第七幕:プロプレイヤー
ログインが完了すると、また前と同じラウンジにいた。以前と同様に、部屋には多くの人がいる。
「あれ、もしかしてあの人じゃない?」
「あれが響アツシ? 確かに本物そっくりだけど……」
「かっこいい〜」
「そうかぁ?」
「あんなみっともない負け方してよくまた来れるよなぁ」
周りの人たちが俺に気づいたようだ。気にしても仕方ないが、少しやり辛さは感じた。
強くなるために適切な対戦相手を見つけなければならないのに、周りに騒がれると、こちらから相手を探すのが難しくなるからだ。AUTOモードを使うと、また変な相手にあたるかもしれない。
「……アバターを変えたほうがいいんじゃないかしらネェ?」
マネージャがコンピュータ経由で俺に喋りかけてきたようだ。
「……出来ればこのままがいい。変な格好はしたくないし……」
どうしようか少し考えていると、一人の男が俺に話しかけてきた。金髪、整った顔立ちで、いわゆるイケメン風の男だ。俺と似たような武道服を着ていた。俺の白い服と違って青だったが。
「もしかして、アツシさんですか? よろしければ私がお相手しましょうか?」
「……あんた誰だ?」
「わたしはゴウと申します。VR Fightersのプロプレイヤーで、この世界ではそれなりに知られた存在なんですよ」
この男が何者かは分からないが、服装からすると比較的まともに見えた。前の対戦相手が酷すぎたのかも知れないが。
「ゴウ……どっかで聞いたことがある気がするわネェ」
コアなVRプレイヤーではない俺のマネージャーがなんとなく知っている男ならば、腕も立つだろう。
「ちなみに、本当に本物の響アツシさん?」
「ああそうだ」
「それは良かった!」
男は大げさに手を広げて喜んだ。
「私、昔からアツシさんの大ファンだったんですよ」
そう言って、俺に握手を求めてきた。突然のことで面食らったが俺も握手を仕返す。リアルの格闘技は人気がないご時世だし、ファンと言われて決して悪い気はしなかった。
「それじゃ、私と対戦してもらえますね?」
「分かった。お願いす――」
俺は提案を受け入れようとした――その時、
「待って」
横から黒ずくめの女が現れた。いや正確には男かどうか分からない。体全体を覆い隠すような黒いマントに、忍者のようなマスクで顔の大部分を隠していた。
「わたしが彼の相手をする」
「あんたが……!?」
ゴウと名乗った男は少し驚いているようだ。
「もしかして……?」
俺のマネジャーも知ってるらしい。
「わたしの名前はブルー。一応このVR Fightersのトッププレイヤーよ」
「おいおい、ちょっと待てよ」
ゴウは納得が行かない様子でブルーに詰め寄る。
「私が先に声をかけたんですよ。それにあなたは現ランク一位。なんでビギナーの相手をする必要があるんですか?」
「それはあなたも同じでしょ。あなたもプロなんだし、何でこんな奴の相手をする必要があるの?」
「こんな奴、とは酷い言い草だな……」
俺は突っ込みを入れたが、ブルーの耳に入っていないようだ。
「あなたは、どっちと戦いたいの?」
ブルーは振り返って俺に聞いた。
「いや、まぁ……。そっちのゴウさん、だっけ? が先に声をかけてくれたし、あんた女だろ? なんか悪いし」
そう俺が言うと、ブルーはぐっと拳を握りしめた後で、
「ここでは男も女もないし、私のほうがこいつより強い!」
と言ってゴウの方を指差した。
「……」
ゴウは、ブルーの発言――『私のほうがこいつより強い』――に気分を害したのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
俺は少し考えた。
「うーむ……」
確かに強い方と戦いたい
「ただなぁ、お前ちょっと服装変だしなぁ」
ヒーロー男の件で、少しトラウマが残っていた。
「服装は関係ない!」
またブルーに怒鳴られた。
「まぁ確かにな……趣味も色々だしな」
それと、これまでのやり取りで、ブルーが悪い奴ではなさそうだと感じていたのもある。少し怒りっぽいようにも思うが。
「声かけてくれたのに、すまん。また今度相手をしてくれ」。
俺はゴウに対して軽く頭を下げた。
「……まぁいいですよ。アツシさんがこの世界でまともに戦えるようになれば、いずれ私とも戦うことになるでしょうしね……」
ゴウは踵を返して去っていった。俺の気のせいか、最後にニヤリと笑っていた。
ゴウが立ち去って二人だけになると、ブルーが口を開く。
「あなたの前の試合を見せてもらった。完全に素人ね」
「う、まぁVR格闘ゲームに関しては素人だな」
「いきなり本番の試合に望むのは無謀よ。ポイントに関係しない練習ステージがある。それに、プライベートモードに設定して、他の人からは練習が見えなくすることもできる」
「え、そんなの便利なのあるのかよ」
マネージャーは教えてくれなかったことだ。あるいは知らなかったのかも知れない。
「とりあえず、そこに移動するわ」
そういって彼女は操作パネルから対戦相手として俺を選び、練習ステージを選択する。ついでにプライベートモードにも設定してくれたようだ。俺の目の前に、移動の許諾を求めるメッセージが表示されたので俺は「YES」を選択した。