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Power Song5

君のために僕は詠う。

Power Song5




 今日子は長い間、テーブルの上のアパート鍵を見つめていた。

 玄関に落ちていた鍵。

 智日に渡したはずの鍵。

 今日子は込み上げる感情をなんとか抑え、携帯のボタンを押した。








 ポケットの中の携帯がブルブル震え出した。智日は目の前の革張りのソファに座っている薫とその横に立っている大神にヘコヘコと頭を下げながら携帯に出た。

「もしもし?」

 無言の音を耳で感じながら、智日は≪やれやれ…≫と、ため息を吐いた。そしてソファから腰を上げ、部屋の隅に移動した。

「今日子ちゃん?」

 今日子は激しく脈打つ鼓動にクラクラしながらも、声を絞り出した。

[ …智日…]

「何?どうしたの?」

 今日子は言葉を詰まらせた。

[ …鍵…]

「あぁ、玄関に落としてたの分かった?」

[ …うん…]

「良かった」

 あまりにもさっぱりとした智日の言い方に、今日子はムッとした。

[ どうして?…どうしてそんな事するの?]

「どうしてって?何が?」

[ 鍵!!いらないの!?]

「…うん。俺には必要無いかな…」

 智日の言葉に今日子は愕然とした。

[ …どうして…?]

 智日はイライラしながらも穏やかな口調で喋った。

「やっぱりさ!今日子ちゃんには俺なんかより彼氏の方が良いって!」

[ だから!あいつは彼氏なんかじゃないって!]

 今日子の震える声に、智日は大きくため息を吐いた。

「落ち着いてよ、今日子ちゃ…」

[ ……愛してるの…智日…]

 智日は全身から血の気が引くのを感じた。

[ …ずっと待ってたのよ…3年間…智日が私に逢いに来てくれるの…ずっと…だから…私…]

「―――愛って何だよ?」

[ え?]

「だからぁ〜その“愛”って何だよ!?」

 智日はムカムカした感情が口から溢れ出そうだった。耳元に響く今日子の啜り泣く声が苦痛で仕方無かった。

「何回か寝ただけでもう愛を語るのか?…クク…馬鹿だよなぁ〜今日子ちゃんも。俺、そういうの嫌いなんだよね。それと…勝手に俺の携帯見て番号登録するような女も嫌い」

 今日子は完全に言葉を失った。涙だけが止め処なく流れ落ちた。

[ …智…]

「もう、これで終わり。分かった?今日子ちゃん?」

[ さ…]

「もう二度と会う事ないから。バイバイ」

 智日はそう言って携帯を切った。携帯をし折りたい気分をなんとか抑えながら、智日は大きく息を吐いた。


「――――あんまり調子に乗ってると、後で痛い目に遭うわよ」

 薫は紅茶をゆっくりすすりながら言った。智日は気まずそうにしながらソファに腰を下ろした。

「…聞いてたんですか?薫さん」

「聞いてたんじゃないわよ。聞こえたの。ねぇ、大神?」

 大神は呆れたように首を振った。

「アメリカにいる頃から派手に遊んでたみたいだけど…よくまぁ食い飽きないわね〜智日」

「ちょっと待って下さいよ、薫さん!人を猛獣みたいな言い方して!俺だって好みがあるんですよ!」

「あら?そうなの?女なら誰でもOKなんじゃないの?」

 薫は楽しそうに笑った。

「違いますよ!俺、胸がでかくて色気のある女が…女性が好きなんですよ!」

「色気のある女ねぇ〜…じゃぁ、アキちゃんみたいな子はタイプじゃないのね?」

 智日は苦笑しながら肩をすくめた。

「俺、薫さんみたいな女性が好みなんですよ」

「それを聞いて安心したわ、智日」

 薫はクスクス笑いながら言った。

「――――奥様、そろそろ本題へ…」絶妙のタイミングで、大神は薫と智日の“お喋り”に割って入った。「…智日、“情報屋”の動きはどうなっている?」

「…えっと…今の所何にも無いけど…そろそろ動き出すかもしれないですね」

 智日の言葉に薫は首を傾げた。

「どういう事?」

「奴らの動きがバラバラになろうとしてるんですよ」

「へぇ〜…仲間割れって事?」

 薫の言葉に智日は首を横に振った。

「最初っから奴らの目的は違ったんだ。…まず、筒井と藤村と坂本。この3人は大金がほしかったから脇田の爺さんの誘いに乗った。脇田の爺さんはケイさんの情報がほしくて3人に大金を出した。そして友田達はこちらの情報がほしくて脇田の爺さんに旨い事いって動かした。ね?目的がバラバラでしょ?」

 智日は笑顔で言った。

「ビジネスってモノはそういうものでしょ?智日。お互いが違う利益のために協力する…別におかしい事ではないわ。私達組織もそうやって成り立っているのよ……」と、怪訝そうに薫は言った。

「確かにビジネスってのはそういうモノっスけど、問題は友田達…正確には友田を操る真の“ボス”の目的がこの組織だって事ですよ、薫さん。…こういう事って前にもありませんでしたか?」

 智日は薫の表情が変わった事に気付いた。

「智日、お前は一体何が言いたい?」

 大神の言葉に智日は微笑んだ。

「薫さんの元旦那でこの組織の元トップの意志を継ぐ者が存在する…」

「…浅井の意志を継ぐ者?…」

「そう…浅井の昔からの親友で、浅井の死を薫さんと同じぐらいに喜んだ男…」

 智日の言葉に薫は笑い出した。

「…あぁ…黒崎…やっぱり黒幕は黒崎ね…」

「やっぱりって…知ってたの?薫さん…」

 智日は寂しそうに言った。

「…いえ…ただ、そろそろ黒崎が現れるんじゃないかって大神とも話していたの。3年前にアメリカの機密捜査部隊の手から逃れた黒崎のその後の足が掴めなかったの。機密捜査部隊から逃げる時にかなりの深手を負ったらしいから動けるようになるまでどこか女のトコにでも潜伏してたんじゃないかしら?」

「その通り、薫さん…でも正確には女のトコじゃなくて殺し屋仲間にかくまってもらってたんだ。その仲間の1人が友田。この友田は俺も知ってるよ」

「そう…それで?黒崎はその友田と組んで私の組織を乗っ取ろうとしているのね?」

 薫の言葉に智日は頷いた。

「あの男はよく薫さんの話をしてたよ。『組織も薫も俺のモノだ』ってね。美人は辛いね」

「えぇ…」智日の言葉に薫は吹き出した。「お前は黒崎の企みを知ってて…私の組織に入ったのね」

「そうですよ。言ったでしょ?俺はあの男を殺すためなら何だってやるって…」

 そう言う智日の顔を薫は見つめた。

「お前は分かっているのね?今のお前では黒崎には勝てないと…」

 薫の言葉に智日はうつむいた。

「俺だけじゃない…薫さんも分かってるよね?」

 智日はゆっくり顔を上げ、薫を見た。

「薫さん、この組織は浅井が存在した時と比べて明らかに衰退している」

 智日そう言って大神を見た。

「俺、間違った事は言ってないですよね?大神さん。…いくら天下無敵の大神さんだって病気には勝てない。しかも組織の若手は育たない。だからなんとしてもケイさんに組織に戻ってほしかった…そうですよね?」

「…智日…」

 そう言いかけた大神を薫は止めた。

「続けて、智日…」

「…ケイさんは本来、浅井のDMAと天才医師、池上いけがみようのDMAで誕生する予定だった。そして天才科学者である本条教授の手でその潜在能力を100%発揮できるように育て、浅井の後継者になる予定だった。ところがその計画は失敗に終わった。母さんのお姉さんは浅井の子供を産まなかったんだ。…そう…違う男の子供を産んだんだ」

 智日の言葉に薫は感嘆の声を漏らした。

「大したものね…よくそこまで調べ尽くしたわ、智日…」

 薫の言葉に智日は得意げに笑った。

「ここまで調べるのは、まぁ簡単だったよ。それよりも…母さんのお姉さんが誰の子供を産んだか…それを調べるのはかなり困難だったよ」

「誰なのか分かったの?」

 顔色を変えて訊いてきた薫に、智日は苦笑した。

「すいません…まだ分からないんです。1度完全に削除されたデータを復元するには時間がかかるんですよ。しかも年月も経ってるし…」

「時間があれば、復元可能なのね?」

「…旨くいけば…」

 智日の言葉に薫の表情がパッと明るくなった。

「あぁ…智日…お前って最高に良い男よ!」薫は嬉しそうに笑いながら、両手で顔を覆った。

 そんな薫の様子を智日は黙って見つめた。

「…そんなに曄さんの事、大事ですか?」

 智日の言葉に薫は静かに微笑んだ。「えぇ…そうよ…」

「ケイさんの事も?」

 薫の瞳が微かに揺れたように―――智日の目には映った。

「…ケイさんは組織のために大事なんですか?」

「智日!」

 大神の声に智日はハッとした。「す、すいませんでした…余計な事訊いて…」

 智日はそう言いながら薫の顔を見た。

 薫は穏やかに微笑みながら智日を見ていた。智日はしばらくの間、動けなかった。


「奥様、黒崎の事ですが…あの男がこちらの情報を何も握っていないとは思えません」

 大神の言葉に薫は頷いた。

「恐らく…黒崎は浅井が誰に殺されたか知っているはずよね。」薫は脚を組み直した。「ケイを味方に付けるか、敵に回すか…黒崎はそろそろ決断を下すわ」

 智日は顔をしかめた。「ケイさんが黒崎の味方に付くなんて…そんな事あるんですか?」

「…アキちゃんを旨く利用すれば、出来ない事もないわね」

「……アキちゃんねぇ〜…」

 薫の言葉に、智日は笑いながら呟いた。

「奥様、もう一度ケイと話をしてきます」

「そうね、ケイが断れないように旨く説得して来てちょうだい」

 薫と大神の会話に、智日は口を尖らせた。

「智日、お前は早く情報屋を片付けてちょうだい。それから…ケイの父親の事も頼んだわよ」

「…分かりました…」

 智日はうつむいたまま呟いた。

























 急に視界が歪み、激しい頭痛がケイを襲った。

 ケイは人目に付かないように研究室を出て、資料室へと向かった。

 資料室のドアの鍵を開け、中へ入った。鍵を閉め、資料室の奥へと進み、埃っぽい空気の中、壁に寄りかかるようにしゃがみ込んだ。そして微かに震える自分の両手を見つめながら、ケイは深く息を吐いた。

「――――奥様が心配されていた通りだな、ケイ…」

 その声にケイは慌てて立ち上がろうとした…が、足元がふらつき立ち上がる事が出来なかった。

 ケイは目の前に立つ、大神を見上げた。

「…今度は何?」ケイはネクタイを緩めながら呟いた。「ここなら誰も来ないよ…お前達以外はね…」

 ケイはそう言いながら部屋の隅にいた智日を見た。

「…黒幕の正体が分かったから…」

 智日はもごもごと言いながら……何故薫が早くケイの父親の事を調べろと言ったのか理解した。



「―――で?情報屋の3人に組織のデータを掴ませて、脇田の爺さんとその黒崎って男を誘き出すってワケ?」

 ケイの問いに智日は頷いた。

「黒崎はかなり慎重な男なんだ。こっちから仕掛けないと終わらないよ?」

「ふぅん…」

 ケイはそう呟きながら大神を見た。

「アキ(夫人)もいつ狙われるか分からない。お前が我々に協力してくれるならお前がいない間のアキ(夫人)の警護を約束しよう」

 大神の言葉にケイは苦笑した。「いつも監視してるじゃん」

「監視と警護はかなり違いますよ、ケイさん」

 そう言う智日をケイは睨んだ。

「今のお前は爆弾を抱えている。そんな身体で奴らに襲撃されたらお前だけではなくアキ(夫人)も危険にさらされる事になる。それでもいいのか?」

 ケイはうつむいたまま大神の話を聞いた。

「…まったく…結局あの女の思う壺だよな…」

 ケイはそう言うとため息を吐いた。









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