第一幕:アカネの思い出
長い作品ではないので、是非、最後までお読み頂けたらと思います。
「タァーッ!」
気合を入れた声と同時に、わたしは右の回し蹴りを相手の脇腹を狙って繰り出した。対戦相手である中学生の男の子は左手でその蹴りを受け止めようとする――
その瞬間、わたしは膝を支点に蹴りの軌道を変える。体を捻り、右足の外側で相手を捉えるイメージ。
パァン――。
左手の防御を中段蹴りに合わせて下げていたために無防備になっていた男の子の顔を、私の足が直撃した。彼はそのまま横へ吹っ飛んで床に倒れた。
「そこまで!」
審判をしていた父さんが右手をあげて、勝負がついたことを宣言した。
ここは私の父さんが師範を務めている空手道場。わたしは父さんの一人娘の中学生だ。そして、父さんの一番弟子でもある。母さんはわたしが物心つくまえに病気で亡くなってしまったらしく、ずっと父さんと二人で暮らしている。
「やっぱりアカネの変則回し蹴りは最強だな!」
周りで観戦していた他の生徒たちが口々に称賛する声を上げた。
「また蹴りが速くなったな、アカネ」
父さんもわたしを褒めてくれる。
そうだ、私のこの蹴りは最強だ。必殺の得意技だ。高速の蹴りを相手の反応に合わせて軌道を変える。万全な体勢から技を繰り出せば無事ですむ奴は同年代にいない。
「あいつ」を除いて。
あいつはわたしが中学生になった時に、うちの道場に入門してきた。同級生だ。普段からぼーっとしている奴で、道場に入ってきたときはてんで弱かった。皆からぼこぼこにされて泣きそうになっていた。
わたしは小学校に入る前から空手をやっている。同級生で中学から空手を始めたミーハーな男になんて興味なかった。どうせ学校でいじめられたから格闘技でも始めてみようと思っただけに違いない。武道とはそんな甘いものじゃないんだ。なのに――
あいつは強くなった。本当に強くなった。たった一年の稽古で、同世代全国一のわたしと対等に戦えるようになった。
そんなに早く強くなれたのはあいつの才能もあったと思う。なぜだか新しい技の飲み込みが異常に早い。
それに、ひどい負けず嫌いな性格だ。相手に負かされると、自分が勝つまでずっと相手に付きまとっていた。だいたいの場合はそのうち相手が根気負けして、わざと負けてやるのだが、手加減が分かると機嫌を悪くし、今度は他の相手に向かっていった。正直、周りからウザがられていたと思う。
なのに父さんはそんなあいつの事が気に入ったみたいで、よく組手の相手をしてあげていた。
「諦めの悪い男は嫌いじゃない。あいつは根性がある」
ってよく言っていた。
わたしの父さんは、昔空手で世界一になったことがある。一度や二度じゃない。何度も連覇していて、その世界では有名人だった。強くて優しくて、そしてときには厳しい父さん。
そんな父さんの子どもであるわたしには色んな声がかけられた。
「次の試合も頑張ってね!」
「あなたも世界一をめざすの?」
「あの人の娘さんだったら将来有望だね」
「毎日、あの人と練習してるならあの強さは当然だよ」
応援の声はときにプレッシャーをかける声や妬みの声にも聞こえたが、わたしは特に気にしていなかった。期待に応えて、重圧に打ち勝つ。やるべきことは、結果を出せるように一生懸命練習すればいいだけだ。
わたしが嫌いだったのは、
「男の子じゃなくて残念だったね」
「女の子じゃもったいない」
「そのうち男には勝てなくなる」
そういう声だった。あの頃のわたしには、本当の意味で彼らの言葉を理解していなかったけれど、なんだか自分の存在そのものを否定されたようで悲しかった。
それでも、父さんがわたしの変則回し蹴りを、
「凄い技だ。女の子で関節が柔らかいから、あんな技が出せるんだな」
と褒めてくれたときは嬉しかった。
その言葉は、
「おまえは女の子だから強い」
わたしにはそんな風に聞こえた。それで、自分の存在に自信が持てた。
そんな中、いきなり現れたあいつ。
気に入らなかった。同級生でわたしと同じぐらい強いのが気に入らない。一年で強くなったのが気に入らない。男なのに強いのが気に入らない。父さんといっぱい練習しているのが気に入らない。
気がつくと、わたしはいつもあいつを見ていた。