夕日と合わさって幻想的な風景となっていた。
若葉は、その風景に目を奪われていた。
俺もやっぱり綺麗だと思いながらその風景を眺めていた。
俺は何気なく、後ろを振り返った。
「ん……? あれは……トモ?」
少し遠いが、あれは間違いなくトモだ。
トモは何かを考えているかのように下を向きながら歩いていた。
こちらにはまだ、気づいていない様子だ。
俺はトモが来たことで動揺してしまった。
「シン兄、どうしたの? 何かそわそわしてない?」
「あ、ああ。いやな、別に何でもねーぞ?」
あの感じからトモは今日ずっと俺たちを見ていたわけではなさそうだ。
もし、見ていたのならこのタイミングで姿を現すなんてありえない。
ここで仕掛けるしかないと思った。
これで、完全にトモに気づかせることができるだろう。俺が……裏切ったってことを、な。
「なあ、若葉。お前何かほっぺに汚れ付いてるぞ?」
「ええっ!? 嘘!」
もちろん汚れなんて付いていない。
若葉は付いてもいない汚れを必死にとろうとハンカチでゴシゴシと肌をこすっている。
「どう? シン兄、とれたかな?」
「うーん。ダメだな、取れてないわ。俺がとってやるから、じっとしとけよ?」
「分かった。お願いね」
俺は若葉のほっぺに手を添えて親指で軽くこするように動作をする。
チラっと目線だけを横に向けると、トモが見ているのを確認できた。
若葉は目の近くを触られているためか、目を閉じている。トモから見たらまさに今からキスをするかのように見えているのだろうか。
「なんだこれ、とれないな。ちょっと近くで見てみるから、もうちょっと待ってくれ」
「ううーん。早くとってよー」
俺はトモに見せつけるかのように若葉の顔へ自分の顔を近づけていく。
もちろん本当にキスするわけではないので、角度を調整しようと思っている。
今の俺と若葉は、トモから見たらキスをしているように見えるだろう。
「うっし! 若葉、取れたぞ。ずいぶん、粘着性の高い汚れだったな」
「ありがとーシン兄」
当たり前だが、トモはもう見える範囲にはいなかった。
やってしまった。もう後には戻れない。これで確実にトモに嫌われただろう。
トモを助けるためとはいっても、やはり胸が痛い。本当は、こんなことはしたくはなかった。
何度も言っているが、トモに助かってほしい。今の俺はそれしか考えていない。もし、これが正解でなかったらと思うと、吐き気がする。親友を傷つけたことによる罪悪感とトモに対する自分の行動に。
「どうだ? 何となくだが、トモとのデートうまくいきそうか?」
「うーん、そうだねえ。ちょっと自分でも少し手を加えてみようかな! でも、この流れだったら確実にトモ兄と恋人になれると思う!」
「そっか。お役に立てたんならよかったよ」
「うん! シン兄、ありがとねー。仕方ないからトモ兄と恋人になっても遊んであげるね?」
「はいはい。あんがとな」
若葉は、俺に笑顔でお礼を言ってきた。
その顔は見たら俺は何だかコイツに対しても罪悪感がわいてきた。
俺は今、幼馴染を二人騙してるんだな。こんなことして天国なんて行けるのかね……
そんなことを思いながら、自虐気味に笑った。
――
俺は家のベットで天井を見つめながら、今日のことを考えていた。
若葉は、予行デートが終わりすぐにトモの家へと向かった。今頃は、トモの家に着いているころだろうか。
何も知らない若葉は、いつもの感じでトモに接するはずだ。
その結果、トモと仲違いするだろう。トモは結構、感情的だ。ここ何年かで落ち着いてはきたが、さすがのトモもあんなの見せられたら、きっと怒る。
問題は、俺とトモがどうやって接触するかだ。
若葉が相談にきたら、俺がトモと二人で話す場を設けるのが安定だろうと思っている。
少し日があけば、トモも落ち着いて冷静になれるはずだ。その状態なら話をすることもできるだろう。
色々と考えていたら、結構な時間が経っていたらしい。
俺は若葉から連絡がきていないか、携帯を見てみたが特に連絡は入っていなかった。
今日は、混乱しているだろうから明日になるだろうなと思い、携帯を布団へと放り投げた。
少し疲れてしまったため、横になって寝ようと思っていたら、電話の着信音が鳴った。
若葉からの連絡かと思い、結構早めに連絡がきたなと思った。明日以降の連絡になると思ったんだがな。
そうして、携帯の画面を見ると表示されていた名前を見て俺は一瞬だが、息が詰まりそうになった。
トモからの連絡だったからだ。
まさか今日、電話がくるなんて思っていなかった。俺は震える指で通話ボタンを押した。
「おう! どうしたトモ。こんな夜に」
『ごめんね、シンくん。ちょっと今から会えないかな?』
俺の声は震えていないだろうか。普通に話すことができているだろうか。
トモの声の感じから分かる、これはめちゃくちゃ怒っている。いつもの柔らかい感じではない。冷たくあまり抑揚のない喋り方だった。こんなトモは初めてだと思った。
「今からか? うーん……分かった。どこに行けばいい?」
『前にシンくんが見つけてくれた屋上。ちょうど二人の家と中間だし』
「分かった。すぐに向かう」
あんなトモは初めてだった。声はどこまでも冷たくて、落ち着いたような喋りも逆に不気味で正直、恐かった。
だけど、ここで逃げてしまっては今までの行動が全部水の泡になってしまう。行かなくてはならない。終わらせるために。
――
夜道はかなり寒く感じた。
この身体になってからは、あまり暑さや寒さを感じたことがない。
なのに俺の身体は冬に薄着で、外にでたかのような寒さを感じていた。
足取りはかなり重い。
マンションに着くのに結構な時間が、かかってしまったと思う。
深呼吸をする。自分を落ち着けるためだ。
俺は覚悟を決めてマンションの屋上へと急いだ。
屋上へ着くと、トモが待っていた。
トモの方が若干、距離があったのに先に着いていたようだ。
「よおトモ。待たせて悪いな」
「いや、大丈夫だよ」
その声はひどく冷たい。背筋がゾクゾクとした。
電話越しで、聞いていたよりもひどく冷たい感じがした。
「それで、何かあったんか?」
「単刀直入に聞くね。シンくん、若葉と最近何してるの?」
トモは確信を持ったかのように問いかけてきた。
目もこちらを射抜くように鋭い。俺はそれに少しばかりひるんでしまった。
「何って言うのは、どう言うことだ?」
俺はしらを切る振りをした。
きっと、トモの腸は煮えくり返っているだろう。
「質問を質問で返さないで。僕知ってるんだからね? 最近、シンくんが若葉と会ってこそこそしてるの」
「会ってたらどうしたんだ? 若葉が何してようが、トモには関係ないだろ?」
俺はトモに気圧されないように必死に強気な態度をとってみせた。
ここで臆してしまったら、本当に全て水の泡だ。俺は、今のトモにとって敵でなくてはならないから。
「関係……あるよ!」
トモは俺が強気できたから少しひるんでしまったのか、声が一瞬詰まっていたようだった。
なので俺は、さきほどのトモを真似るようになるべく冷たい声で言い放った。
「どう関係あるんだ?」
「若葉は僕に好きだと言ってくれた。そして僕も若葉が本当に好きだと気づいた」
トモは若葉を好きだと言った。トモが自覚してしまったならこれ以上時間が、かかるのはまずいと思ったのと、別のことでトモに少しだけ怒りがわいた。
結衣のことでだ。
トモは結衣をずっと想っていた。何年も何年も。
結衣がこの世界にいないのをいいことに若葉はトモを誘惑した。
こんな特殊な状況だったから、若葉に堕ちてしまうのも仕方ないと思う。
でも、結衣と会えなくなってまだ一ヵ月くらいだ。
さすがに早すぎる。あんなに結衣のことを想っていたのに、そんな簡単に心変わりしてしまったトモに怒りがわいた。
もちろん俺が焚きつけたってのもある、でもそんな簡単に心変わりしてしまうほどの想いだったのか?
「勝手だな」
「……え?」
俺は自然にそう口にしてしまった。
もちろん俺にこんなこと言う資格なんて一切ない。
「勝手だって言ったんだよ。今まで散々、若葉からのアプローチをなあなあにしておいて今更何言ってやがる!」
トモ、お願いだ。そんな簡単に結衣のことを忘れないでくれ。
俺は逆のことを想いながら、あらかじめ用意していたセリフをなぞる。
「で、でもシンくんは答えを出してからでいいって……」
「答え出すのにどんだけ時間かかったんだ? 俺はお前に猶予は与えたぜ?」
「そ……それは――」
「結衣のことがあるからって? お前、いつまでもいない結衣に囚われて一番近くにいたやつに応えてやらなかったのは誰だ?」
トモは何も言えなくなってしまったのか、黙りこんでしまった。
勝手はどっちだよな。結衣がいなくなって不安定なのにこんなこと言って、更にトモを追い詰めているんだからな。
俺は最後の仕上げへと取り掛かった。
「一つ教えておいてやるよ」
「な、何を……?」
トモの顔はひどく怯えていた。
まるで、居場所を奪わないでほしいと懇願しているかのようだった。
「俺と若葉は付きあっている」
「――え!?」
言って……しまった。
これで本当に後戻りはできない。
「今のお前に若葉は恋愛感情を持ってないよ。お前の家に行っているのは幼馴染としての義理だ」
「…………。シンくんは、若葉のことが好きだったの?」
俺は若葉のことが好きだよ。だけどそれは、恋愛感情といったものではない。家族に近い愛情といったところか。そしてそれはトモ、結衣にもいえることだ。
だから俺は家族を全力で助けてやるし、トモがいなくなったら若葉も助けてやるつもりだ。どうなるかは分からんけどね。
「別に……最初は何とも思ってなかったよ。でも、ここ最近頑張っている若葉を見て本当に真っすぐなやつだと思った。気づいたら俺は若葉のことが好きになっていた。もちろん異性としてな」
俺は、そう言い放つとトモに背を向けた。
そして、肩越しにいるトモへ声をかけた。
「なあトモ。もう若葉を解放してやってくれないか?」
「……え?」
「お前がいるとさ、若葉が苦しそうなんだわ。だからさ…………俺たち二人のことを想ってるなら若葉の前から消えてくれないか?」
俺は今、相当ひどい顔をしているだろう。こんな顔はトモには見せられない。
それに、この場にいたら俺は耐えきれないだろう。
だから、トモの前から急ぎ気味で立ち去った。
俺は、家まで全力で走って帰った。
自分の部屋のベットに倒れ込むように横になった。
そして、自分が言った言葉を思い出す。
俺はトモの心を壊した。
屋上の扉を閉めてから聞こえてきたトモの絶望を感じさせるような慟哭が耳から離れない。
「トモ……ごめん……ごめんな……」
分かっていたことだったが、苦しかった。親友にした仕打ちに対して吐き気を催した。
俺はベットのシーツを握りしめたまま、トモに謝罪をしながら泣くことしかできない。
――
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
ぼーっとしてしまい、何もする気にはなれない。
そばにあった携帯を見ると今がお昼だと気づいた。
結構、長い時間眠っていたんだと思った。
そして、着信がきていることにも気づいた。若葉から電話がきていたようだった。
俺は若葉へ電話をかけたが、何を言っていたのかはよく覚えていない。
ただ、トモと若葉の誤解を解くために俺からトモに話をしておく、と言っていたことは確かだった。
俺は昨日の出来事を思い出しながら、これからを考えた。
ここで行動を起こさなかったら、昨日のことですらも意味がなくなってしまうから。
トモと敵になると決めたんだ。ここで投げ出すわけにはいかない。
うまく動かない身体に鞭を打ち、着替えてトモの家に向かった。
トモは今回のことで、この世界にいたくなくなっただろう。
信じていたやつに裏切られたんだから。
そして心の拠り所だった結衣のもとへ行きたいと決断するはずだ。
俺もあの時にそれに近いことを言ってたしな。
そして俺はそれに対しての責任がある。最後までトモを見てやろうと思った。
トモの家が見えるところで一日中、見張っていた。
だけど、トモが家から出てくることはなかった。俺でさえダメージがあってうまく動けなかったんだ。
トモの状態から考えると今日は動かないと思っていた。そして、ずっと考えていると。
俺はその場から動かずにずっと待っていた。それこそ一日中ずっと待っていた。
食欲もわかない。睡眠欲もわかない。俺はただ、気力だけで待ち続けた。
そして、日をまたいで待ち続けた結果、その時がきた。
トモは出掛けるようだった。特に何も持っていない。
俺はトモに見つからないように後をつけた。
しばらく歩いて着いた先は一昨日、俺とトモが会ったマンションだった。
それを見て、トモは結衣のもとに行く選択をしたんだと確信した。
俺は最後まで見届ける義務がある。
トモに会ったら何を話せばいい? 俺は考えをまとめることができなかった。
深呼吸をして落ち着いたころに屋上へと向かった。
――
屋上へ着くと、トモはこちらに気づいたようだった。
トモはこちらへちらっと振り向いて、俺だと確認するとまた顔を元の位置に戻した。
「なんだ。きたんだ」
その声は何の感情もこもっていないように感じた。
一瞬合った目を見て顔をうつむかせてしまった。トモの目には何の感情も読み取ることはできなかった。
「止めにきたわけじゃないんだね」
トモは答えが分かっているかのようにそう言ってきた。
俺が止めるだなんて微塵も思っていないだろうに。
「僕は……君がね……シンくんがあんなことをするとは思ってなかったよ。好きだったなら、初めから言ってくれればよかったのに……そうしたら僕は……」
それを聞いて思わず、トモを止めてしまいそうになった。
違うんだ。そうじゃない。
俺はそう言いたいのを必死に我慢した。握りこんだ手に血が滲んでいた。
「一日考えたんだけどね。この世界にいたくないと思った……そして僕は、結衣のところへ行きたいと思った」
そうだぞトモ。お前の居場所はここじゃない。お前にはまだ帰る場所があるんだ。
だから、早く行ってくれ。このままじゃトモを引き留めてしまいそうだ。
「よかったね。シンくんが言っていたことが叶うよ。嬉しい?」
俺が言っていたことが叶う……か。
そうだな。俺はトモに消えることを望んだ。
トモ、お前は俺のことが憎いと思うだろう。
憎いと恨まれてもいいから、どうか、どうか俺のことは忘れないでくれ。
それに最後だし、いいよな。
俺はうつむかせていた顔をあげた。
トモはちょうど飛び出すところだった。
俺は泣きそうになりながらもトモに伝えたかった。
「ありがとう」
俺に出会ってくれてありがとう。俺と親友になってくれてありがとう。
また会えるか分からないけど、もし会えたなら絶対また友達になってやる。
――――――じゃあな。親友。
次回は若葉視点になります。
予定としては一話を予定しておりましたが、信一郎視点の話の感じから二話、三話延びそうな気がします。