この世界の不穏分子 Episode.信一郎
今回も誤字報告ありがとうございます。本当に助かっております。
最近、多くなってきてしまいましたね。申し訳ございません。
「あれ? トモ兄どうしたの?」
トモをベンチへ寝かせていると、若葉がジュースを飲みながら帰ってきた。
「ああ、ちょっと体調が悪くなったみたいだ」
俺がそう伝えると若葉は、ふーんという感じでトモへ近づいていく。俺は若葉がトモに何かしないか見ていた。トモに若葉が何かしているのは分かっている。
若葉は、寝ているトモの頭を持ち上げるとトモの頭があった位置に腰を下ろし、自分の太ももへトモの頭を置いた。
うん? 思っていたのと違うな。ただ、ひざ枕しただけ?
「なあ、若葉。何してるんだ?」
「うん? 見れば分かるでしょ? ひざ枕だよ」
「うん、ああ。まあたしかに見れば分かるな」
若葉は何を言ってるの? みたいな感じで不思議そうだった。俺は警戒しすぎていたのか? そこで俺は若葉へ尋ねてみることにした。
「なあ、若葉。トモってもしかして生きてるんじゃないのか?」
若葉は、へーという感じで目を細めてこちらを見つめてきた。
「気づいちゃったんだ」
「は? お前トモが生きてることに気づいてたってことか?」
「そうだよ。最初から分かってたよ」
やっぱり若葉は分かっていたらしい。
それに口調や雰囲気もどこかこの世界で会った時と同じに思えた。
「何で教えてくれなかったんだ?」
「教える必要がなかったからだよ」
誤魔化されるかと思ったが、意外にもあっさりと白状したし、質問にも答えてくれるみたいだ。
知られたとしても問題ないということなのか?
「トモに生きてるって教えてもいいんじゃないのか?」
「それは、だめだよ。トモ兄にはこの世界にいてもらいたいからね」
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。トモ兄と一緒にいたいだけ」
やっぱり若葉はこの世界について何か知っている。知らないと言っていたのは嘘だったな。
「若葉、トモが生きてて嬉しいと思わないのか? トモを元の世界に還してやろうぜ」
「ふーん。シン兄はわたしがトモ兄に何かしてると思ってるんだ?」
「そうだな。俺はお前がトモに何かしてると思ってる」
若葉は少しびっくりした顔をしていた。そして何かを小声で呟いたようだ。その声を聞き取ることはできなかった。
「この世界はね、わたしとトモ兄だけの世界なの」
「何だって?」
ここが若葉とトモだけの世界? 若葉の言い方だと俺はこの世界では不要だったってことか?
「お前とトモの世界だってんなら、何で俺がここにいるんだ?」
「それはわたしにも分からない。本来、シン兄はこの世界にいるはずなかったんだから」
どうやら若葉にも俺がここにいることが、分からないらしい。若葉からしたら俺はきっと不穏分子なんだろう。
でも何となく分かったぜ。俺がここにいる理由。それは親友を助けてやるってことだな。
「トモには生きてるってこと、教えないつもりなんだな?」
「そうだよ。さっきも言った通り、この世界にいてほしいから。あと、トモ兄に伝えようとしても無駄だよ?」
トモがおかしいのは若葉のせいだったか。トモの生死に関して伝えることは、おそらくできないのだろう。でも、何とかこの世界の穴を見つけないといけない。
何となくだが、トモがこの世界のことを知った時にトモが助かる気がする。若葉は自信がありそうだった。そちらがその気なら全力でトモを助けてやりたいと思う。
それ以降、俺たちに会話はなかった。
トモが目を覚ましたのは、その数分後だった。
若葉が、今日はお開きにしようとのことだった。何か企んでいるのか?
まあ何か企んでいたとしても、俺では何もできなさそうだ。それに……俺も少し考えたい。
――
考えた結果、俺はとりあえずトモへ生きていることを口ではなく文で伝えてみようと思った。
メールを送信したら、若葉に見られてしまいそうだし……
トモだけを誘ったとしても絶対に若葉が着いてくるはずだ。自信がありそうにしていたが、若葉も絶対ではないと思っているのだろうか、前よりもトモと一緒にいることが多くなった。
そうだな、偶然を装ってあいつらに合流するか。この前、トモの家に行った時に冷蔵庫の材料が尽きかけていたし、買い出しに行くだろう。トモの家の近くに待機して二人が出てくるのを待つか。
俺はそれから二日間トモの家の近くで待機していた。
「やってることはストーカーと変わらねえな……」
俺はそう自虐気味に呟いた。
暑さをほとんど感じないのが、いい方に働いたな。普通だったら速攻で日射病確定だ。
まだ昼ぐらいだが今日も出てこないかなと思っていたら、二人が家から出てきた。
俺はやっときたか! とテンションが上がってしまい、危うく二人のところに飛び出していくところだった。
はっと思い直し、頭をクールダウンさせる。
トモが着替えてるってことは、外出するってことだよな。少し二人に着いていって行き先が確定したら、他の道から合流するか。
俺は二人を尾行する。この方向的に間違いなく駅へ向かうはずだ。
確信を持った俺はすぐに違う道へそれて、走ってトモたちよりも先へ向かう。
「あいつら二人は……よし、見つけた」
道路で待っていると、かなり先の方に二人がこちらへ歩いてくるのが見えた。
あくまで、偶然を装っていくぜ。俺は二人の方へと歩いて行く。
「まあ! お二人さん。ご機嫌麗しゅう」
俺がそう言うと二人は、ぽかーんとしていた。
あれ、何か間違えたか? 結構いい感じだったと思ったんだが。
トモが呆れ気味にツッコミを入れてくる。若葉は……あからさまに嫌なやつに会ったって顔してやがるな。
「お二人でどこに行くのかな?」
家の材料がきれそうだから、買い物へ行くと言う。
よし! 狙い通りだったな。
「ほーなるほどね。だったら、ちょうどよかった。俺、トモに用があったんだよね。荷物持ち付き合うから一緒に連れて行ってよ」
俺がそう言うと若葉が少し睨みながら会話に入ってきた。
若葉はおちゃらけた感じでトモとデートだと言っていたが、明らかに警戒しているな。
そこで、トモから助け舟がでた。さすが親友、分かってるね。
俺は、若葉ににやりと笑いかけた。若葉はぐぬぬと唸っている。
「あんがとなトモ! やっぱ親友は誰かさんと違って優しいねー」
――
三人で歩いているとトモが話しかけてきた。若葉は少し先を歩いている。
警戒していたわりには、ずっとベッタリってわけじゃないみたいだな。まあ俺が、若葉が考えごとしていたみたいだからやんわりトモと遅く歩いていただけなんだけどな。
「ああ、そうそう。ちょっとこれを見てほしくてさ」
俺は若葉に見つからないようにトモに携帯の画面を見せる。
『トモは生きている』
そう書かれた文をトモに見せたのだが、トモには読めないらしい。
口で伝えた時みたいに意識を失うことはないが、トモには文字化けして見えているようだ。
俺が考えごとをしているとトモが心配そうな顔でこちらを見てきた。俺は、はっとして答えた。
「そうそう! トモなら分かるとかなと思ってさ!」
直接伝えることができないのなら、間接的に伝えてみるのはどうだろうか。俺は早速、文字を打ち込む。
「ならトモ。こっちのはどうかな?」
再び携帯の画面を見せる。そこに書かれているのは――
『俺と若葉は死んでいる』
これならトモの生死について書かれていない。トモが疑問を持ってくれさえすれば、この状況は進展すると思っている。
だが、そんな上手くはいかなかった。
トモには読むことができなかったようだ。トモが若葉に見せてみよう言ってきたが、俺は全力で拒否をした。
俺は少し思い違いをしていたのかもしれない。トモの生死に関することが伝えることができないと思っていたが、どうやら誰の生死に関することもトモに伝えることは不可能なようだ。
俺が悔しそうにしていたら、前にいる若葉がこちらを見ていた。その顔は、「ね? 無駄だったでしょ?」と物語っているようだった。
その後は当たり障りのない会話をしていたと思う。
完全に詰みゲーじゃねえか……
次回も信一郎視点です。
予定としては、信一郎視点が二話、若葉視点一話、最終話の四話だったのですが、思ったよりも信一郎の話が長くなりそうだったので、一旦切りました。