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第九幕:Fighting Man

 それから一ヶ月ほどの時間が過ぎた。


 VR(ここ)では現実(あちら)以上に武道の本質に近づける可能性がある。ブルーとの特訓でVRのなんたるかを理解した俺は、その後、試合で連勝を続けることができた。勿論一人での練習も欠かさなかった。


 そのおかげでバトルポイントも順調に溜まり、プロプレイヤー達が参加するトーナメントへの参加が決まり、俺は既に一回戦を突破している。


「誰だよ、こいつ弱いって言ったやつ。出てこいよ」

「やっぱり現実で強いやつはVRでも強いな」

「馬鹿にしてたやつ、ざまぁ」

「一ヶ月でここまで来るとは信じられねぇ」


 そんな風に周りの人々がすっかり手の平を返していた。しかし、俺の目標は世界一。この程度では喜んでいられない。


 ブルーはシード選手で二回戦からの登場だ。ちょうどその二回戦が今日行われる。VRでの練習と、バトルポイントを貯めることに明け暮れていた俺は、彼女の試合を観戦したことがない。


「今日はブルーの試合の観戦ができるわネ」

VRの中にいる俺に、マネージャーがそう話しかけてきた。VRの外でも観戦はできるのだが、できるだけVRの中で見たかった。同じ試合でもVRの中で観戦するのと、外から観戦するのでは、スポーツの試合を録画で見るのとリアルタイムで見るぐらい感じが違うのだ。


「そうだな……。ブルーの相手は……」


「レイという名前のプロですよ。ガードを固めての一発カウンター狙いのチンケな奴ですけどね」


 気がつくと以前に会ったゴウという名の男が横に立っていた。

「へぇ……」

「そういえばアツシさん、なかなか調子良いみたいですね。私も早く戦いたいです」

「そうだな……。何回戦であたるかな?」

「三回戦ですよ……。もうすぐなのに全然気にしてなかったんですね……」

「すまん。誰とあたるにしろ、目標は一位だからな。あんまり気にしてなかった」

「ま、あなたは昔からそういう人でしたね……」

「ん、俺の昔を知ってるのか?」

「あ、いやインタビューとかでね……。そんな印象だったので……」


 そんな話をしていると周りから別の奴らのひそひそ声が聞こえた。


「あれ、ゴウよ」

「この前、ブルーにぼこぼこにやられたらしいよ」

「もう落ち目ね」

「なんかあいつの戦い方嫌いなのよね」


 ゴウはぎっと歯を食いしばっている。


「気にするな。前に俺も色々言われたよ」

「……そうですね。あんなの、どうしようもない奴らです。結果を出して黙らせますよ……」

下を向き、少し思いつめた声でゴウは話した。


「……そうだな。お、試合が始まるぞ」



  ◇ ◆ ◇



 俺たちがいるラウンジには実況と解説の声が響いている。

「さぁ、ブルーの怒涛の連続攻撃が続く! フィールド際、追い込んでいる!」

「しかし、レイのガードは相変わらず固いですねぇ。それに常に反撃のタイミングをうかがっています!」

 

 試合が始まって既に五分がたっていた。ゴウの言ったとおりブルーの相手――レイという名の男は、試合が始まってからずっとガードしかしていない。ブルーはひたすら攻め続けている。


「さすがだ。一発当たったら致命傷の鋭い攻めを続けている……。しかし、あの攻めをずっと凌いでいる相手の男も、何だかんだでトッププレイヤーってことか」


「……トッププレイヤーであるブルーの動きはかなり研究はされてますからね」

ゴウがそんな補足をした。そのとき――


「ああっと。ブルー、痺れをきらしたか!? レイの懐に入る――」

「珍しい! 投げを狙ってますね!」


 ブルーはガードを相手にせず、背負投の形に持っていこうとする。


「ブルー、この投げをすかす!」

「反撃のチャンスです! いや――」


「おおっとブルー。投げはフェイントだ。すぐにまた打撃の体勢に戻った」

「レイのガードが解けています」


 シュッ――。


ブルーの右回し蹴り。レイがガードを間に合わせようとする。


 ガンッ――。


「おおっーと!! ブルーの踵落としが完全に決まったぁ!」

「右の回し蹴りから変化して、片足で飛び上がりながらの踵落としに一瞬で変化しました! これは防げない!」

「後頭部にまともに食らってしまったレイ! 立ち上がれないでしょう!」

「勝負ありですね」


 試合が終わった。終わってみればブルーの圧勝とも言えるかもしれない。


「……やはり強かったですね」

「そうだな……」

(それにしても、あの技……)


 一人で考えこんでいる俺を見て、ゴウが話しかけた。


「いや……」

(周り蹴りからの変化……。空手出身……。それに『技は気持ちで打つ』という言葉や、戦いへの態度……。俺への接し方)


 考えられる答えは一つしかない。



  ◇ ◆ ◇



 ブルーの試合から一週間程度が経っている。俺は彼女のことをずっと考えていた。


 間違いない、ブルーはアカネだ。ひねくれ者のアイツのことだ、赤の逆で青をVRネームにしたんだろう。ただ、俺はそれを直接確かめる気はまだなかった。


「いずれ、あいつと戦う。その時に……」

そんな風に考えていた。


 俺は二回戦も順調に勝利し、少し余裕が出てきたものの、まだまだ道のりは長い。次の試合は一週間後の三回戦。相手はゴウのはずだった。


「あいつ、どんな戦い方するんだろう……」


 そんな風に考えて過去の彼の戦いの録画でもみようかとジムに向かった。



  ◇ ◆ ◇



「何ィ!」

俺はジム事務所のデスクに手を叩きつけて怒鳴っていた。


「仕方ないじゃナイ。決まっちゃんだもの」

マネージャーは両手を上げながら肩をすくませる。


「今更、試合形式が変わるっていうのか……」

「そう。参加者の増加で、今回のトーナメントは試合数が多くなりすぎたのよネェ。主催者側も試合数が多ければスポンサー収入が多くなるって最初は喜んでたんだけど……。いざ始まってみれば、試合数が多すぎてイベントが間延びしてるって、観客の反応が芳しくないみたなの」


「だからっていきなりサバイバル戦かよ……」

「まぁ他にも競合するイベントもあるし、他との差異化という意味もあるかもネェ……」


 信じられないことに三回戦まで残った32名をまとめてサバイバル戦を行うことになったらしい。


「こういうところは、まだまだVR格闘技も発展途上な気がするわよネェ。良く言えば柔軟というか……。どうする? 嫌なら棄権する?」


「それだけは嫌だ。それに別にサバイバル戦自体に文句はない。ただいきなり変わったのに驚いただけだ。それにブルーとは一対一で戦いたかった……」


「二人で他の選手を全部やっつけちゃうしかないわネェ」

「サバイバル戦で手を組むってのもな……」


「逆に、他の選手たちが手を組んで最初にブルーを狙うって手はありそうね……」

「うぅむ」


 どうすべきか、答えは出なかった。もうしばらく考えよう……。



  ◇ ◆ ◇



 すぐにサバイバル戦の日がやってきた。俺はVR内の選手控室にいる。各選手が試合開始に向けてのウォーミングアップのようなことをしていた。かなり広い空間だったので、それぞれの練習スペースは十分にあった。


「結局……行き当たりばったりになっちまったなぁ」

俺は椅子に座り、溜息をつきながら独りごちた。


(ブルーはいないのか? 探して、協力しようと声をかけるべきかどうか……)

そんな事を思っていると、近くにゴウがやってきた。


「アツシさんと一対一で戦えなくなって残念です」

「……そうだな」

俺はブルーのことを考えていたので、少し投げやりな返事をした。


「宜しければ、今回のサバイバル、手を組みませんか?」

「……」

「実は、何人かのトッププレイヤーも既に私の協力者なんですよ。現実の格闘技をやっているプレイヤーもいます」

「……!?」


 事前に動いてったってことか。意外と曲者だなこいつ。


「32人でのサバイバルなんて多すぎます。実力があっても混戦でダメージを受けてしまう可能性が否定しきれない」


「……まぁそこは分からないでもないが」


「まず最初の混戦を協力して乗り切る、そうしたら残ったプレイヤーでまた決着をつければいいんです」


「ふむ……」


「それに、最初に協力してブルーを倒します。あいつは一番の優勝候補ですからね。あいつを倒してしませば、我々の優勝確率はグンと跳ね上がる」


「!?」


 確かに、他のトッププレイヤーからするとそれが合理的な選択かもしれない。だが、俺は、俺だけはその選択には絶対に乗らない。


「……やめだ」


「なんで!」


「……気に入らないからだ」

彼に対して多くを語る必要はない。


「後悔しますよ……」

ゴウは最後に捨て台詞を吐いて離れていった。


 これで自分が最初に狙われるかも知れないなとも思ったが仕方がない。その覚悟はできている。俺は目をつぶって、静かに試合開始を待った。

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