少女②
「そういえば君は魔法が使えるんだよね」
「う、うん」
少女は声の位置で少年を探していた。
「へえ、すごいなあ」
「そ、そうかな・・・」
「すごいよお、だって魔道具なしで使える人なんて本当にちょっとしかいないんだよ!いいなあ・・・」
「でも、まだ全部できるわけじゃないんだ、お父様にもいっぱい怒られるし・・・」
「それだけ期待されてるってことだよ!それにまだ7歳でしょ?これからだよ、私はこんなだから、お勉強も家事も出来ないんだ・・・」
彼女は悲しそうな目をしていそうだった。
「・・・ねえ、お姉ちゃんは魔法が使えたらなにがしたい・・・?」
「ええ、なに?いきなり・・・そうだなあ・・・なんでも?」
「なんでも」
「じゃあ、やっぱり私はお母さんをもう1回見たいな、だってね、お母さんは本当にキレイだったんだよ!私はもうなにも見えないけど、この焼けた瞼の裏にはいつもお母さんが優しく笑っているの!」
少年はなにも言わなかった。少女はまた耳を澄ませて少年を探した。
少しの沈黙の後、少年は思い出したように言った。
「ねえ、お姉ちゃんそういえば来週誕生日だよね」
「う、うん・・・そうだ、忘れてた!ウフフ・・・」
「ボク、お姉ちゃんにプレゼントあげる!」
「本当!嬉しい!」
「おおい、そろそろ行くぞ」
父が遠くから呼んだ。もう玄関にいる様だった。
「あ・・・じゃあ楽しみにしててね!」
「うん、わかった。またね・・・」
少女はあさっての所に手を振っていた。
少年と父は帰り道を歩いていた。日は真上だ。
「お父様、たしか家に目を患った人のための魔道具がありましたよね?」
「ああ、あったな。でもあれはあくまで目の悪い人が使うためのものだ。あの子のように完全に失明している場合は・・・」
そう言い終わる前に、少年は笑って言った。
「ボクに考えがあるんです」
「・・・?」
1週間が過ぎた、この日はあいにくの雨だ、裾には泥が跳ねている。
「あらあら、なにか拭くものを・・・」
神官は2人を見てすぐにリネン庫からキレイな布を持ってきた。
少年は拭いたか拭かないかわからぬうちに、少女の部屋へ駆けて行った。
「お姉ちゃん!」
少女は待っていたようだ。雨の音のする方からこちらへ首をグルンと回した。
「お姉ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう!ねえ、これお母さんがプレゼントしてくれたの!」
少女はパジャマの袖をめいっぱい拡げてみせた。キレイな絹の純白のパジャマだ。
「とっても似合ってるよ」
そう言うと少女は少し照れ臭そうにした。
「じゃあボクからもプレゼント。ちょっとジッとしてて」
「・・・?」
少年は少女の顔に巻かれた布を外した。
「あっ!ダメ!」
「いいから!ジッとして・・・動かないで・・・」
「あの子のためにこんな天気の日に来てくださるなんて・・・」
「いやいや、私じゃないんです」
「え?」
「あいつがどうしてもって言うもんですから」
「そうなんですか・・・ありがとうございます」
神官は深くお辞儀をした。
「いいんですよ、本当に。しかし、あの子も18か。本当だったら今ごろお嫁の貰い手でも・・・あっ」
「大丈夫ですよ、気を遣わなくても。わたくしもそう思いますから」
神官は紅茶のグラスを静かに置いた。
「領主様、わたくし時々思うんです。あの子はこれでよかったんじゃないかって・・・すこし手前みそになってしまいますけどね、あの子昔からわたくしのこと、『お母さんはキレイだ』ってすごく言うんです。あの子が小さい頃はわたくしも若かったですし・・・正直男性からお声がかかることもあったんです」
「たしかに、若い頃のあなたはとても美しかった」
「・・・でも今はこんな・・・おばさんでしょう?肌は荒れて垂れ下がって・・・シワや傷も増えて・・・・・・でもあの子は、あの子のなかではわたくしはずっとあの頃のままなんです・・・」
雨が強さを増して窓に叩きつけられる。
「わたくしは・・・あの頃からずっと怖かったんです。今はキレイと言ってくれるこの子が・・・いつかわたくしを・・・汚い老人として見るようになるんじゃないかって・・・」
「そんな」
「わかってます!・・・あの子はそんなことしないって・・・でも怖かったんです、あの・・・純粋な目が・・・・・・」
「神官様、あんた・・・」
「神官様!」
少年が笑顔で部屋に入ってきた。神官も表情を少年に合わせた。
「ど、どうなさいました」
「いいから!はやく、はやく!」
少年は神官の手を取って少女の部屋へ誘った。何か企んでいる無邪気な子供だ。
父もその後ろをついて行った、雨はより一層大粒になっていた。
神官が少女の部屋に入ると、様子が違うことに気付いた。少女の目には耳と鼻を支柱にして丸いものが2つ付いていた。丸の中には青く光った水の膜が出来ていた。
「こ、これは・・・」
「お母さん・・・?」
少女はしっかりと神官のほうを向いている。
「あなた・・・目が見えるの・・・・・・?」
「これはね、目の悪い人がつける魔道具なんです」
「お前、これは家にあった視力矯正の・・・でも、この子は・・・」
少年は笑顔で説明を始めた。
「これは少し工夫がしてあってね・・・レンズの代わりに水の膜を魔法で固定してるんです、ただの水じゃないですよ?ここを通った景色はみんな、直接頭の中で再現されるんです」
「なるほど・・・空間魔法の応用だな」
「領主様・・・どういうことでしょうか?」
「簡単に言うとですね、この子は幻覚を見ているんです。ただし、あの水のレンズを通した、現実に忠実な幻覚をね」
「と、ということは・・・」
「ええ、見えていますよ、あなたのことも・・・この世界も」
「すごい雨だね・・・・・・お母さん」
少女がそう笑いかけると、神官は膝から崩れ落ちるように泣き出した。
両手で顔を覆うようにして、少女が話しかけるたび、うん、うんと頷き泣いていた。少年と父はそっと部屋を後にした。部屋を出るとき、少女はこちらを向いて歯を見せて笑ってみせた、火傷の跡が濡れていた。
少女が亡くなったのはそれからすぐのことだった。
村の外れの森で発見された。調べによると、外傷がひどく、近くに生息する猛獣か低級なモンスターによる仕業だろうということだった。
森に行くにしてはあまりに軽装で、目に魔道具は付けていなかったという。