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Power Song16

君のために僕は詠う。

Power Song16




 …僕は……何をやっているのだろう?……


 しっかりと閉じた瞳から微かに涙を滲ませながら、必死に僕を受け止めようとしているアキ―――


 一番泣かせたくない人を僕は泣かせている

 一番傷付けてはいけない人を僕は傷付けている


 …僕は…一体何をやっているんだ……





















 PM8時45分―――――本条と清子が入った居酒屋はサラリーマンやOLで賑わっていた。清子は生ビールを飲み、小鉢に盛られた煮物を口へと運んだ。

「……本当に大丈夫かしら?…」

 清子の言葉に、“おしながき”を見ていた本条は顔を上げた。

「…ケイの事か?」

「えぇ…ケイ君…様子がおかしいじゃない?…なんだかすごく追い詰められてるような感じがするの…有治君だってそう感じるでしょ?」

 本条は眉間にしわを寄せたまま、小さく頷いた。

「……私はケイ君の身体の事が心配なのよ。…でも私の言う事なんか聞いてくれないし…ねぇ、有治君の方からもケイ君を説得してくれない?浅井先生の所で治療するようにって…」

「…俺が言っても無駄だよ。ケイが今何を考えているのか俺には分からないからな…」

「…それはそうだけど…」清子はそう呟きながら生ビールを一口飲んだ。「…アキちゃんに説得してもらっても…それでも駄目かしら?」

「…俺もその事は考えていたんだ」

「そうよね!アキちゃんの言う事ならケイ君だって聞かないワケにはいかないわよね!」

「ただ…」本条は静かに清子を見つめた。「俺はケイの今の身体の状態について何も知らない。だからアキちゃんにどう言ったらいいか分からないんだ」

「それを調べるために浅井先生にお願いするんでしょ?」

 清子は眉をひそめた。

 本条は小さく唸りながら視線を落とした。

「…何を考えているの?有治君…」清子は不安げに尋ねた。

「…ケイは…自分の身体について何か知っているんじゃないかと思うんだ」

「え?…ケイ君が!?」

 清子の言葉に本条は頷いた。

「…じゃぁ…どうして私達に話してくれないの?…私達に心配かけたくないからかしら?…」

「いや…それもあるかもしれないけど…もっと違う事を考えてるような気がするんだ」

 本条がそう言った時、店員が料理を運んで来た。

「お待たせしました〜…“ダシ巻き玉子”はもうちょっとお待ち下さいね〜」

「はぁい…」清子はそう言いながら、小皿に料理を取り分け始めた。「……もっと違う事って?」

「…俺には分からないよ」

 本条は苦笑しながら答えた。

「…もう…分からない事だらけね…はい、有治君」

 清子は小皿に盛った料理を本条へ手渡した。

「……でも、その人ならもう分かっているかもしれない…」

「…え?」

 清子の顔が歪んだ。

「清子、その浅井先生に直接会う事は出来ないか?」本条は真っ直ぐに清子の顔を見つめた。「なるべく早い方がいい…」

 清子はしばらくの間、本条の顔を見つめた後、小さく頷いた。

「言ってみるわ。ただ…浅井先生、今イタリアへ行ってるの。いつ日本へ戻って来るのか聞いてないのよ」

 清子の言葉に、本条は眉間にしわを寄せたままため息を吐いた。














 次の日の朝、ホテルのレストランで朝食を済ませ、10時前にホテルをチェックアウトしたケイとアキは葉桜が立ち並ぶ公園へと足を運んだ。

 朝から厚い雲が空を覆い、公園にいた人々は寒そうに身体を縮めながら桜並木を散策していた。それでも時折射す陽射しの線が、ハラハラと舞い落ちる桜の花びらを照らし、アキの心を和ませた。

「…キレイね…天気が良かったらもっとキレイだったかなぁ…」

 アキは傍らを歩くケイの顔を見ずに言った。

「うん…アキ、寒くない?」

「少し寒いかな…」

 アキはそう言いながら、公園の中央にそびえ立つ大樹に目を見張った。

「あの樹、大きいね!行ってみようか!」

 駆け出したアキの後を、ケイは苦笑しながら追った。

「見て!ケイ君!幹がこんなに太いよ!」アキは声を張りながら、大樹に腕を回した。「何百歳ぐらいかなぁ?…何千歳?…」

 そんなアキを見つめながら、ケイはくすくすと笑い出した。

「何で笑うの!?」

「だって…そこの子供と同じ事してるから…」

 笑いながら言うケイの言葉に、アキは視線を落とした。

 アキの反対側にいた子供が、アキと同じように短い両腕を目一杯広げ、大樹に抱きついていた。そしてそのつぶらな瞳でアキを見上げた。

「こんにちは」

 アキは笑顔でその子供に話しかけた。

「…こんにちは…」

 子供は恥ずかしそうに答えた。

「ボク、いくつ?」

 アキの問いかけに、子供は懸命に人差し指と中指を立てた。

「2歳?」

 子供は頷いた。

「お父さんとお母さんと来たの?」

 アキの言葉に子供はまた頷いて、少し離れた場所にいる若い男女を指差した。そしてその子供は若い男女の元へ駆け出して行った。

 ケイは、小さな子供の背中を見守るアキを静かに見つめた。

「……アキ、子供が出来たら名前なんて付けたい?」

 ケイの突然の質問に、アキは驚いた。

「名前?…えぇっと…そうだな…」アキは呟きながら口に手を当てた。「女の子だったら…サクラとか…」

 アキはそう言いながら、桜並木を見渡した。

「男の子だったら?…」

「男の子?…そうね…」眉間にしわを寄せて考え込むアキの横顔を、ケイは黙って見つめた。そしてアキの表情に影が落ちた事に、気付いた。

「…ケイ君…あのね…」アキはそう言ってケイの顔を見た。「…ケイ君に言わないといけない事があるの…」

 ケイは自分の顔が微かに強張ったのを感じた。「…何?」

「…うん…」アキは視線を下に向け、息を吐いた。「お医者さんに…子供が出来にくいって言われたの…治療は色々あるからって言われたけど…でも時間かかるみたいなんだ…今度一緒に来て下さいって…」

 アキはそこまで言って、おずおずと顔を上げた。ケイの表情が険しくなった事に、アキは動揺した。


『―――あんたは何にも分かってないよ…アキさんの事、何にも分かっていない……』


 智日の言葉が、ケイの頭に響いた。

「…ケイく…」

「その事、智日に話したのか?」アキの言葉を遮り、ケイは言った。「何で智日が知っているん…」

 ケイはハッと我に返った。

 アキの表情が一変した事に気付き、ケイは慌てた。

「ご…ごめん…」

「そんな事…智日君に言うワケないじゃない…」

 アキは揺れる瞳でケイを見つめた。その瞳からは失意の色が滲み出ていた。

 ケイは言葉を失い、アキの強張った表情を見つめた。

 アキは静かに…視線を自分の足元に落とし、小さく息を吐いた。

 冷たい風が、立ち尽くす2人の頬を撫でた。

 アキは唇をギュッと結び、空を仰いだ。

「…温かいモノ飲みたいね…」アキは公園の入り口付近に設置された売店を指差した。「あそこで何か買って来るよ…」

 そう言って駆け出そうとしたアキの腕を、ケイは掴んだ。そしてアキの身体を引き寄せた。

 「キャッ…」その力はケイが思っていた以上に強く、アキの身体は大樹の幹にぶつかった。

 ケイは軽いパニックに陥りながら、アキの身体を大樹の幹に押し付けた。

「…ケ…ケイ君…?…」

 アキも動揺を隠せずに、ケイの顔を見つめた。

 ケイは黙ったまま、アキの腕を掴む手に力が入った。

「ケ、ケイ君…人が見てるから…」アキは必死に言った。「…お願い…ケイ君…」

 今にも零れそうなほど瞳に涙を溜めたアキを見ながら、ケイは言いようのない不安に襲われた。

「……僕の事だけを考えて…」

「え?…」

「僕の事だけを考えて……僕の事だけを見て…アキ…」

 ケイは呟くように言って、アキの身体に自分の身体を押し付けた。

 公園を散策していた人々や、大樹の周りにいた人々がケイとアキに注目していた。

 アキの身体から力が抜けていき、立っているだけでもやっとだった。

 ケイの頬の冷たさを感じながら、アキはケイの背中に手を当てた。

「……私は…いつも…ケイ君の事だけを考えているんだよ…」

 アキの口から漏れた言葉を、ケイは黙ったまま聞いていた。

 アキもそれ以上何も言わず……涙を一粒零した。


















「――――聞いているのか?智日?…」

 大神の言葉に、智日はハッとした。

「す…すいません…」

 智日はそう言ってうつむいた。大神はそんな智日を見つめながら、大きく息を吐いた。

「この仕事から手を引くか?」

 大神の言葉に智日の顔が一気に青くなった。

「ほっ本当にすいませんでした!大丈夫です!ちゃんとやれます!」

「だったら上の空で私の話を聞くな」

「はい…すいません…」

 大神は息を吐きながら、片手で自分の顔を撫でた。

「今日、奥様が久田とともにイタリアから帰国される。智日、空港まで奥様を迎えに行け」

「…分かりました」

 智日は小さく頷いた。大神は椅子からゆっくりと腰を上げ、目の前に座っている智日を見下ろした。

 智日は大神の身体が一回り小さくなったように感じ、思わずギョッとした。

「智日…お前は黒崎を殺すためならなんでもやると言った。その言葉に嘘偽りが無いのなら、もう一度気を引き締め直せ。奥様にこれ以上迷惑をかけるな。今は自分に与えられた任務に心血を注げ。それが出来ないのであれば…お前に未来は無いと思え」

 智日は大神の気迫に圧倒され、唇を噛んだ。

 大神は黙り込んだ智日を見下ろしたまま、息を吐いた。

「…智…」

 大神がその言葉と一緒に大量の血を吐いた。そして大神の身体が大きく揺れた。智日はスローモーションのようにゆっくりと倒れ込む大神の身体を見つめた。

 鈍い音が部屋中に響いた。

 智日はハッと我に返り、その場に倒れ込んだ大神に慌てて駆け寄った。

「おっ大神さん!!大神さん!!」

 大神の薄い瞼がピクピクと痙攣し始めた。

 智日はどうしたらいいか分からず、懸命に大神の名前を叫び続けた。


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