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Power Song4

君のために僕は詠う。

Power Song4




「―――ねぇ、悠輔さんは?」

 蒼太は大きな欠伸をしながら、コーヒーを飲みながらタバコを吸っている俊哉に尋ねた。

「お前今何時だと思ってるんだよ…まったく…悠輔なら食料買いに行ったよ。」

「え〜…僕も行きたかったなぁ〜…」

 蒼太はそう言いながら俊哉が座るソファに腰を下ろした。

「僕もコーヒー飲みたい…」

「あ?飲めば?」

 俊哉の素っ気無い言い方に蒼太は口を尖らせた。

「どうせインスタントだろ!僕はちゃんと淹れたコーヒーが飲みたいの!」

「じゃぁ淹れれば?」

 俊哉は面倒臭そうにそう言うと、ソファから腰を上げ、パソコンの前の椅子に座った。

「ねぇ〜俊哉さん…いつまでこんな生活続くの?」

「あ?もうしばらくは続くだろ?…何だよ、もう飽きたのか?」俊哉は苦笑しながらパソコンの電源を入れた。「あんだけ悠輔に言われたのに、ちょこちょこ若菜んトコ行ってんだろ?何が不満なんだよ?」

 蒼太は膨れっ面のままキッチンへ向かった。カップにインスタントコーヒーをスプーン2杯入れ、お湯を注いだ。冷蔵庫の中にあったコンビニのサンドウィッチを取り出した。

「あ!それ俺の!」

「いいじゃん!どうせ悠輔さんが何か買って来てくれるって…」

 蒼太はそう言いながらサンドウィッチの包装フィルムを開け、玉子サンドから口へ運んだ。

「…モグモグ…俊哉さんは?…モグモグ…退屈じゃないの?」

「モノ食いながら喋るなよ!汚ぇなぁ!」

 俊哉の言葉に、蒼太は口を尖らせながら湯気立つコーヒーをすすった。

「…退屈だよ。イライラするくらいにね…」俊哉はそう言いながら2本目のタバコに火を点けた。

「俊哉さんもそう思うよね!?」

「あぁ…俺達マジでヤバイ仕事してんのに報酬が見合ってねぇんだよな」

「僕もそう思ってたんだ!何でこんな事になっちゃったんだろう?」

「悠輔のせいだろ?あいつ気が小せぇからな…ボスとか会長に言われて負けたんじゃねぇの?」

 俊哉はタバコの煙を天井に向かって吐いた。

「悠輔さん優しいもんね…でもさ、このままじゃ何かすっごい納得いかないよ、僕…」

 蒼太はハムサンドを頬張った。

「俺も納得いかねぇよ…」そう言いながら俊哉は窓から射し込む朝陽を見ながら目を細めた。「なぁ、蒼太…」

「うん?」蒼太はコーヒーをすすりながら言った。

「奴らの足元すくってやろうか?」

 俊哉の言葉に蒼太は目を丸くした。

「ど、どういう意味?」

「俺達が調べ上げたデータを餌にして、奴らを強請ゆするんだよ」

「そ、そんな事できるの!?」

 蒼太は目を輝かせながら言った。

「俺に任せとけって」

 俊哉は得意げに言った。

















 ピピピピピ―――と、部屋中に目覚まし時計のアラームが鳴り響いた。

 智日は重たい頭を抱えながらその目覚まし時計に手を伸ばした。目覚まし時計のボタンを押し、アラームを止めてからもう一度布団を被った。

≪……ん?…≫

 智日は目の前で微かに揺れる女の乳房を見つめていた。

≪……何だ?…≫

 智日はハッとして、布団を跳ね除け飛び起きた。

 朝陽がピンク色のカーテンを通して部屋に射し込み、部屋中が淡いピンク色になっていた。智日はピンク色の手で顔を覆いながら、横で全裸で眠っている今日子に目をやった。今日子の身体もピンク色に染まっていた。

「…ねぇ!今日子ちゃん!朝だよ!起きて!」

 智日の声に今日子は寝起きの声を上げた。「ふあぁ…今何時?…」

「今?7時10分…」 

 智日の言葉に、今度は今日子が飛び起きた。

「ヤダ!遅刻しちゃう!!」

 今日子はそう叫びながら、全裸のまま洗面所へと急いだ。

≪やれ、やれ…≫智日はそう思いながら自分の下着を探した。

「智日!冷蔵庫の中にパンとか入ってるから適当に食べていいよ!」

 今日子はバタバタと身支度をしながら言った。

「いいよ、外で食べるから…それより、コーヒー飲んでもいい?」

「いいわよ。インスタントしかないけど…ミネラルウォーターも飲んでいいから…」

 智日はジーンズを穿いて、畳み2畳分ぐらいの狭い台所でインスタントコーヒーを作った。

「今日子ちゃんのも作ったよ」

「サンキュ〜…」

 今日子は嬉しそうに言いながら、ツイードのスーツに身を包んだ。

「おぉ!やっぱし大手旅行会社の社員はカッコいいね」

「でしょ?」

 今日子は智日の膝の上に腰を下ろし、智日が作ったコーヒーをゆっくりすすった。智日は今日子の腰に手を当てたまま、今日子の髪の香りを嗅いだ。

「いい香り…」

 智日の言葉に、今日子は微笑んだ。

「ねぇ、智日…」

「ん?…」

「今、どこに住んでんの?」

「…何で?」

「何でって…知りたいの!」

 今日子はそう言うと身体を智日の方へ向き直した。

「お願い!教えてよ!」

「駄目だって言ったろ?会社の寮に住んでるから女は入れないって…」

「…それ、ホント?…実は他の女と暮らしてるんじゃないの?」

「暮らしてないよ…」 

 智日は苦笑しながら言った。今日子は納得いかない様子で眉間にしわを寄せたまま、智日に抱きついた。

「…ねぇ…今日の夜も泊まっていいよ…」

「…えぇ?今日はいいよ。彼氏来たらどうすんの?」

「もう!ななみ達が言ってた事信じてんの!?あんな男彼氏じゃないって!」

 そう言いながら今日子は智日の胸に顔を埋めた。

 智日は小さくため息を吐いた。

「…ねぇ、今日子ちゃん。時間大丈夫?」

「え?…うわぁ!大変!!」

 今日子は慌てて立ち上がり、化粧ポーチを掴んだ。

「俺も一緒に出るよ」

「何で?ゆっくりしてっていいよ、智日…」

 今日子は丁寧に口紅を塗りながら言った。

「家の鍵、どうすんの?」

「これで閉めといて…」今日子はバックからアパートの鍵を取り出し、智日に渡した。「スペアだから…智日持ってていいよ」

 今日子はコートを着て、バックを掴んだ。

「好きな時に来ていいからね」

 そう言って玄関へと急いだ。

「…いってらっしゃい…」

「いってきます!」

 今日子は満面の笑みで、出掛けて行った。

 智日は今日子の香水の残り香を吸い込み、パンプスのヒールの音が遠くなるのを聞きながら考えた。

≪……もう、あの女はねぇな……≫


 智日は洗面所で顔を洗い、カップを台所の流しで洗ってから食器棚に直した。そしてダウンジャケットを着て、今日子から預かった鍵でドアを閉め、その鍵をドアの新聞受けから部屋の中に投げ込んだ。

「…さっむ!…」

 智日はそう呟きながら、アパートの階段を駆け下りた。





















「――――その身体でよく普通にしていられるわね、大神…」

 薫は大神のカルテを見ながら、呆れたように苦笑した。大神も微かに笑った。

「奥様の治療のおかげです」

 大神の言葉に薫は小さく息を吐いた。「…抗癌剤、投与してるだけじゃない…」

 薫はカルテをファイルに綴じ、椅子からゆっくりと腰を上げた。大神は薫を横目で見ながら、シャツのボタンを留め始めた。

 だだっ広い病室の窓には、1月の寒空から降りた細い陽射しが射し込んでいた。そんな冬の空を、薫は眩しそうに目を細めながら見つめた。

「…組織の事があるから手術を受けないんでしょ?」

 薫はそう言うと、椅子に座ったままの大神を見た。

「今は大事な時期ですので…」

「そんな事言って…もう何年ほったらかしよ?…大神、いくら私でも手を尽くせなくなるわ」

 薫の言葉に、大神はうつむいたまま口を閉じた。

 そんな大神を見つめながら、薫は苦笑した。

「…お前の気持ちも分かるわ。でもケイはすぐには戻って来ないわよ。智日だって…まだ完璧には仕事こなせないわ。その前にお前の身体が限界を超えるわ…私としてはその方が困るんだけど…」

 そう言いながら、薫はもう一度大神の前にある椅子に腰を下ろした。

「今お前に何かあったら、私どうしたらいいのよ?」

「私はそんな簡単には死にません」

 大神は苦笑しながら言った。

「大神、お前は超人であり生身の人間なのよ。…本当ならもう死んでてもおかしくない状態なんだから…」

「…分かっています。こうやって生きているのも奥様のおかげです」

 大神の言葉に薫は笑い出した。

「本っ当に…昔っから強情なんだから!」























 毎朝、5時に起床。朝食を準備して、店に出勤。店長と2でお菓子を作る。店が開店すると忙しなく働き、昼過ぎには退勤。そのまま夕飯の買い物を済ませ、帰宅。掃除、洗濯をこなし、夕飯の準備。

 仕事が休みの日は……やっぱり掃除、洗濯、食事の支度を黙々とこなす…

「――――毎日、毎日…よく飽きねぇよな…」

 智日は心底感心しながら呟いた。

 もちろんアキは、智日がそんな風に思いながら自分の事を監視している事など露にも思わず、いつものようにスーパーで夕飯の買い物をしていた。


≪…わぁ!大根安い!!よし!今日はおでんだ!!≫

 と、高鳴る胸を押さえながら大根を買い物カゴヘ入れた。

 大根、里芋、はんぺん、竹輪、玉子、鶏肉などなど…今日の夕飯の材料を買い、アキは満足げに店の自動ドアから外へ出た。

「ひゃぁ!!」

 と言う老人のか細い悲鳴に、アキは慌てて振り向いた。

 野球帽を深く被った若い男が、アキの後ろを歩いていた老人からバックをひったくり、自動ドアの前に立っていたアキと激しくぶつかった。アキは持っていた買い物袋と共に吹っ飛ばされた。

「ばっ馬鹿野郎!!」

 自分も倒れ込んだ男はそう言いながら慌てて立ち上がった。

 アキは思わず男の両足にしがみ付いた。

「な!何だお前!!」

「泥棒!!」

 アキは男の両足にしがみ付いたまま、必死に叫んだ。その緊迫した状況に他の買い物客が騒ぎ出した。男はアキの身体を蹴ろうとした―――――

 その時、智日の長い脚が男の顔面にヒットし、男の身体が宙を舞った。男は激しく地面に叩きつけられ、鼻から血を流しながら気を失った。

 アキは急いで立ち上がり、白目をむいて倒れている男の手からバックを取り、自動ドアの前でしゃがみ込んでいる老人の元へ行った。

「おばあちゃん、大丈夫ですか?」

 アキの言葉にその老人は震えながらも、微笑んだ。

「まぁ、まぁ…本当にありがとう…お嬢さん…はぁ〜…良かったわぁ〜…さっき年金下ろしたばっかりだったのよ…」

 老人はそう言いながら震える手でアキの手を握り締めた。

「おばあちゃん、私じゃなくて…ほら、あの子。あの子がおばあちゃんのカバン取り戻してくれたのよ」

 アキは男のすぐそばに立っていた智日を指差しながら言った。そして智日に手招きした。智日は困惑しながらも、アキと老人のそばに行った。

「ありがとう、ありがとう…」

 今度は智日の腕を掴み、その老人は涙ぐみながら言った。

「…もういいっスから…」

 智日はどうしたらいいか分からず、まごまごと言った。

「――――あの!ちょっと!」遅れて来た警備員とスーパーの店長が駆け寄って来た。「いやぁ〜!兄ちゃん!お手柄だよ!」

 警備員は体格の良い智日を見上げながら、満面の笑みで言った。

「あらら!お客さん!手、怪我してるよ!」

「え?あ…」アキは自分の手の甲から血が出ていた事に気付いた。

「事務所で手当てしてあげるからおいで!」

「いえ!大丈夫です!ただのかすり傷ですから!」

 アキは慌てて断ったが、店長が首を横に振った。

「いいや、結構血出てるじゃないか。遠慮なんかしちゃいかんよ!それに買った物、新しいのと交換してあげるから…ね、さっ!早くおいで!そっちのお兄ちゃんも!」

 アキと智日は思わず顔を見合わせた。


 スーパーの店長の気迫に負け、アキと智日は店内の裏手にある倉庫兼事務所で緑茶と饅頭をご馳走になった。アキは傷の手当をしてもらい、白菜をタダでもらった。



「――――君、空手か何かやってるの?」

 スーパーの倉庫兼事務所を出て、スーパーの駐車場を横切りながらアキは智日に尋ねた。

「え?…あぁ…少しだけ…」

 智日の言葉にアキは頷いた。

「だからあんなに強いのね…今日は本当にありがとね」

 アキはそう言って微笑んだ。智日はそんなアキから目線をずらした。

「…手、大丈夫?」

「え?あぁ、全然大丈夫!」

 アキは笑顔で包帯を巻いた手を振って見せた。

「…あのさ…お姉さん…」

「うん?」

「あぁいう時は何にもしない方がよくない?」

 アキはキョトン顔で智日を見た。「あぁいう時って?」

「…だから…わざわざ泥棒の足にしがみ付く事ないじゃん?お姉さん、顔蹴られたらどうすんだよ?」

「だって、何にもしなかったらおばあさんのカバン持って行かれてたんだよ。そしたらおばあさん、大変じゃない?」アキは苦笑しながら言った。「それに、私の顔、蹴られても大して変わらないしね」

 アキの言葉に智日は唖然とした。

「そういう問題かよ…」

 智日の呟きに、アキは微笑んだ。

「でも、君がいてくれて良かった。本当にありがとう」

 アキはそう言って智日に頭を下げた。

「じゃぁね!」

 買い物袋を両手に提げて、アキは歩き出した。

 智日はしばらくの間、アキの後姿を見つめた。

「…ね!待って!」

 智日はそう言いながら、アキに駆け寄った。そして、包帯を巻かれた手で提げていた買い物袋を取り上げた。

「え!何!?」

「そこのバス停まで持って行ってやるから…」

 智日は気恥ずかしそうに言いながら、アキの前を歩き出した。アキはポカンと智日を見つめた。

「私がバスで帰るって…何で分かったの?」

「え?…えっと…ほら!さっきあの店長に話してただろ?○○町に住んでるって。だからバスかなって…思ったんだ…」

 焦りながら言う智日の後姿を見つめながら、アキはケイの事を思い出していた。そしてくすくすと笑い出した。

「ありがとう…ねぇ!君名前は?」

「名前?さっき事務所で言ったじゃん!」

「下の名前よ!池上…何て言うの?」

 智日はしばらく考えた。

「智日…」

「さとか?どんな字書くの?」

「山下智久の智に日にちの日…」

「へぇ〜…」

 智日はおずおずと振り向いた。

 緩やかに吹く冷たい風に頬を赤くさせながら、アキは微笑んだ。

「智日…良い名前ね」

 


























 


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