第三幕:俺がVRを始めたわけ
あれから十年弱が経った。
「チャンピオンの正拳突き一閃。ボディに決まったぁー!!」
「挑戦者、これは立てないでしょう!」
リングサイドで実況と解説が叫んだ。
ここは総合格闘技の最強を決めるトーナメントの決勝戦の会場だ。
俺の必殺の一撃をまともに食らった対戦相手がリングに崩れ落ちている。彼の足は、ダメージで激しく震えており、立ち上がることは到底無理だ。俺は勝利を確信し、派手なガッツポーズをして会場にアピールする――。
パチ、パチ。
パチ、パチ。
まばらな拍手が聞こえる。会場の席は三分の一も埋まっていない……。
◇ ◆ ◇
「まったく、どうなってんだ! 世界大会の決勝だぞ!」
選手控室に戻ると、俺は一緒にいる中年の男に怒鳴る。俺のジムのマネージャーだ。
「そうは言ってもネェ……。今はリアルの格闘技なんて人気ないからネェ」
マネージャーはお茶を入れながら呑気に言った。いつも喋り方が少しオネエ系だ。
「……」
少し昔のことを思い出す。高校に入って以降、ひたすら強さだけを求めて武道に打ち込んでいたら、俺は総合格闘技で世界チャンピオンになっていた。世界のスーパースターだった――
数年前までは……。
「時代はVRよ、アツシちゃん。あなたが昔倒したチャンピオンだって今はVRに転向して、そこそこ人気者だとかいう噂ヨ」
「くそっ、俺が子供の頃はVRなんてただの遊びだったのに。今や猫も杓子もVRかよ! 大体、ちょっとの間にいきなり流行かわりすぎだろ!」
俺はタオルを投げ捨てる。
「あら、テクノロジーなんてそんなものよ。流行りだしたらそりゃもう一気。昔だって電話の形が数年でみーんな変わったんだから……」
「そんな昔話、興味ない!」
「最近じゃ、頭にチップ埋め込んじゃえばVR接続デバイスだって超コンパクトで済むんだから。その手術だって、ピアス開けるのと同じぐらいの手軽さよん♪」
「知らん! どっちにしろ、あんなのただのゲームなんだよ。格闘技でも武道でもねぇんだ」
「あいかわらず古い考え方ネェ。今や皆ネットやVRで過ごしている時間の方が多いんだモノ。皆がリアルの格闘よりVR格闘に夢中になるのも仕方ないワヨ。アナタも変な拘りを捨ててさっさと転向しちゃえばいいのに」
「あんな遊びやってられるか!」
「まぁ、あなたがそれなら良いけど、この大会だって次はどうなるか分からないのヨ」
「……何ィ?」
「そういう噂もあるのよネェ……。スポンサーがVR格闘技の大会に流れちゃって……。リアルの大会は会場を準備するのも観客を集めるのも一苦労。その点VRなら会場いらずだし、観客だって世界中から集められるしネ。リアルは費用対効果が悪くて、スポンサーがつかなくなってるのヨ」
「……まじかよ」
俺は頭を抱えた。