老人①
「コーク殿、『ノースキャンディ』という魚をご存知ですかな?」
老人は少年に尋ねた。
「ううん、知らない」
老人が言うにはこの『ノースキャンディ』という魚、非常に珍味らしい。
「それは何処にいるの?」
「この辺にはいませんよ、なんせ奴が住むのは陸からは遠く離れた海の底です。それに、今では数も相当減ってしまったと聞きます・・・まあ、難しいでしょうな、この村に運び込むなんて・・・とても」
少年はすこし残念そうな面持ちだ。
「先生は食べたことは?」
「ええ、ありますよ。・・・まあだいぶ昔のはなしですけどね」
「そうなんだ・・・ボクも食べてみたいなあ」
少年は瞳を輝かせる。
「そうだ、コーク殿もいつか都へ行くといい」
「都へ?」
「ええ、都は珍しい食べ物がいっぱいありますからな、きっと気に入りますよ」
老人は窓の外を見ながら笑っていた。
「わかった、ボクも大人になったら都に行くことにするよ」
「それがいいですな・・・でも、そのためにはたくさん勉強して、お父様に負けない立派な領主様にならないといけませんな」
「わかった!じゃあ早速授業を始めようよ!」
「ホッホッホ、わかりました・・・じゃあ先生を呼んできますね」
「いやお前誰だよ」
「どうだ、勉強は順調か?」
少年が居間へ行くと、父は紅茶を飲みながら古い魔導書のようなものを読んでいた。
「ねえ、お父様」
「どうした?」
「お父様は昔都にいたことがあるの?」
「ああ、ずっと昔、お母さんと出会う前の頃にな」
「都ってどんなところなの?」
父は本を閉じて、記憶を巻き戻し始めた。そして古い思い出をぽつり、ぽつりと語り始めた。
「都にいた頃の私は、まだ若い学生だった。城下町には大きな図書館があってな・・・そこには世界中のあらゆる書物があったんだ。そしてその図書館には魔法を研究するための施設があって、当時最先端の魔導具の研究はそこでしか出来なかったから、私はこの村から上京してそこで教授の手伝いをしながら、研究に明け暮れていたんだ」
「お父様は研究者になりたかったの?」
「いや、そうじゃないさ。この家は代々この村を納めるよう決められているからな、私もいずれは領主となることは決まっていたよ」
「じゃあなんで都で研究を?」
「それはな・・・コーク、この村は今でこそ農業や狩りを魔法や魔道具の力で行っているが、私がお前くらいの時はそうじゃなかった」
「でも・・・魔法の技術はもっと昔からあったのでしょう?」
「技術が存在しても知識がなければ使えないよ。この村の人々はほとんどは学を修めてないからな。私の父、つまりお前のお爺さんも、魔法の知識はもっていなかった」
「お爺様も・・・」
「そう、だから私は都に行って魔法の研究をして、その知識をこの村に持ち帰った・・・」
「それからこの村は便利になっていったんだね」
「そういうことだ・・・だからな、お前もいずれは私の後を継ぐ者として、人々を助け、支え、導ける人間になってほしいと思っている・・・今は辛いと思えるかもしれないが、それもお前を思ってこそだ・・・わかってくれるか?」
父は優しい顔でそう言ったが、細めた目の奥はまっすぐ少年を見つめていて、その中では大きな使命感と強い意志が静かにうごめいているようだった。少年もその意志に応えるようにまっすぐ父の目を見ていた。
「お父様、ボクもいつかあなたのような立派な領主になりたいです」
「・・・よく言った。」
父はそう言って立ちあがると、すこし背筋を伸ばした。
「お父様!」
少年は呼び止める。
「あの・・・ボク、新しい魔法を覚えたんだけど・・・うまくいかないところがあって・・・もし今時間があるなら・・・・・・」
「・・・・・・フッ、いいだろう・・・待ってろ、今領主様を呼んでくる」
「いやお前誰だよ」