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天使の微笑み4

君のために僕は詠う。

天使の微笑み 4




「―――――池上…曄とかいったな…あの女」

 浅井は革張りの椅子に深く腰掛け、ゆっくりと顔を上げた。浅井の眼が金色に光り、薫の思考回路を麻痺させた。薫は頭を押さえながらその場に倒れ込んだ。浅井は椅子から立ち上がりゆっくりと薫に近付いた。そして薫の前で膝をつき、薫の頭を掴んだ。

「あの女は何を調べているんだ?正直に答えるんだ」

「…っし、知らないわ…」

「知らない?知らない事はないだろう?お前の大親友なんだろう?」

「知らないわよ!あなたの勘違いなんじゃない!?」

 浅井は薫の頬を勢いよく殴った。

「…この私が勘違い?…薫…気でも狂ったか?お前は何年私のそばにいるんだ?」

 薫は切れた口端から流れる血を舐めながら、浅井を睨んだ。

「1年程前にあの女はイタリアへ行っているな…その事で何か聞いているか?」

「…何も聞いてないわ…信じられないなら私の“心”を読めばいいでしょ?」

 クックッと浅井は笑った。

「イタリアから帰って来てからのあの女の行動は不審な点だらけだ。…私の代わりに調べた部下が言うには何かを必死に調べていたようだ…ただ、それが何か分からなかったらしい。しかも“心”も読みにくかったそうだ。…私がその時動けていたらよかったのだが…」

 浅井は自分を睨み続ける薫を見下ろした。

「稀に“心”の読みにくい人間がいる。ただ、あの女はその部類には入らない。あの女には何か秘密があるのだ」

「…そんな…曄は普通の人間よ。秘密なんて…」

「あの女の産んだ子供…間違いなく私の“血”を受け継いでいるんだろうな?」

「間違いないわ…」

 薫は震える目で浅井を見つめた。

「念のため、子供のDMAを調べた方がいいな…本条教授に言っておけ」

 浅井はそう言うと、部屋から出て行った。

 薫は床に座り込んだまま、呆然とした。


「…奥様…」

 その声に薫はハッと我に返った。

「大神…」

 黒装束の男大神は、薫の腕を掴み薫の身体を起こした。

「…調べはついた?」

「はい…ですがその男の素性までは分かりませんでした。浅井がすべて抹消してしまったようです。この世に存在していた証拠すら残していません」

 大神の言葉に薫は肩を落とした。

「…大神、曄が何を調べているか…それは分かった?」

「申し訳ありません…」

 大神は頭を下げながら呟いた。

「…このままでは曄が危険だわ…何とかしないと…」

 薫はため息を吐きながら頭を抱えた。










≪……やっぱり、おかしいわ≫

 曄はパソコンの画面を睨みながら考えた。

≪美成里という人間の存在が、その部分だけ切り取られたように消えている…意図的に誰かが抹消した?…≫

「…誰が?」

 曄の身体が震えた。

≪…まさか…そんな……≫

 曄は背筋が寒くなるのを感じながら顔を両手で覆った。

 その時、マンションのインターホンが鳴った。曄の身体がビクッと揺れた。

 曄は恐る恐るモニター画面を見た。

「!!」

 曄は慌ててボタンを押した。



「もう!こっち戻って来てるんならすぐ連絡ちょうだいよ!沙智さち!」

 曄はカップにコーヒーを注ぎながら言った。

「ごめん、ごめん!やらないといけない事がたくさんあってね、やっと一段落着いたから来たのよ」

 沙智は笑いながら曄の淹れたコーヒーをすすった。

「元気そうね、仕事の方はどう?」

「うん、順調よ。来週こっちのステージに立つの」

 沙智の言葉に曄は驚いた。

「ステージ!?どこの?」

「Bホール」

 沙智は嬉しそうに言った。

「Bホール!?すごいじゃない!」

 曄は興奮気味に声を上げた。

「えへへ…私だって頑張ってるのよ」

「ちょっと、チケットは!?無いの?」

「ちゃんと持ってきたわよ。」そう言いながら沙智はバックの中から封筒を取り出した。「来週の金曜日、夜9時からだから」

「わぁ!絶対行くわ!」

 感嘆の声で言う曄を見て、沙智は吹き出した。

「お姉ちゃんって…相変わらずね。本当に楽しい」

 くすくすと笑う沙智に曄は口を尖らせた。

「夜空いてるの?夕飯でも食べに行こうよ、沙智」

「うん、そのつもりで来たのよ」

 2人は同時に笑い出した。




「―――――お姉ちゃん、恋人でも出来た?」

 沙智の突然の言葉に、曄は口に含んだビールを噴き出した。

「何よ!いきなり!」

「もう、汚いなぁ〜」沙智はフキンでテーブルを拭きながら笑った。「どんな人?」

「え?」

「もう隠さないでよ!その人どんな人?せっかくだから紹介してよ」

「…恋人なんかいないわよ」

 曄は慌てて言った。

「そうなの?なんだ、つまんないの!」

 沙智は面白くなさそうに言うと、豚バラ串を口へ運んだ。

「…沙智は?誰かいるの?」

「…私?」沙智はしばらく考えるようにして、口を動かし続けた。「いるような…いないような…」

「何よ、それ」

 曄は苦笑した。

「だって…本当に分からないの」

 沙智の表情に一瞬影が出来た事に、曄は気付いた。

 沙智は気を取り直すように大声で店員を呼んだ。

「ビールジョッキ2つ!豚バラ4本!軟骨4本!それから…」

 沙智の気迫に押され、店員は目を白黒させた。











 初夏の日差しが強く射す正午過ぎに、曄は青々とした山道を車で走り抜け、<施設>へと向かった。

「曄!」

 車から降りようとした曄に薫が声を掛けた。

「またけいに会いに来たの?」

「もちろん!」曄は嬉しそうに微笑んだ。「それに、あなたに話があってね…」

 薫は笑顔の曄の顔を見据えた。

「…私も、曄に話したい事があったの。慧は今定期検査中だから…今からここのレストランでお茶でも飲まない?」

「えぇ、そうしましょう」

 薫の言葉に曄は笑顔で頷いた。




 <施設>の最上階にあるカフェ・レストランの席に2人は向き合って座った。閑散とした店内に重たい沈黙の空気が流れていた。

「―――曄、人工授精する前に…誰かと寝た?」

「…え?」

 薫の言葉に曄は言葉を詰まらせた。

「答えて。とても大事な事なの」


 曄は薫の厳しい眼差しを見つめながら、意を決した。

「…えぇ…寝たわ」

 曄の言葉に薫は愕然とした。

「ど…どうして?人工授精する前はセックス出来ないって…あなた知ってるでしょう?」

「本当にごめんなさい…私もこんな結果になるなんて思わなかったの…本当にごめん…薫…」

 深く頭を下げる曄を見つめながら、薫は大きく息を吐いた。

「…で、あなたはどうしたいの?それを言いに来たんでしょ?」

 薫の言葉に曄はゆっくりと顔を上げた。

「慧を今回のプロジェクトから外してほしいの。私…慧を自分の子供として育てたいのよ。報奨金なら全額返すわ。…だから…お願い、薫…」

 曄はそう言いながら小切手の入った封筒を薫の前に差し出した。

「メンバーを降りたいのね…曄…」

「勝手を言っているのは分かってるわ…あなたの顔に泥を塗るような事して、本当に申し訳ないと思ってる…でも…あなたなら分かってくれると思ってお願いしてるの。同じ母親のあなたなら…」

「…私とあなたは置かれた立場が違うわ」

 曄の言葉を遮るようにして薫は言った。

「曄、あなたはメンバーを降りる事は出来ないわ。それに慧を“普通の子供”と同じように育てる事も出来ない…それはあなたが1番良く分かってるわよね?」

 曄の表情が強張った事に薫は気付いた。

「…曄、慧の父親は誰?」

 2人の間に沈黙の空気が流れた。しばらくして、曄は首を横に振った。

「それは言えないわ」

「曄…」

「メンバーから降りれないのなら、それでいいわ。でも…慧は私が育てる。だって慧は私の子供ですもの」

「曄、待ってよ…」

「私の卵子が必要ならいつでも提供するわ!でも慧は渡さないわ!いくらあなたでも、慧だけは誰にも渡さないわ!」

 顔を紅潮させ、曄は叫んだ。

「落ち着いてよ!曄!」

 その場の空気が張り詰めた。スタッフが困惑した様子で薫の元へ駆け寄ってきた。薫の「なんでもないから…」と言う言葉に、スタッフは店内の奥へと入って行った。

「…あなたらしくないわ。少しは冷静になってよ、曄」

 曄は思わず苦笑しながら顔を両手で覆った。

「ごめんなさい…薫…」

「曄…あなたの気持ちは良く分かるわ。でもね、慧はあなた1人で育てられる子供じゃないわ」

 薫はゆっくりと息を吐きながら、揺れる瞳で自分を見つめる曄を見た。

「慧は普通では考えられないくらい完璧なDMAを持っているわ。しかもその細胞の働きも尋常ではないわ。…慧の父親がどんな人物なのか想像もつかないけど…慧の存在は私達が想像する未来を大きく揺るがす事になるわよ」

 薫の言葉に曄の表情が青ざめた。

「…曄、私はあなたに話してない事がたくさんあるわ。それを話せばあなたから嫌われると思ったのよ…でも、これから少しずつあなたに私の“秘密”を明かすわ。今のあなたならきっと理解してくれると思うから…」

「…薫…」

 曄は眉をひそめ、薫を見つめた。

「知っているだろうけど…私には脳に腫瘍を持つ6つになる息子がいるの。その子も慧と同じ運命を背負っているわ」

「…同じ運命?…」

「そう…。私の息子にも慧と同じように特別な“力”がそなわっているわ」

 言葉を失った曄を見つめながら、薫は話し続けた。

「慧は2人で育てましょう。私の息子と一緒に…そうすればきっとうまくいくわ。すべてが正しい方向へ向かうわ。…落ち着いてからでいいから、慧の父親の事話して…何も心配はいらないから…曄、お願い…私を信じて…」

 薫の瞳から涙が零れた。

 そして曄の瞳からも涙が零れ落ちた。








――――これから少しずつあなたに私の“秘密”を明かすわ――――


 曄は何度も薫の言葉を頭の中で繰り返した。

 薄々は気付いていた薫の“秘密”は想像を絶するモノではないかという不安を強く感じていた。

 そんな薫と2人でお互いが産んだ“同じ運命を背負った子供”を育てていけるのか―――――曄は薫に対して微かな恐怖を感じずにはおれなかった。


 静まり返った空気を破るように、部屋の電話が勢いよく鳴り出した。曄は心臓の鼓動を感じながら壁時計に目をやった。

 AM4時35分。曄はベッドの横にあるスタンドライトを点け、ベッドから出てリビングの電話機の前に立った。

≪イタ電だったら速攻切ってやる!≫

 曄はそう思いながら鳴り続ける受話器を上げた。

 受話器からは人の吐息のような音が響いた。

「…もしもし?」

 よく聞くと、その音は女性の啜り泣く声だった。

「もしもし?…誰?…」

 しばらくその声が受話器から漏れた。曄は気持ち悪くなり、受話器を耳から離そうとした。その時、その啜り泣きが止んだ。

[ ――――よう…ちゃん…?…っ…]

 その声に曄はハッとした。

「み、未来ちゃん!?どうしたの!?」

[ ヨウ…っ…ちゃぁん…うわぁぁぁっ!!]

 未来の泣き声に曄は驚いた。

「未来ちゃん!落ち着いてよ!一体どうしたの!?」

[ …っさえちゃんが…っ…さえちゃんがっ…こっ…殺されちゃうっ…よぉ!…どうしよう…私もっ…殺されちゃう…]

「え!?何を言ってるの?未来ちゃん!…今どこ?家にいるの?」

[ わっ…私達…調べたの…っ…どんな人物がメンバーだったのか…っ…そしたら…っ…みんな…子供産んだ後…行方不明になってるか…死んじゃってて…っ…そしたらっ…さえちゃんとも連絡取れなくなっちゃって…っ…どうしよう…ようちゃぁんっ…私も殺されちゃうよぉ!…]

「未来ちゃん!とにかく落ち着いて!私今からそっちに行くから!ね?…未来ちゃん?未来ちゃん!?」

 受話器からはツーツーという乾いた音だけが響いていた。

 曄は急いで着替え、車で未来の住むアパートまで向かった。


 未来の部屋のインターホンを何度鳴らしても応答がなかった。曄は慌てて隣の住民の部屋のインターホンを鳴らした。隣の部屋に住む若い男がジャージ姿で青白い顔を歪ませ、チェーンを付けたままのドアを開いた。

「…っすっすいません!夜分に!…」

「…何だよ…今何時だと思ってんの!?…」

 そう言いながら若い男は曄を舐め回すように見た。

「あの…未来…お隣の佐々木さんの事なんですけど…さっきまで誰かが来てたとか…」

「佐々木さん?佐々木さんなら1週間ぐらい前から帰ってないよ」

「え?」

「なんかすっげぇ金になる仕事して儲けたから、アメリカに行くとか何とか言ってたからなぁ〜…もう行っちゃったんじゃない?」

「…そうですか…」

 曄は愕然としながら答えた。

「お姉さん、佐々木さんの友達?…なワケないか…なんか顔色悪いよ。水でも飲む?」

 男はそう言いながら部屋の中に入るように勧めてきた。曄は慌てて断り、逃げるように駆け出した。



 翌朝、曄はリビングのテレビの前で立ち尽くした。


『さえちゃんがっ…殺されちゃうよぉっ!…』

 未来の怯え切った泣き声が頭に響いていた。

[ ――――昨夜未明、○○学院創立者で△△大学教授の吉田紗江子さん(34)が自身が所有する乗用車の中で死亡しているのを近所の住民が発見し――――]


『…私もっ…殺されちゃう…っ…』





「―――――何?」

 薫は曄が差し出した新聞紙を受け取り、1面の左端を見つめた。

「…吉田先生…亡くなったの?…うそ…」

 困惑した様子の薫を見ながら、曄は昨夜の出来事を話した。

「あの子、みんな殺されたって言ってたの。だから自分も殺されるって…一体どういう事?」

 薫はうつむいたまま首を横に振った。

「佐々木さんに小切手渡した時、あの子嬉しそうにこれでアメリカに行けるって…そう言ってたのよ。あの子の事だからただのイタズラなんじゃない?」

「そんな…そんな感じじゃなかったわ。…薫、未来ちゃんの行方捜せないかしら?私なんだか嫌な予感がするの…」

 曄の言葉に、薫は頷いた。

「分かったわ、捜してみる」







 トゥルルルルルル―――!!

 曄の部屋の電話が鳴った。曄は幸のステージに行く準備をしながら慌てて受話器を上げた。

「もしもし?」

[ 曄?私、薫。佐々木さんの事分かったわよ]

「本当?」

[ えぇ…あの子実家のある北海道に帰ってたの。本当はアメリカに発つ予定だったみたいだけど…体調崩したみたいで…産後すぐに派手に遊んだみたい。今は実家の近くの病院に入院してるわ…安心した?]

「…えぇ、安心したわ。」

[ ところで、今日夜会えない?飲みに行かない?]

「…ごめんなさい、今日妹のステージ観に行くの」

[ あぁ、そうだったわね。分かったわ、また今度ね]

「えぇ…」

 曄はそう言いながら震える手で受話器を下ろした。

 そして大きく息を吐いた。












 曄は18時過ぎに花束を抱え、Bホールの控え室へ顔を出した。まだ普段着姿の沙智としばらく話し、沙智からカードを渡された。

「このカード店員さんに見せたら特等席に案内してもらえるわよ」

 沙智はそう言いながら微笑んだ。


 20時からの開演に客が押し寄せた。ホールの席は50人ぐらいの客で一気に埋まった。ざわざわと賑わうホールを見渡しながら、曄は店員に案内されたカウンターのスツールに腰を下ろした。沙智が言った通り、曄の位置からはホール中央のステージがよく見え、ステージ真ん前の席よりゆったりと寛げた。

「――――沙智さんお勧めの“ブルーカクテル”です」

 バーの店員が曄の前に置いたグラスには淡いブルーとピンクが溶け込んだ色合のカクテルが注がれていた。曄はそのグラスを手に取り、一口飲んだ。

「美味しい…」

 曄の言葉に店員が微笑んだ。

 21時になるとホールの照明が一段落とされ、演奏者の男性と沙智が姿を現した。スポットライトを浴びながら、沙智はブラックのドレスのドレープを優雅に揺らし、ホール中央のステージまで堂々と歩いた。ホール内には拍手が溢れた。

 曄はそんな沙智を揺れる瞳で見つめた。

 ステージは圧巻だった。沙智の全エネルギーが声帯に注ぎ込まれ、時には可憐に時にはパワフルにホールを揺り動かした。そのパワーに観客が圧倒され、歓声を上げた。

 沙智は歌いながら曄のいる方へ目をやった。曄は微笑みながら手を振った。その微笑が、沙智にはひどく悲しげに見えた。

――――お姉ちゃん?…


 歓声が溢れる中、曄はある気配に気付いた。

 曄は静かにその視線の方へ目をやった。ホール入り口に1人の黒いスーツ姿の男が立っていた。その男はサングラスを指で直しながら薄らと笑っていた。

 曄は徐にスツールから下り、店員に

「カクテル、ごちそう様」

 と、声を掛けて入り口の方へ歩いた。そしてその男と一緒にホールを後にした。



「慧は実に良い子供だ。あんな完璧な子供は今まで見た事がない」

 男の言葉に曄は答えなかった。男の笑い声が車内に響いた。

「…私をどうするの?」

 曄は自分の横に座っている男の顔を見ずに言った。

「慧の父親は誰だ?」

 車内に沈黙の空気が落ちた。曄は男の視線を肌で感じながら、黙っていた。

 車窓からは市街地の風景が凄い勢いで流れていた。

「…もう一度訊く。慧の父親は誰だ?」

 男の声が曄の脳髄に響き、曄は言いようのない不快感を覚えた。それでも、曄は男の質問に答えなかった。男は黙って曄を見つめた。

 車は人気のない船着場まで来ると、ようやく止まった。男は曄を車から降ろし、目の前に立ち並ぶ倉庫の1つに入るように指示した。曄は黙って男に従った。

 倉庫の中央には数名の黒装束の男達が居並んでいた。その男達の前には木の椅子が置かれていた。

「その椅子に座れ」

 男がそう言うと曄はその椅子に腰を下ろした。居並んでいた男達が囲むように曄を見つめた。

「これで最後だ。慧の父親は誰だ?」

 曄は頭の痛みを堪えながら、自分の目の前に立つ男を睨んだ。

「吉田先生を事故死に見せかけて殺したのも、未来ちゃんを自殺に見せかけて殺したのも…みんなあなた達なんでしょ?メンバー全員を殺すの?男も女も関係なく…みんな…」

 曄の言葉に男は笑い出した。

「本当に頭の良い女だ。薫が夢中になるのも分かるな」

 男がそう言った時、倉庫の入り口が開いた。

「浅井!浅井やめて!!」

 薫がすごい勢いで曄の元へ駆け寄ろうとした。居並ぶ男の1人が薫の身体を地面に押さえつけた。

「離して!!私に触らないで!曄!!」

 浅井はゆっくりと息を吐いた。

「薫…お前は何故そうやって私の足を引っ張る?私達は夫婦ではないか」

 薫は泣きながら浅井を睨んだ。

「浅井…曄は殺さないって…約束したじゃない…」

 薫の震える言葉を聞いて、曄は愕然とした。

「この女は駄目だ。何かが引っかかるんだ」

 浅井はそう言いながら椅子に座ったまま震える曄を見下ろした。

「お前はさっき私にメンバー全員を殺すのかと訊いたな」

「浅井!」薫が叫んだ。

「答えはイエスだ」

 曄は息を呑んだ。そんな曄を見ながら浅井は薄らと笑った。

「ただ、男も女も関係なく殺すのではない。正確にはメンバーには男はいない。いるのは子供を産む女だけだった」

「…ど、どういう意味?…」

「精子提供者は私だけだ。女達は私の子供を産んだのだ。…全員…薫も含めて…全員だ。だがお前は私の子供は産まなかった。違う男の子供を産んだ」

 顔面蒼白になった曄の前に、浅井は膝をついた。

「しかもその子供は普通ではない。私の遺伝子を受け継いだ子供より遥かに優れている。という事は、父親が普通ではないという事だ」

「浅井!!やめて!!」

 浅井は曄の額に手のひらを当てた。

 その瞬間、曄の身体に激痛が走った。

「キャァ!!」という曄の悲鳴と同時に浅井の身体が後ろに吹き飛んだ。そして浅井の身体が地面に激しく叩き付けられた。

 浅井は慌てて曄を見た。曄は椅子から転げ落ち、唸り声を上げた。

「曄!曄!!」

 薫が泣き叫んだ。

「な、何なんだ…今のは…」

 浅井は呟くように言うと身体を起こし、曄の元へ行き、曄の頭を掴んだ。

「浅井!!やめて!!」

「何故お前の“心”が読めない!?何故“術”が効かない!?お前は何者なんだ!?」

 浅井は曄の首を絞め始めた。


『―――――おまじない。曄が幸せでいれるように……』

 あぁ…おまじないね…美成里……

 

 曄は遠くなる記憶でぼんやりと思った。

 曄の瞳から涙が流れ落ちた。


「やめてぇぇ!!浅井!!」



 …美成里……


「……なり……」

 曄の口が呟いた。浅井は曄の首を絞めながら曄の口を見た。

「…み…な……」

 浅井は全身から血の気が引くのを感じた。

 浅井は曄の身体を突き飛ばし、倒れ込んだ曄に銃口を向けた。

「浅井ぃぃぃ!!!」

 薫の叫び声と同時に浅井は引き金を引いた。











「―――――あれぇ?お姉ちゃんは?」

 沙智はガランとした埃っぽい空気が漂うホールを見渡した。

「美人のお姉さんなら途中で抜け出してそれっきりだよ」

 バーの店員が言った。

「うっそー!!信じらんない!!帰っちゃったの、お姉ちゃん!?」

「家に電話してみたら?さっちゃん」

 憤慨する沙智にスタッフが声を掛けた。

「…そうね」そう言いながら控え室へ戻ろうとした沙智をバーの店員が呼び止めた。

「これ、お姉さんが座ってた椅子の下に落ちてたんだ。お姉さんの忘れ物かもしれないよ」

 そう言いながら沙智にベージュの巾着袋を手渡した。

「お姉ちゃんの?…」

 沙智はそう呟きながら巾着袋の“中身”を取り出した。

「わ!懐中時計だ!」

「おぉ!すっごい細工!これかなり高いんじゃない!?」

 沙智は懐中時計をゆっくりと開いた。

「なんだ…壊れてんじゃん」

 完全に止まってしまっている懐中時計を沙智の横から見た店員が残念そうに言った。沙智は巾着袋の中に紙が入っているのに気付いた。沙智はその二つ折りにされた紙を取り出し、広げた。


  沙智へ

 いつか私の事であなたに会いに来た人に

             この懐中時計を渡して下さい。


                     曄




「……さてと!打ち上げに行きますか!」

 スタッフの1人の言葉に他の店員が歓声を上げた。

「早くさっちゃんも着替えておいでよ…さっちゃん?」

 沙智はその紙を手に持ったまま立ち尽くしていた。












「……よ…曄…曄ぉぉ!…しっかりしてぇ…!!」

 薫は胸から血を流し続けている曄の身体を抱えながら泣き叫んだ。

 浅井が荒い息でそんな2人を見つめた。

「曄ぉ!!お願いょぉ…死なないで…」

「…か…お……」

 微かに動く曄の唇に薫は慌てて耳を近付けた。

「曄!?…」

「お…願い…かお…る…慧を…慧を……」

 薫は泣きながら頷いた。

「大丈夫よ!慧の事は心配しないで!だからあなたも早く元気になって…2人で子供を育てましょうよ!…ね…曄…」

 曄は涙の流れる瞳を静かに閉じた。

 曄の身体から力が抜け、薫の腕の中にゆっくり沈んだ。

「……曄…?…」

 薫は小刻みに身体を震わせた。

 そしてぐったりと動かなくなった曄の身体を抱きしめた。



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