第八幕:VR(リアル)
視界が暗転した後、道場のような空間に立っていた。
「おお! これはいいな。何だか昔が懐かしい」
「……呑気な事言ってる場合じゃないわよ。これからあなたを徹底的にしごく」
「あぁ、強くなれるならしごきだって歓迎するぜ! ……だけど」
「だけど?」
「お前、なんでそこまでしてくれるんだ?」
「……」
俺の質問に対してブルーは少しの間、沈黙した。
「……それは、あなたが現実世界での世界チャンピオンだから。わたしはそういう人と本気の戦いがしたい。それにはあなたにVRの世界でも強くなってもらわなきゃならない」
「はぁ……分からんが、分かる! 要は強いやつと戦いたいってことだな」
「まぁ、そういうこと……かな」
「よし! んじゃ、さっさと始めようぜ」
俺が半身の姿勢で構えると、彼女も似たような姿勢で構えた。こいつも空手出身なのだろうか?
「はっ!」
彼女は右の掌底を突き出した。
(速いっ、でも――)
前の試合の経験から、現実世界よりも速い動きをしてくる奴がいることは理解していたので、俺は一歩引いてその掌底をかわすことが出来た。
「せいっ!」
ブルーは飛び上がりながら左の飛び膝りを繰り出してきた。
(防御が間に合う!)
左手でガードする。
(よし、着地際を狙える!)
と今度はこちらからの攻撃を狙う。
「まだ! もう一発よ!」
すぐに着地せず、空中で横にくるりと回転すると、右足で後ろ回し蹴り。
(ガードが間に合わないっ)
「ぐっ……」
俺は側頭部へ飛んできた後ろ回し蹴りを、ガードしきれずに片膝をついた。
「膝蹴りから後ろ回し蹴りを連続……ありえねぇ」
片膝をついたまま、俺は感想を漏らした。
そんな俺を見下ろしながら彼女は言う。
「いい? VRとくにリアル路線VRってのは、現実と同じように見えるけど、現実とはちょっと違う。動きが早くなっているのは理解しているようだけど、飛び上がったときの対空時間だってと現実と違う」
「そんなこと言われてもな……。現実での戦いに慣れてて、頭がついてこないんだ。」
「ここでの自分の体、そしてその動きを感じるのよ」
「感じる?」
「そう。考えるな、感じろ、よ」
そう言って彼女は再度構える。俺も立上がり構え直す。
ダッ――
(さっきと同じ!)
ブルーが先程と同じように飛び上がりながらの二連撃を放ってくる。
シュッ――
(かわす!)
一撃目の膝蹴りを左へ屈んでかわす。
(このまま後ろをとる!)
二撃目を前転してかわし、彼女の後ろをとった。
振り向きざま、俺は飛び上がる。
(自分の体の動きを、感じる!)
現実では感じたことのない浮遊感がある。自分の手足がどこにあるのか、感覚を研ぎ澄ませた。
そのまま空中から彼女に向かって飛び蹴りの形で右足を繰り出す。
バンッ――
彼女は振り向いて俺の蹴りをガードした。
(そのまま着地せず左足で蹴る!)
自分の足が思ったように動いた。彼女に蹴りが届いた。
「そうよ!」
そう言いながらも、彼女はその蹴りをガードする――
「まぁ、まだまだだけどね」
そのまま空中にいる俺をアッパーカットの形で、はたき落とした。
「ぐっ」
俺は地面に叩きつけられ、受け身もまともにとれずに一瞬息がとまる
俺は肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ……」
「きついの?」
「いや……だいじょうぶ……だ」
「なんで息をみだしているの?」
「……」
(ブルーは息一つ乱していない。俺なんかには楽勝ってことか……?)
「……あなた、今どこにいるの?」
「どこ……って、ここだけど。君の目の前」
「そういうことじゃない!」
彼女が声を荒らげた。
俺は少し待って、答える。
「……VR?」
「そうね……」
「質問を変える。そんなに息を乱して、あなたの体はそんなに酸素を欲しているの?」
「そりゃそうだろ……いや……」
彼女が先程いったことを思い出す。『ここでの自分の体、そしてその動きを感じるのよ』
(自分の今の体に感覚を集中する……)
時間をかけて理解しようとする。
(確かに……分かってきたかも……)
俺は、感じたことを可能な限り言語化して言葉にする。
「現実になくてVRに存在するモノがあるなら、現実に存在するのにVRにないモノもあるってことか……。それは、人間の体の中だって同じ。でも、どこからどこまで、『ある』のか『ない』のかなんて分からない。だから、感じるしかない」
「そういうこと! それと――」
肯定の言葉と同時に彼女が踏み込む。
ダッ――
(よし、ガードが間に合う!)
ガードをした―――はずだったのに、ガンッと激しい音を立てて、俺は壁まで吹っ飛んだ。
(なんて威力だ。それに、踏み込んでからの正拳突き、俺が一番得意な技――)
ブルーはまた俺を見下ろす形で言う。
「VRでの技の威力に現実での筋力は関係がない。技は気持ちで打つのよ」
「技は気持ちで打つ……そういえば昔、師匠もそんなことを……」
「……ある意味で、この世界では本物の武道が実現できる……。体格や筋力ではなくて精神の勝負」
そういうと、ブルーは俺に背を向ける。
「あなたに教えることはここまで。あなたは飲み込みが早いから後は一人で出来るでしょ」
彼女はもう立ち去るようだ。体が薄くなって、移動することを示していた。
消える間際、彼女はこんな言葉を残していった。
「覚えておいて。これからは、VRがあなたの現実」