老人②
さて、この先生と呼ばれる老人は誰だろう。
老人はかつては王国に仕える軍人、名をトゥートという。過去に起こったドラゴンによる都強襲事件では魔法部隊の指揮をとり、撃退に大きく貢献したとして王直々に勲章を授与されている。
優秀な魔法使いであったが、訓練中の事故で左腕を負傷、その後前線を退き都を去っている。
領主とは都からの古い付き合いであり、隠居となった老人を少年の家庭教師として指名し今に至る・・・。
「移動魔法?」
「ええ、コーク殿は知りませんでしたか」
老人は嬉々として話し始める。
「かつて私が指揮をとって研究していた魔法ですよ。その名の通り、人や荷物を遠くに届ける技術です」
「ええっ、それじゃあ自分で歩いて行ったり馬車で運んだりしなくても・・・」
「そんな必要ありませんね」
「すごい!それってすごいことだよね」
少年は身を乗り出すように言った。
「まあ、王国での研究はあまり進んでいないようですがね・・・」
「なんでもっと研究しないんだろう、そんな便利な魔法、絶対あった方がいいのに」
「社会にはいろいろありますからな、そういうのが無い方がいい人も中にはいるのです」
少年は腑におちないような顔で、便利を嫌う人はどんな人か考えていた。おおよそ少年の理解の範疇にはそのような考えはないようだ。
首を垂れ下げる少年に、老人はこう言った。
「私の研究では、9割がた成功していますがね」
少年が顔を上げると、老人はニヤニヤと笑いを堪えていた。
「本当に?」
「ええ、もちろんです・・・」
老人の笑顔はときどき無邪気な子供のようになる。
「それ、ボクにも見せてくれる?」
「もちろん、コーク殿が初めてですよ。ただまあ、準備には時間がかかります、お祭りが終わった頃にはきっとお見せしますよ」
年齢の差は何周にもある2人だが、悪巧みをする2人は側から見ると、どちらもやんちゃな子供のようだ。
村のお祭りまではあとひと月程・・・少年は、普段をこなしている日常がすこしづつ賑やかに近づく事を肌で感じながら、今日の老人の企み顔を暗い天井に浮かべていた。