最期の日
始めに申し上げておきます。この話で一章が終了になります。
一章の幕引きは賛否両論あるかと思います。
タグに『ご都合主義』を入れておりますので、どうかご容赦ください。
僕はあれからどうやって家に帰ったのか覚えていない。
気づいたら家の前にいた。
いつも玄関先に置いてある傘立ての下の鍵を回収した。これは幼馴染だけが知っている鍵の隠し場所だ。
鍵を開けて家の中に入ると不気味なほどの静寂が支配していた。
いつもだったら若葉が迎えてくれていた。つい最近まであった幸せ。僕はそれを失ってしまった。
シンくんに言われたことが心に杭を打ちつける。……苦しい。
僕はのろのろと二階にある自室へと向かう。そのままベットへ倒れこむ。
今日は本当にいろいろありすぎた。もう僕の心はもたない。
涙も流しすぎて、何もかもが枯れてしまったようだ。
「はは。こんなに悲しくても眠くなるんだな……」
僕は暗い淵へ落ちていった――
――目が覚めた。
昨日と比べたら大分、冷静になれている気がする。冷静になってみると悲しみだけではなく怒りの感情が湧いてきた。
二人が僕にうそをついていたことだ。そして陰で付き合っていた。僕に知らせることもなく隠していたということが許せない。
そして、それを表に出すこともなくいつも通りでいたことに嫌悪感が湧く。
だが、不思議と二人のことを完全に嫌いになることができなかった。僕はお人好しが過ぎるのだろうか。
思い返してみると、楽しい思い出しか出てこなかった。僕らは、ここ何年も喧嘩をしたことがなく、だからこそあんな裏切られ方をするとは思っていなかった。
先ほどまで胸の内は怒り、嫌悪感で埋め尽くされていたが、今は悲しみの感情の方が大きくなっている。
そう思ってしまったら最後だ。視界が滲んで、涙が溢れてきてしまう。
昨日の今日だからだろうか、さすがに若葉はきていなかった。
だが、携帯には大量の不在着信やメールがきていた。
とてもメールなど見る気にはなれない。電話で連絡するなんてもっとない。
煩わしいものは見たくないと携帯の電源を落とした。
それから僕は一日中、何もする気力がなかった。ただベットで考えをまとめながら時間を過ごした。
――
僕が一日かけて出した答えは、『結衣のもと』へ行くことだった。
結局、僕は最期まで臆病であった。仕返ししてやるという気概もなかった。
だからちょうどよかった。楽しかった最後の思い出の場所に行こうと思った。
――
そして僕は今、屋上の柵を越えて、パラペットへ立っていた。
この場所は、若葉とシンくんと一緒に花火を見た場所であった。
後ろを振り返れば三人で花火を見ていた時を思い出せる。僕の幸せはここまでだった。そこから先は絶望だった。
あの時、行動を起こしていれば何かが変わったかもしれない。……そう思うのも今更だと思った。
そうしてぼんやりと少し先の道路を眺めていると、誰かが屋上に上がってくるのが分かった。
ちらっと後ろを振り返るとシンくんが立っていた。シンくんはうつむいていて、表情が見えない。
「なんだ。きたんだ」
僕が嫌味のように言うと、シンくんは「ああ」とだけ答えた。
その場から動かないシンくんを見て、何となく確信してしまった。
「止めにきた訳じゃないんだね」
今度は何の返答もなかった。
そんなシンくんへ僕は心情を吐露した。
「僕は……君がね……シンくんがあんなことをするとは思ってなかったよ。好きだったなら、初めから言ってくれればよかったのに……そうしたら僕は……」
僕は……シンくんから想いを聞かされたら、どうしていたのだろうか。
少なくともこんなことにはならなかったんじゃないかと思う。でもこれも、今更だと思った。
思い出してきたら胸が苦しくなってきた。目元に涙が溜まっているのが分かる。
「一日考えたんだけどね。この世界にいたくないと思った……そして僕は、結衣のところへ行きたいと思った」
こんな苦しい世界で生きたくはなかった。結衣のところへ行って楽になりたいと思った。
そして僕は、シンくんにあの日の晩、言われたことを思い出した。
「よかったね。シンくんが言っていたことが叶うよ。嬉しい?」
僕なりの最期の抵抗だった。僕はシンくんの望み通りに『消えて』やろうと思う。
そして僕は、こんな皮肉を平然と言えてしまうくらいには壊れてしまったんだと思った。でも、僕を壊したのは若葉とシンくんだ。少しは後悔してもいいと思う。
シンくんはこんな状況になっても、やっぱり止めにこないんだね。
僕は、シンくんにまだ期待をしていたんだと思う。きっと何か事情があってあの時の親友に戻ってくれると思っていた。でもシンくんは何も言ってくれない。本当に変わってしまったんだと認識させられてしまった。
目を瞑ると四人で遊んでいた一番楽しい時の記憶が蘇った。
僕らは昔から四人一緒だった。小学校、中学校、高校と十年以上の付き合いになる。
何をするのも一緒で、考えていることなんて何でもお見通しだと思っていた。でも違った。裏切られた。
僕は結局、何も見えていなかったのだろう。
目を開けて遠くの空を見ると、雲がかっている僕の心とは裏腹に雲一つなくとても綺麗な空だった。
そんな空を見ていると、結衣が晴れやかに笑っているような気がした。早く結衣に会いたくなってしまった。
「いま……君のところへいきます」
小さく呟いた僕は、身体を屋上から投げ出した。
投げ出す直前に後ろ振り返り、僕は目を見開いた――シンくんはこちらを見て。涙をこらえたような苦しそうな顔をしていた。一瞬だが、何かを呟いている気がした。
そして、誰かが屋上へ駆け上がってきて、何かを叫んでいたがその言葉を聞き取ることはできなかった。
そうして僕の意識は落ちていき――この世界からいなくなった。
――――
――ここは……どこだろう? 真っ暗だ。
それに、身体中が痛い。
だんだんと意識がはっきりしてきたのか。徐々に目を開ける。
光に目が慣れていなく眩しかった。白い天井が見える。
ここは、天国なのかな?
その時すぐ横で、ばたん! というような椅子を倒す音が聞こえた。
「と、トモ……くん」
すごく懐かしい声が聞こえた気がした。
僕が声の方へ顔を向けると――そこには懐かしい幼馴染の顔があった。
それを見た僕は、あまりの驚きで身体を勢いよく起こそうとした。
ずきんとした鈍い痛みで、身体を起こすことができなかった――痛み?
「よかったああ! 本当によかったよトモくん……わたし…………一人になっちゃうかと……思って」
目の前の幼馴染は僕の右腕に手を添えて、嗚咽を漏らしている。
「結……衣……」
僕はかすれたようにしか喋ることができなかった。喉がうまく動かない。
「どうしたの、トモくん!? 苦しい?」
ああ――間違いなく結衣だ。あのころと変わらない僕の大好きな結衣だ。
結衣の添えられた手からじんわりと体温を感じる。その熱は、僕の疲れた心を癒してくれるようだった。
でも、どうして僕はここにいるのだろうか。天国にしてはイメージと大分違うなと思った。
「結衣……ここ……は?」
「ここはね。病院だよトモくん。だから安心して」
病院? 僕は屋上から飛び降りたはずだろう? 何で病院にいるんだ? 助かったのか? 仮に助かったんだとしても、結衣がいるのが説明できない。
僕は嫌な記憶があるが、聞いておかなければならない。
「ねえ、結衣……他の二人は?」
それを聞いた結衣は、再び泣き出してしまった。
「若葉ちゃんとシンくんは……二人は…………『死んじゃった』の……」
――――え?
ファンタジーが過ぎるでしょうか……。
意味が分からないと思われた読者様。今後の展開は、各幼馴染の視点も交えて物語を進行していきたいと思います。
次回は、結衣視点になります。
※夢オチではございませんので、ご安心ください。