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Power Song7

君のために僕は詠う。

Power Song7




「―――アキ?」

 ケイの声にアキはハッとした。

「おっおはよう!ケイ君!ちょっと待っててね!すぐパン焼けるから!」

 アキはそう言いながらガチャガチャと食器を居間のテーブルに並べた。

「どうかした?」

「え?」

「いや…ボーっとしてたから…」

「そう?…」

 アキはあせあせしながら、カップにコーヒーを注いだ。

 ケイは不思議そうにアキを見つめながら、コーヒーをすすった。

「そういえば…外尾先生が奥さんと近い内に家に来るって」

「え!?」

「アキの手作りお菓子食べたいって…」

「えぇ!!やだ!!どうしよう!…ケ…ケイ君!」

「アキ…落ち着きなって…」

 アキの動揺ぶりに、ケイは思わず吹き出した。

「笑い事じゃないって!…どうしよう!どうしよう!…何作ったらいいかな…」

 そんなアキを見つめながら、ケイはある異変に気付いた。

「…アキ…なんか焦げ臭い…」

「へ?」

 アキはハッとして、慌てて台所へ駆け込んだ。

「きゃぁぁ!真っ黒焦げ!!」アキは真っ黒に焼き上がった食パンを見て悲鳴を上げた。

「――――どうした?随分騒がしいな?」

 本条は苦笑しながら台所を覗いた。

「先生…すいません、パン焦がしてしまいました…すぐ焼き直しますから…ケイ君ももうちょっと待ってて…」

 しゅんと落ち込みながら言うアキに本条は微笑んだ。


「珍しいね?アキちゃん。考え事でもしてた?」

「考え事?アキ、何考えてたんだ?」

 ケイの言葉にアキは言葉を詰まらせた。

「アキちゃんだって考え事ぐらいするよな?」

 本条はケイの言い方に呆れながら言った。

「そうよ!私だって色々考えてるのよ!」

 アキも口を尖らせた。

 ケイはテーブルに頬杖をつき、焼きたてのパンにバターを塗っているアキをじっと見つめた。

「…本当に、何考えてたんだ?アキ?」

 本条とアキはさすがに唖然とした。


























 悠輔は昼過ぎにマンションを出て、バスで駅に向かい、電車に乗り込んだ。

 平日の午後3時という事もあり、電車内は比較的空いていた。斜め前の座席に座っている買い物帰りのおばさんがウトウトと居眠りをしていた。

 悠輔はそんな穏やかな光景を眺めながら、膝の上に置いたバックを握り締めた。

――――これで終わる…これで自由だ。


 悠輔は目的の駅で降り、ホームの階段を駆け下りた。そして友田が指定した場所へと急いだ。

 友田が指定した場所――それは駅近くの商店街の一角にある寂れた喫茶店だった。悠輔は恐る恐る店のドアを開けた。ドアに付いていた鈴がチリンチリンと鳴った。店は営業しているのかどうか分からないほど薄暗かった。悠輔は唾を飲み込み、店内に入った。

「…すいません…」

 か細い声で、悠輔は言った。だが返事は無かった。悠輔は仕方無く、店の奥へと歩みを進めた。

「――――ご苦労だったな、悠輔」

 悠輔はその声に飛び上がった。

 友田は店の奥の窓際に置かれた革張りのソファに脚を組んだ姿勢で座っていた。

「やれば出来るじゃないか」

 友田はそう言うと小さく笑った。そして悠輔にも自分の前にある椅子に座るように言った。悠輔はそれに従った。

「まず、データを確認したい」

 友田の言葉に悠輔は頷いた。自分のバックからノートパソコンを取り出し、USBをポートへ差し込んだ。

 静まり返った店内に、悠輔がキーボードを叩く音だけが響いた。

 しかし、その音がピタリと止まった。

「…そんな…」

 悠輔は震える声で呟いた。

「…どうした?」

 友田が眉間にしわを寄せた。

 その時、悠輔の携帯が鳴った。悠輔は慌てて携帯に出た。

[ 悠輔?俺だ、俊哉だ]

「しゅ…俊哉!お前っ!!…」

[ 悪いな、悠輔。お前には交渉なんて無理だ。そばにボスがいるだろ?かわれよ]

 俊哉の言葉に悠輔は愕然とした。

「…しゅ…俊哉…お前…なんて事を…」

[ いいからかわれって。俺が旨くやってやるから…]

 悠輔は頭を抱えながら、大きく息を吐いた。「…俊哉…っ!!…」

 友田はそんな悠輔から携帯を奪い取った。

「私だ」

[ おぉ!ボス!はじめまして。俺、俊哉です]

「あぁ、知っているよ」

 友田は苦笑しながら言った。

[ 今からは俺と交渉してもらいますから]

「あぁ、いいだろう」

[ まず、パソコンの画面見てもらったら分かるでしょうけど…俺、そっちがほしがってるデータにセキュリティ・ロックかけてますから] 

「ほほう?…」

[ そのロックは俺が設定したパスワードでしか解除出来ないから]

「それは、それは……で?お前の目的は何だ?」

[ 金。もっと金がほしいです] 

「我々が提示した報酬金額では足らないか?」

[ 足りませんね。全然足らない。俺達はそれだけの仕事をしたんだ]

「…そうだな…だが、金を出すのは私ではない。会長に準備してもらわないといけない。一体、いくらほしいんだ?」


 俊哉は軽く息を吐いた。

[ 3人で3億]

「…ククク…1人1億か?」

[ そうだ。あの会長さんならそれぐらいすぐ準備出来るだろう?]

「そうだな。今から会長に話をしよう。…それからどうする?」

[ 俺が指定する場所に悠輔と一緒に来い。もちろん金を持ってだ。それに、悠輔に何かしたらパスワードは絶対に教えないからな]

「ハハハハ…分かった。約束しよう」

 友田の声を聞きながら、悠輔は絶望感に襲われていた。今までの苦労がすべて無駄になり、生きる希望さえも薄れていった。

 友田は携帯を切り、悠輔の目の前に差し出した。

 悠輔は青ざめた顔で友田を見た。

「…良い友達を持ったな、悠輔」

 友田はそう言いながら薄らと笑った。






















 智日はJUN−CAFEを出て、いつもと違う道を歩くアキの背中を追っていた。

≪…一体どこに行ってるんだ?…≫

 アキは市街地の大通りに面したカフェに入った。先に店に来ていた加茂夕貴は笑顔で手を振った。

「アキちゃん!こっちこっち!」

「遅れてすいません!夕貴さん!」

 アキは謝りながら椅子に腰を下ろした。


≪…あぁ、お友達とお茶かぁ…≫

 智日はそんな事を考えながら2人の様子を観察した。


 1時間ほどお喋りをした後、アキと夕貴は店を出て大手デパートへ向かった。7階の催し物広場で開催中のバーゲンで大量に買い込んだ夕貴の荷物をアキも持たされたまま、今度は夕貴行きつけの店に向かった。

 そんな2人の様子を見ながら、智日は苦笑した。


「…夕貴さん、まだ買うんですか?」

 アキは息を乱しながら言った。

「まだまだ!アキちゃんは?何にも買ってないじゃない!?」

「私、別にほしいのないですもん…」

「駄目よ!そんな事じゃ!女はいくつになってもおしゃれに気を遣わないとお終いよ!!」

「はぁ…」

 アキは苦笑しながら言った。

「…でも少し喉渇いたわね。ねぇ、あの店入ろうか?アキちゃんにはたくさん荷物持たせちゃったからね!何かご馳走するわよ!」

 夕貴の一声で、2人はデパートの地下1階にある<スイーツ・パーラー>へ入った。

 智日はげんなりしながらも、2人の後を追った。

 店内は会社帰りのOLや女子学生達で賑わっていた。智日は帽子を深く被ったまま、店内の一番奥の席に座った。

「ご注文は何になさいますか?」

「…コーヒー…」

「アイス?ホット?」

「…ホット…」

「以上でよろしいですか?」

「…あぁ…」

 智日は低い声で若い女性店員に言った。店員は眉をひそめながら厨房へと入って行った。

 アキは相変わらず、夕貴の話を頷きながら聞いていた。そして話を聞きながら、視線をずらした。

 アキは一瞬固まった。

「…でね、昇の奴…アキちゃん?どうしたの?」

 アキは勢いよく立ち上がり、店内の一番奥の席に向かって歩き出した。

≪うわっ!やべぇ!…≫

「…智日君?」

「え?…おぉ!アキさんじゃないですか!?どうしたんスか?こんなトコで!」

「えぇ?それはこっちの台詞よ!智日君こそどうしたの?…あ…もしかして彼女と待ち合わせ?」

 アキはそう言いながら辺りを見渡した。

「いや…待ち合わせじゃないっス…」

「そうなの?…もしかして1人?」

「はぁ…まぁ…」

 まごまごと話す智日を見ながら、アキは早くその場から立ち去った方がいいような気がしてきた。

「ごめんね、騒いじゃって…じゃぁね!」

「あっあの…アキさん!」

 智日の声に、アキは振り向いた。

「あの…昨日はご馳走様でした…」

 智日の言葉にアキは微笑んだ。

「また食べに来てね、智日君」

 ほんの3分ほど前に店に入ってきた数名の女性客のうちの1人が、アキと智日の会話を聞きながら身体を震わせた。ゆっくりと立ち上がり、2人に近付いた。

「何の冗談よ、智日…」

 低い声で言う女の声に、智日はギョッとした。

 アキはワケが分からず、その女を見つめた。

「何でこんな女と一緒なワケ?」

「…今日子ちゃん…」智日はげんなりしながら今日子を見た。「この人は関係ないから…そんな言い方しないでよ…」

 アキは今までの経験上、2人の関係に関わってはいけないと判断し、その場から立ち去ろうとした。

「ちょっと待ってよ。あんた、智日の何?」

 行こうとするアキの腕を掴み、今日子は言った。

「今日子ちゃん!」

「わっ私は智日君とは何でもありませんから!」

 アキの言葉に今日子はキレた。

「何でもない事ぐらい分かるわよ!」

 今日子の言葉に今度は夕貴がキレた。

「何よ!あんた!その言い方!!」最初はポカンとしていた夕貴だったが…今日子の横柄な態度にムッとして、勢いよく立ち上がり、カッカッカッとヒールの音を響かせながら駆け寄った。

「あんたこそ何よ!」

「まったく!ちゃらちゃらしちゃって!」

「おばさんは引っ込んでてよ!」

「おばさん!?」

 ギャアギャアと夕貴と今日子の怒声が店内に響き渡った。智日とアキと店員はおろおろとするばかりだった。




「―――あの女、一体何なのよ!アキちゃん!!」

 やっと沈静した店内で、夕貴はおさまらない怒りをアキにぶつけた。

「…いやぁ〜…私もよく分からないです…」

 アキはそう言いながら、すまなそうに立ち尽くしている智日に目をやった。

「本当に…すんませんでした…」

「そうよ!大体君がちゃんと教育してないからあんなわがままになるのよ!しっかりしなさい!彼氏でしょ!?」

「…彼氏じゃないし…」

 夕貴の言葉に、智日はムッとしながら呟いた。

 その時、智日の携帯が鳴った。

[ 私だ。奴等が動き出した。夫人の警護は私がやるからお前はケイと奴等の所へ向かえ]

「え?…あ…はい、分かりました…」

 大神の言葉に、智日はそう言って携帯を切った。

「…あの…こんな時にすんません…俺、もう行かないと…」

「は!?」

 怒り出した夕貴をアキはなだめた。

「いいわよ、智日君」

「本当にすんませんでした…」

 智日は納得いかなかったが、とりあえず頭を下げた。そして急いで店を出た。

「智日君!待って!」

 アキが智日の後を追ってきた。

「ね!智日君…大きなお世話かもしれないけど……もう一度彼女と話してみて。きっと智日君の気持ち、伝わるから…」

 アキはそう言いながら微笑んだ。智日は黙ったまま、アキを見つめた。

「じゃぁね!」アキはまた店内へと入って行った。

 智日はそんなアキの後姿を見つめながら……大神の気配に気付いた。振り向くと、数メートル先のエレベーターの横に立っていた大神が ―――早く行け!――― と合図した。智日は小さく息を吐き、買い物客の間をすり抜けながら店内を駆け抜けた。



















 ケイは智日が運転する車で、友田と悠輔を乗せた乗用車の後を追った。

「…ここ、どこ?」

 市街地から離れ、山手の方へと向かう車の中でケイは呟いた。

「俊哉は悠輔と入っていた児童施設を交渉場所に選んだんですよ。まぁ、小さい頃から暮らしてて抜け道とか知ってるからでしょうけど…それだけで施設を交渉場所に選ぶなんてホント馬鹿だよなぁ…」智日は苦笑しながら言った。「もうちょっとしたら着きますよ。…ほら、見えてきた」

 智日は車を茂みの中に隠し、走って友田達の乗った乗用車の後を追った。

 友田達の乗った乗用車はすでに廃校になった小学校のような寂れた建物の門を潜った。

「…学校みたい…」

「そうです。元は小学校だったんですけど、当時の市長さんがもったいないからって言って、改築して児童施設として使ってたんですよ」

 ケイの言葉に智日は素早く答えた。

「…今はやってないのか?」

「えぇ…その施設で児童虐待があってたんですよ。子供が1人死んで、やっと事件が表沙汰になった。それでマスコミとかに騒がれて、市長さんが閉鎖しちゃったんですよ」

 ケイはうつむいたまま、智日の話を聞いた。

「…他の子供はどうなったんだ?」

「他の子供はそれぞれ違う施設に入ったりしたみたいです。でもほとんどの子供が虐待受けてたから精神的にうつ状態になったり、怪我がひどくて入院したりしてすぐには落ち着かなかったみたいですよ。…悠輔も俊哉もその被害者ですよ。特に悠輔の妹はその虐待のせいでしばらくの間口が利けなくなって、身体の不調を悠輔に伝えられなかった」

「…妹は病気だったのか?」

 ケイの言葉に智日は頷いた。「重度の心筋症」 


 友田達は薄暗い校舎の中へ入って行った。ケイと智日も少し距離をおいて中に入った。友田達は長く続く廊下を歩き、校舎の裏手にある体育館へと向かって行った。

「―――おい…」

 ケイの言葉に智日は振り向いた。

「…今日、アキ何してた?」

「へ?」

「ここに来る前に携帯に掛けたけど出ないんだ。何かあったのか?」

 智日は言葉を詰まらせた。

≪…俺が振った女とトラブルがあった…なんて絶対言えねぇよな…≫

「……加茂夕貴って人の買い物に付き合わされてましたよ」

 智日の言葉にケイは あぁ…と納得したように頷いた。



 どっぷりと陽が落ち、真っ暗になった体育館の中央で友田は立ち止まった。そして持っていたアタッシュケースを足元に置いた。悠輔も両手でアタッシュケースを抱え、友田から少し離れた場所でキョロキョロと辺りをうかがいながら立ちすくんでいた。

 その時、体育館の隅の方から小さな灯りがゆらゆらと揺れながら近付いてきた。悠輔はその灯りに目を凝らした。

「――――あんたがボス?」

 俊哉は懐中電灯を手に、友田に近付いた。

「あぁ、そうだ」

「金は?準備出来た?」

 俊哉の言葉に、友田はアタッシュケースを開け、びっしり詰まった札束を見せた。

「悠輔が持っているケースと合わせて3億だ。これで満足か?」

 友田の言葉に俊哉はニッと笑った。

「じゃぁ、約束通りパスワード教えてやるよ」

 俊哉はそう言いながら持っていた懐中電灯を手放した。そして素早くズボンのウエスト部分に挟んでおいた拳銃を抜き取り、友田に銃口を向けた。

「…!俊哉!!」

 悠輔は叫んだ。

「…ほほう…拳銃か…真っ暗だぞ、ちゃんと撃てるのか?」

 友田は苦笑しながら言った。

 俊哉の顔が険しくなった。

「馬鹿にすんなよ!言っとくけどな、これ本物だからな!いいか!?少しでも動いてみろ!ぶっぱなしてやるからな!!」

「俊哉!やめろ!」俊哉は震える声で叫んだ。「こいつらはプロの殺し屋だ!俺達が勝てる相手じゃないんだ!!」

「何情けねぇ事言ってんだよ!悠輔!」

 俊哉は友田に銃口を向けたまま叫んだ。

「しゅ…俊哉…」

 ガタガタと震える悠輔を横目に、俊哉は友田に言った。「金を置いて、ここから立ち去れ!」

「パスワードをまだ聞いていないぞ、俊哉」

 友田はそう言って俊哉に近付いた。

「動くなって言ってんだろ!!」

 俊哉は一歩後ろへ退いた。

「やめて下さい!友田さん!!セキュリティなら俺が解除します!!だから俺達を殺さないで!!」

「何言ってんだよ!悠輔!!俺達はこの金で幸せに暮らすんだよ!4人で幸せに暮らすんだ!!」

 俊哉は拳銃の引き金を引いた。

 拳銃の弾は友田の左腕をかすめた。

 俊哉はもう一度銃を構えようとした―――が、友田に腹を蹴られ後ろに引っくり返った。

「俊哉!!」

 悠輔は慌てて俊哉に駆け寄った。

「こんな至近距離にいてやったのに、全く駄目じゃないか」

 友田は苦笑しながら2人に近付いた。


 ケイの身体が微かに動いた。それに気付いた智日は慌ててケイを止めた。


 その時、外から射す激しい光が体育館内に溢れた。悠輔と俊哉は思わず目を細めた。

「――――まったく、いい茶番劇だな」

 ブツブツ言いながら脇田大二郎が体育館内へ入ってきた。ぶってりとした身体を毛皮のコートで包み、肩を左右に揺らしながら悠輔と俊哉に近付いた。

 脇田の後ろから、また違う男が蒼太を抱えて入って来た。

「蒼太!蒼太!!」

 俊哉は顔を真っ青にして叫んだ。

「本当に図々しいガキだな。外にいたガキもそうだ。最近の若造はみんな礼儀を知らん」

 脇田の合図で、蒼太を抱えていた男が蒼太の身体を悠輔と俊哉の前に投げ捨てた。蒼太は頭から血を流しながら息絶えていた。

「…そ…蒼太っ…」

 俊哉は身体を震わせ、泣き崩れた。

「さっきの威勢はどこに行った?俊哉?」

 友田は笑いながら言った。

「な…何で…何でこんな事…」悠輔は怒りで震えながら友田を睨んだ。

「悠輔、お前が悪いのだ。お前がさっさと仕事を済ませていればこんな事にはならなかったのだ」

 友田はそう言うと、身体を震わせながら泣いている俊哉に銃口を向けた。

「やめてくれ!!」

 悠輔の叫び声と同時に銃声が体育館内に響いた。

 ぐったりと動かなくなった俊哉の身体を両手で覆いながら、悠輔は肩を震わせ、むせび泣いた。

「泣いている暇はないぞ、悠輔」

 友田の言葉に悠輔は顔を上げた。

「妹のためだ。悠輔、早くデータをよこせ」

 脇田は苛立ちながら言った。

 悠輔は震えながらも、バックからパソコンを取り出し電源を入れた。

「もう失敗は許されないぞ」

 友田の言葉を聞きながら、悠輔は大きく息を吐いた。


――――4人で幸せに暮らすんだ!!――――


 悠輔は俊哉の言葉を思い出していた。


俊哉…蒼太…ごめんな…


 悠輔はキーボードを叩いた。

< YUDUKI TSUTSUI >


 パソコンの画面が動いた。

 悠輔は無言のまま、USBをパソコンから抜いた。そして友田に差し出した。

「やれば出来るじゃないか、悠輔」

「…友田さん…会長さん…どうか…どうか…妹には手を出さないで下さい…お願いします…」

 悠輔は涙を流しながら言った。

「安心しろ、悠輔」友田は銃口を悠輔に向けた。「あの娘はそのうち死ぬんだからな」


 ケイと智日は黙ったまま、悠輔が撃ち殺されるのを見つめていた。


「――――ハハハハ!やっと片付いたな!友田!さぁ、屋敷に戻ってデータを確認するぞ!」

 脇田は上機嫌で言った。

「会長、そのデータはニセモノですよ」

 友田はそう言って薄らと笑った。

「どういう意味だ…友田…」

「会長がほしがっている男のデータなんか入ってないと言っているんですよ」

 脇田の表情がみるみる強張った。

「私を騙したのか?友田…」

「騙したつもりはありませんよ。ただ、これも仕事ですので…」

 友田はそう言いながら脇田の後ろに立っている男を見た。その男も笑いながら体育館の入り口を見た。

 体育館の入り口には長身の男が立っていた。


「……黒崎…」

 智日はため息交じりの声で呟いた。

 ケイはのっそりと体育館に入って来た黒崎の姿を見つめた。


「お…お前は誰だ!?」

「はじめまして、脇田会長。私は黒崎という者です」

 脇田の言葉に、黒崎は笑顔で答えた。

「…いっ一体これはどういう事なんだ!?」

「脇田会長、私共のもとにあなた様の暗殺依頼がきました。申し訳ないのですが…あなた様には死んでもらいますよ」

 黒崎は笑顔でそう言いながら、懐から拳銃を抜き出した。

「まっ待て!だっ誰が依頼したんだ!?よし!そいつの倍の報酬を出すぞ!私ではなくてそいつを殺してくれ!!」

「残念ですが、先に契約した方が優先ですので…」

 黒崎は銃口を脇田に向けた。

「まっ待ってくれ!!」

 パ―――ンと乾いた音が響いた。脇田のデカイ身体が、ズシンと床を揺らしながら倒れ込んだ。

「結構面白かったぞ、友田」

「それは良かった。でも、よくデータがニセモノだって気付いたな、黒崎」

 黒崎はクックックッと笑い出した。

「智日のする事なら何でもお見通しだよ」

 黒崎はそう言いながら、ケイと智日が隠れている2階にある放送室に目をやった。

 そして智日の目を見て、微笑んだ。
















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