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夏休み最終日に「明日から仕事行きたくないわー」とボヤいてたら異世界に連れてこられた俺の、理不尽な日々。

作者: 杜乃くま

「ちょっと待ってくれ」


アタマの中が真っ白になって、思わずよろめく。半歩ほど後ろに下がりかけて、側にいたヤツだろう。足が当たったのか、足元から「キュイー」と非難の声が上がる。


そう、非難の声なのだ。



俺、山田駿太郎は異世界転移して此処に居る。

夏休みの最終日に「あぁ、明日から仕事行きたくねー」という俺の心からのボヤきを聞き届けてくれた自称、女神様はサービス満天!俺に盛り沢山なチートと、「世界の調停者」っていうカッコイイ肩書きと、更に不思議アイテム「四次元ポケットっぽいもの」まで授けて下さったのだ。


チート!ここ数年、仕事が忙しくてゲームも読書も全然だったから、周囲が「チート」て単語使ってても、それ何だろうって思ってた。


チートすげぇ!マジでパネェ!


ステータスって画面を確認しても、HPとMP以外の内容は全然意味が分からない。INTとかSTRとか、とにかく数値は高く設定して貰ってて、回復速度MAX、疲労軽減、言葉として発した全言語自動通訳、オマケ特典でモテモテのハーレムチートも付けてくれるらしい。


その自称、女神様が、俺の勤める保育園で延長保育ギリギリの時間に駆け込んでくるお母さん達みたいに、キッチリ化粧して綺麗な格好してるのに、何処か辛そうな、疲れ切った様子なのが気になった。


「最後の力を振り絞って、貴方をお呼びしたのです」


自称、女神は、儚げに微笑んだつもりのようだ。疲れの為か、ストレスか、口角が左右非対称でうまく笑えてない。あの保育園でもよく見かけた表情だ。何だか気の毒だな、なんて思いつつ、俺はこの世界へ飛び込んだ。



ていうか、此処どこだよ!



其れなりの文化圏ではあるらしいが、見渡す限り屋根の低い建造物。町…、いや村の外れだろうか?

あっと言うまに囲まれた、モフモフっとした縫いぐるみのような、二足歩行の子グマ?タヌキ?身長90センチくらいの生き物は、人型の俺を物珍しそうに見上げている。


「キュイー?(だれー?)」

「キュイー(お腹空いたねー)」

「キュイー(あそぼー)」


言葉は何となく分かる。コレが自動通訳って事らしい。しかし、俺のハーレムはどうなる?こんなモフモフにモテてもしょうがないし、他に、人型の生き物は居ないのか!


「キュイー?(ヒトガタって?)」

「キュイー(お腹空いたなー)」

「キュキュイー(アッチ、行こー)」

「キュイー(あーそぼ)」


この、ほとんど「キュイー」としか鳴かない生き物は、何なのだ。まさか、地球で言うところの人間みたいなポジションに当たるのか?タヌキの惑星…うへぇ、笑えねぇ。


途方に暮れつつも考える。

っていうか、びっくりし過ぎて何も考え纏まりそうにもないから、とりあえず寝床と食糧を確保して落ち着きたい。チート盛り沢山とは言え、ほぼ手ブラと言うのはこうも不安なものか。


今、周りには4匹のタヌキ族。

村の中央へ、このまま向かうらしい。家からひょっこり顔を出したり、遠巻きに此方を見る住人はどれも同じようなモフモフだ。敵意…は、多分ない、かな?


周りの4匹は俺の事をチラチラ見たり、知り合いを見つけたのか手を振ったり、石ころを蹴ったり、まぁ、落ち着きがない。あぁ、あぁ、言わんこっちゃない。


俺の方を見上げながら歩いてた1匹が、躓いて転びそうになる。普段、園児相手にするみたいに、咄嗟に腕が伸びた。


ポカンと口を開けて、びっくりした様な顔で見上げられても、どうすりゃいいんだ。

周りのタヌキも、何だか固まってしまっている。


困った俺は、転びかけたタヌキの頭をちょいと撫でた。


「ちゃんと前見て歩かないと、危ないぞ。分かったか?」


「キュイー!」

「キュイー!」

「キュイー!」

「キュイー!」

「キュイー!」


あれ、これは翻訳されないのか?

なんで?さっきの「キュイー」と違うのか?


そう、思ってるうちに、チラチラ俺を見ていたタヌキが、躓いて転びそうになる。だから、余所見すんなよ、危ねぇって。手を伸ばし、支える俺。


もう1匹、転びそうになる。


いや、だから…!手を伸ばす、俺。


あれ、なんかタヌキが増えてる。


転びそうに…って、おぃ、下手だな…。

手を伸ばす、俺。


くっそ、楽しそうだな、お前達。

俺の背後で転ぼうとするタヌキを、人一倍の反射神経で手を伸ばす、俺。


おぃ、そろそろいい加減にしろよ。

2匹一緒に仲良く転ぼうとか、ああぁあぁあ!!!

でも手を伸ばして支える俺。



「ゴルァーー!ちゃんと前見て真面目に歩きなさい!」


しまった!と思った時には遅かった。


「「「「キュイーーー!!!」」」」


嬉しそうにキュイキュイ鳴いて、一斉に駆け出すタヌキたち。イタズラが成功したとでもいう様に、俺に大きな声を出させた事で、テンションふり切っちまったのだ。あぁ、これしばらく無理だな…。


転ばないように様子を見ながら、落ち着くのを待つか。


はぁ、煙草吸いてぇ。

いつも、仕事上がりに一本だけと決めている煙草が妙に吸いたくなる。通勤用の鞄に入れっぱなしだから、勿論手持ちは無いのだが。


そうか、コレがあるじゃん!

俺は自称、女神様に頂いた肩掛けポーチを開いてみる。これで4次元て、ポケットならぬポシェットか?


「煙草、出てこい。タバコ、タバコ…」


念じながら中を漁るが、何も出てこない。

なんだよー、出てこないじゃん。


諦め悪くポシェットを漁るが、やっぱり何も出てこない。そんな俺の様子が気になったのか、タヌキが1匹寄ってきた。


「キュイー?(なにしてるのー?)」


「お前のオヤツは出てこないぞ。ちょっと、探し物だ」


あぁ?手に違和感があった。

恐る恐る手を広げてみると、マカロンが…。


嘘だろう。


期待に満ちたキラキラした目で俺を見上がる、目の前のタヌキ。甘い匂いを嗅ぎつけたのか、頻りに此方を気にしだすタヌキ達。


俺は手の中のマカロンを、パクリと一口で飲み込んだ。


「「「「「キュイーーー!!(それ、ぼくのーーー!!)」」」」」



はぁ、何してんだろう。

すげぇ、チート持って転移したけど、やっぱり保育園の保父さんみたいな、俺。


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― 新着の感想 ―
[良い点] チート盛り合わせをもらったのに、何か平和でほのぼのしちゃいますね。
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