真実のほんの一握り
一話でまとめたかったので、かなり長めになってしまいました。
僕は、ひどく混乱している。
あの世界でのできごとは夢だったのかと言われると僕は絶対に夢ではなかったと断言できる。
味覚、暑さ、悲しみ、苦しみ、友情、愛情。あれほどリアルだったのに夢だなんて、とても思えない。
でも、目を覚ましたら二人は死んでしまっていると聞かされた。
僕が黙って考えている間に結衣が母さんを呼んできたみたいだ。
母さんはすごい勢いで病室へ入ってくると寝ている僕にしがみついてきた。
しがみつかれた場所が痛かったが、目を覚ましてくれてよかったと号泣している母さんを見ると不思議と痛みが和らいだ気がした。
母さんの顔を見るとひどく憔悴していた。すごく心配をかけてしまったと罪悪感が湧いてきた。
僕が意識を失っていたのは大体、一ヵ月ほどだったらしい。でも僕は、母さんに何年も会っていなかったような感覚だった。
そこで、違和感に気づく。
僕が若葉やシンくんと過ごしている時に両親に会った記憶が全くないのだ。
僕が意識を失っている最中に過ごしていた場所を『向こうの世界』としよう。
まず、向こうの世界で僕が目を覚ました時にいたのは若葉とシンくんだけだった。もちろん両親はいなかったし、その後に会った記憶もない。
それに一人だった僕の家に毎日のように若葉がきていたが、母さんは専業主婦なので、普段は家にいるはずだ。僕がずっと一人だったことに違和感を感じなかったのは、どうしてだろう。
ずっと黙っていた僕に二人は心配そうな顔を向けてくる。
「友幸、大丈夫? どこか痛いの?」
「おばさん、トモくんはきっと若葉ちゃんとシンくんが死んじゃったことを聞いて、混乱しているんだと思う。……わたしもそうだったから」
二人はつらそうな顔で僕を見てくる。きっと僕が二人の死を聞いてひどく悲しんでいると思っているのだろう。
でも僕は、別に悲しんでいるわけでもない。向こうの世界がなんだったのかという疑問が頭の大半を占めている。
「友幸、今日は休みなさい。受け入れられないかもしれないけど、ちゃんと整理しなさい」
「トモくん、わたしも今日は一旦帰るね。またくるからね」
僕を気づかってか、二人は優しい目で見つめてくる。
母さんは後でお父さんもくるからと言って、僕の着替えを取りに家へ帰って行った。
一人残された僕は、向こうの世界について考えていたが、これといって思いついたことはなかった。
きっと両親にこの話をしたところで、僕がおかしくなったと思われてしまうだろう。なら、結衣に話をしてみようと思った。結衣ならきっと分かってくれるはずだ。
――
僕は次の日に、結衣に意識を失っていた間のできごとを話した。
結衣も最初は信じられないというような顔をしていたが、話をしている内に本当なのではないかと思い始めたみたいだった。
「正直、信じられないような話だったけど……トモくんが感じたことを聞くと本当なんじゃないかと思ってきた」
「うん。僕もあのできごとが夢や幻だったなんて、とてもじゃないけど思うことができない。それだけリアルだったんだ」
「それなら。実際にその場所に行ってみようよ?」
「なるほど。それなら何か気づけるかもしれない」
「それに……わたしは二人がトモくんにそんなことをするとは、とても思えないの」
結衣は神妙な顔でそう呟いた。僕は何も返さず、ただ黙っていた。
僕はすぐに外出許可を取った。二十時には帰ってくるようにと注意を受けた。
こうして僕と結衣は、向こうの世界で行った場所へ向かった。
――
まずは、遊園地へ向かおうということになった。ただ今回は、遊ぶわけではないので外から中の様子を見るだけだ。
僕の足を気づかってか結衣がタクシーで行こうと言いだした。僕は交通費が大変なことになるからいいと拒否したのだが、結衣は一切譲らなかった。わたしがお金払うの一点張りだった。
後で返すと言ったのだが、大きな出費ではないからいらないと受け取らないスタンスを貫かれてしまった。そういえば結衣さんお金持ちでしたね……金銭感覚がすごい。
結局、お言葉に甘えてしまった僕はタクシーに乗り、結衣と一緒に遊園地を目指す。
移動している最中のタクシーが駅前を通ったときに強い違和感に襲われた。
駅前には、タクシーやバスが停車しており、交通量も多い。それに人もそれなりに多かった。
僕はゲームセンターへ向かった時に感じた小さい違和感を思い出した。あの時も人がやけに少ないと思っていたな。どうしてここは気づくことができたんだろう。
まあでもあの時は、すぐに二人を見つけたからそんなこと忘れてしまったんだけどね……
遊園地へ着くとこちらでもやはり強い違和感が襲ってきた。
アトラクションの行列、売店の行列。どこもかしこも人だらけだった。
向こうの世界だと並んでいる人もほとんどいなかった。僕はその時の異常に気づくことができていなかった。今思えば、異常だと思えた。いくらなんでも少なすぎた。
最後に花火を見た、そして僕が飛び降りたマンションの屋上へ向かう。
マンションに着くと管理人さんだと思わしき人が、エントランスの自動扉のガラスを拭いていた。
せっかくだったので、屋上について聞いてみた。
聞いてみると屋上の鍵は、常時解放されているわけではないとのことだった。
八月は花火大会やマンションの人たちが屋上を使ってバーベキューなどイベントが多いためその期間だけ解放しているとのことだった。おそらくシンくんは管理人さんに話を聞かなかったから勘違いしていたのだろう。
マンションの人たちが花火は屋上で見ることはないのかも聞いてみたが、マンションの人だけでなく、ご近所さんも集まってそれなりの人数が屋上で花火を見るそうだ。
話を聞いただけでも、やはり違和感だ。あの時は人っ子一人いなかった。
「ねえトモくんこれで全部?」
「うん、外出して行った場所はこれで全部だね。僕は基本、家にいたから……」
「何か分かった?」
「どこも猛烈な違和感は感じたけど、分かったことはない。でも、異常な環境だったっていうのは分かったかな」
結衣と一緒に行った場所を巡ってみたが、これといった成果を得ることはできなかった。
外出時間も差し迫っているため今日はお開きになった。
――
「ねえトモくん。今日は、若葉ちゃんとシンくんの家へ行ってみようよ。もしかしたら何か分かるかもよ?」
次の日に結衣は、そんな提案をしてきた。
正直、二人の家へは行きたくなかった。どうしてもあの時のことを思い出してしまうからだ。
でも、僕は結衣からその提案を聞いた時になぜか行くべきだ。と言われた気がした。
気は進まなかったが、若葉とシンくんの家へ行くことになった。
――
まずは、シンくんの家からだ。
シンくんの家は二ヵ月ぶりだ。孝一さんと真奈美さんは大丈夫だろうか。
二人はシンくんを溺愛していたから、かなり精神的に参っているのではないかと思っている。
インターホンを押して数秒後に真奈美さんの声が聞こえてくる。
「こんにちは、友幸です。シンくんへお線香をあげにきました」
僕がそう伝えると家の中からどたばたと慌てたような音が聞こえた。
「「友幸くん!」」
家の中から孝一さんと真奈美さんが飛び出してきて、僕に抱きついてきた。
二人は、「無事でよかった」と僕に言ってくる。
僕は目を見開いて驚いた。
僕がキャンプを提案したせいで、シンくんを死なせてしまったのだから、二人からの罵詈雑言は覚悟していたからだ。
「孝一さん……真奈美さん……僕は、シンくんを死なせてしまったんですよ……?」
二人は僕からそっと離れると、友幸くんのせいではないと言ってくる。
「でも……僕がいなければ、お二人はシンくんを失わずにすんだんですよ……?」
その言葉に二人は怒ったかのような顔を向けてくる。
「ばかなことを言うな。わたしたちは信一郎が死んで、友幸くんがいなかったらなんて考えたことなどない」
「そうよ、友幸くん。息子は毎日あなたたちのことを話していたわ。息子が変わったきっかけをくれたのも友幸くんのお陰よ。だから、そんな悲しいこと言わないでちょうだい」
「僕が……変わるきっかけ?」
「そうだな。息子が変わったのは小学校くらいだったな。ちょうど友幸くんと出会ったあたりか」
「そうね。喧嘩ばかりしていて毎日つまらなそうにしていた息子が喧嘩もしなくなって、明るくなって、困っている人を助けるようになって、更には家のお手伝いまでするようになってね」
「そう……だったんですか。僕はとくに何もしていないと思うんですが」
そう困ったように僕が言うと二人は、「立ち話もなんだから中に入りなさい」と言って家の中へ入って行った。僕と結衣も二人のあとへ続く。
家の中へ入ると僕と結衣へお茶がだされた。二人はソファーに座ると話始める。
「信一郎はな、友幸くんにずっと憧れてたみたいなんだ」
「え!? シンくんが僕に……ですか?」
あのシンくんが僕のどこに憧れを抱くのだろうか。驚きを隠せない。
「友幸くん、信一郎と初めて会った時を覚えているかい?」
「シンくんと初めて会った時ですか?」
もちろん覚えている。
シンくんが転校してきて、友達になったんだ。
「信一郎な、転校初日に変なやつに会ったって言っててな。でも、何だか嬉しそうな顔をしていたんだよ。それを見たわたしは、ここに引っ越してきて、信一郎をあの学校へ転校させてよかったと心から思った」
「そうね。息子ったら少し経ったら友達ができたって嬉しそうに言ってたのよね」
二人はその時のことを思い出しているのか嬉しそうで楽しそうな顔をしていた。
「それからね、また少し経ったころには友幸くんに憧れてるなんて言いだして、お手伝いするようになったのよ?」
「そうだな。わたしたちは信一郎が心優しく育っていくことが何よりも嬉しかったな。そしてやはり信一郎を変えてくれたのは友幸くんなんだぞ?」
「絶対に親友を裏切らないし、友幸くんがピンチの時は助けてやるって、意気込んでいたものね」
二人からでてくるシンくんの話はどれも僕らを想ってくれているかのような話ばかりだった。
その話を聞きながら向こうの世界でのことを思い出した。
僕は若葉とシンくんに助けてもらってばかりだった。
三人で一緒にいたこと。遊んだこと。あの時は本当に嬉しくて楽しかった。でも、裏切られた。
僕は裏切った二人を恨んだ。でもそれはシンくんと話をした時までだった。
一日考えた結果、僕は楽な方へ逃げた。最後に二人に後悔を植えつけてやるなんて思って言い訳してたけど、本当のところは僕が二人にとって邪魔だったということを自覚したくなかった。
僕は裏切られたけど、そのひと時の苦しみよりもいっぱいの幸せなことの方が大きすぎて、二人を本当に嫌いになることができなかった。僕は甘い人間なんだろうか。
頬に何か伝っているのが分かった。それは自然に溢れてきて、止まることはなかった。
僕は意識を取り戻してから初めて二人のことで涙を流した。
それを見た結衣は、僕の背中を優しくさすってくる。大丈夫だよと伝わってくるかのような手つきだった。孝一さんと真奈美さんは、そんな僕を見て「信一郎のために泣いてくれてありがとう」と言ってきた。
落ち着いた僕は、結衣と孝一さんと真奈美さんにお礼を言って、シンくんにお線香をあげて桜林家をあとにした。
――
「さっきは本当にごめんね、結衣」
「いいよ。わたしだっていっぱい泣いちゃったもん」
次は若葉の家へ行こうと思う。
こちらは結構、心配であった。若葉の両親は特殊だからだ。
若葉の家はお寺のような建物だ。全体的に趣がある。
インターホンを押すと門が開いた。そこには若葉の妹の双葉ちゃんがいた。
双葉ちゃんは、きたのが僕と結衣だと気づくと駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんお久ぶりです」
双葉ちゃんは、小学校五年生なのに若葉よりしっかりしてて礼儀正しい。
僕と結衣の手を取ると「こっち」と先導してくれた。
少し庭を進むと玄関の扉が見えた。
そこには少し慌てたような大悟さんと麻衣子さんがいた。
二人は双葉ちゃんを見つけると「どこに行ってたんだ。まだ稽古は終わってないぞ」と口をそろえて言ってきた。
双葉ちゃんは嫌そうな顔をしていた。
「今日は、もうやりたくありません! たまには遊びたいです!」
双葉ちゃんはそう強い口調で意志を伝えると僕の背中に隠れてしまった。
二人は僕と結衣を睨みつけてきた。
「お前たちのせいで今年の行事に穴があきそうなんだぞ!」
そう言われた僕と結衣は、何を言ってるんだとぽかんとしてしまった。
「若葉が死んでしまったから双葉を変わりに今年の行事に参加させようと思っているのにまた邪魔しにきて!」
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。娘が死んだというのに娘のことよりもこの地域の伝統行事の方が大事とでも言いたいのだろうか。この二人は昔から本当に変わってない。
「ほら双葉、いいかげんにしなさい! もう時間がないんだ!」
僕の背中に隠れている双葉ちゃんへ近づいてくる大悟さんと麻衣子さん。
双葉ちゃんは「いやだ」と僕の服から手を離さない。
そんな双葉ちゃんと二人を見て僕は怒りをこらえることができなかった。
「あのお二人共――――」
「いいかげんにするのはお前らだ!! ばかどもが!!」
僕が異を唱えようとしたところに怒気をこめた声が重なる。
「何か騒がしいと思ってきてみれば……さっきの発言はどういうことだい?」
びくっとした二人は顔を青ざめさせながら振り返った。
そこには若葉の祖母、菊代さんがいた。
「い、いや……あれは、双葉が稽古をしていないから注意しただけで……」
二人は汗をだらだらと垂らしながら直立不動になっていた。
「お前らが若葉が死んだときに顔を青ざめさせていたのを見て、変わったと思ってたよ。でも、さっきの発言からどうやら娘が死んだことではなく、行事のことを考えていたみたいだね?」
菊代さんは二人のことを目を細めて睨んでいる。その視線だけで人が殺せてしまいそうだ。
「たしかにあたしら神宿家にとって、伝統行事は大切さ。でもね、それは自分の子供よりも大切なことかい? お前らは若葉が産まれた時にどう考えたんだい? 最初から道具として見てたのかい?」
菊代さんからそう問われた二人は黙ってうつむいているだけだ。
「それに、お前らが最後に若葉の笑顔を見たのはいつだい?」
二人は思い出そうとしているのか考えている様子だった。
考えないと浮かばない時点でどうかと思う。
「まあこんなことをお前ら二人に言っても今更か。双葉はあたしが稽古をつけるから、お前らはよく頭を冷やして少しはマシになりな!!」
菊代さんはそう言うと双葉ちゃんと僕と結衣を連れてこの場を離れた。
――
「すまなかったね。みっともないところを見せて」
菊代さんは申し訳なさそうにしている。
「いえ、気にしないでください。むしろ菊代さんがきてくれて助かりました。僕も思わず怒鳴ってしまいましたし……でも、あの二人だと僕が言っても何とも思わないんでしょうね……」
「ありがとうね。若葉のために怒ってくれてさ」
そう言ってお礼を言ってくる菊代さんは、孫をすごく大事にしていたんだと思わせる。
「それより、友幸くん」
「はい。なんでしょうか?」
「若葉と何かあったのかい?」
菊代さんはじっと僕を見つめてくる。何かを探っているかのようだった。
「えっと……それはどういうことでしょうか?」
「あんたさんの中に神力を感じるね」
何と菊代さんは、僕の中に神宿家と同じ神力を感じるという。
「何だろうね……こうまるで、あんたさんの魂を縛っていたかのような形跡だね。離さないって強い想いも感じるね」
僕は訳が分からなかった。でも菊代さんの話から若葉が関わっていることだけは分かった。
「もう一度聞くよ? 若葉と何かあったのかい?」
菊代さんはじっと僕を見つめたままだ。菊代さんにはきっと僕なんかには見えない何かが見えているのだろう。僕は菊代さんに向こうの世界のことを話してみることにした。
――
「……なるほどね」
僕の話を聞き終えた菊代さんはそう呟くと突然頭を深く下げてきた。
「申し訳ない。若葉のことをしっかり見てやれなかったあたしの責任だよ」
「そんな! 菊代さんの責任ではありませんよ」
「いや、あたしがもっと早く若葉のことをちゃんと見てやれていれば、そんな事態にはならなかったはずだよ」
「……どういうことですか?」
「若葉の力が歴代でも強いってのは知ってるね?」
「はい。それは聞いています」
そう若葉は、歴代の神宿家でも力が強かったようだ。そのせいで周りの子たちから気味悪がられていた。
「これは仮説になるが、若葉の神力と一緒にいたいという強い想いが合わさってできた世界――幽世とは違った別の世界ができてしまった可能性があるね」
「そんなことがあるんですか……? とても信じられません」
「あくまで仮説だよ。でも、あんたさんはそこで一ヵ月という時を過ごしたんだろう?」
「はい……僕もあれが夢だったとは、とても思えないんです」
仮に菊代さんの話が本当だとすれば、若葉は僕とシンくんを向こうの世界へ引きずり込んだってこと? つまり僕は若葉に殺されかけたってことなのかな……?
そう思ったら、ぞくっとして背中に冷たい汗が流れた。
「両親があんなんだからね……若葉には愛されたいという感情がとても強かった。そして愛されるには相手を依存させて縛りつけるという歪な愛が若葉に芽生えてしまったのかもしれないね」
「それに選ばれてしまったのが、僕ってことですか?」
「そうなるね……あんたさんはこの神宿家という鳥かごから若葉を救ってくれたからね。若葉にとっては絶対に離れたくない人になってしまったんだね」
ならどうして若葉は僕にあんな仕打ちをしたのだろうか。僕には分からないことが多すぎる。
でも、それのお陰で生きることができたというのも事実だ。
若葉とシンくんは向こうの世界で一体何を考えていたの?
――――今の僕には二人の想いも何もかも分からない。
結衣が空気でしたね……。
そして、物語も終盤へ差し迫ってきました。
次回は、信一郎視点になります。
※幽世……死後の世界のこと