歳月(とき)のしずく
厳冬の二月
春まだ遠い日の朝、
冷気に身を引き締めながら
悠久の刻をみてきた廊下を歩く。
明治時代に建てられたという建物を
そのままの姿で残し
今は、図書館として保存されている
明治記念館
清浄な空気が渡る格子窓から差し込む光は
手吹き硝子の歪んだ深い陰翳をもたらし
歴史を刻む古色を帯びた階段の手すりや柱は
木の温もりに満ち溢れる。
わたしの期待に満ちた緊張感を知ってか知らずか、
ゆるり遊べよと、語っているようだ
「誰か 本が好きな方はいませんか?」っていう依頼なんだ、
「お前 行ってくれないか?」
「えぇー、わたしぃ?うーん、誰もいないん~?しょうがないな~」
突然、舞い込んだ本の整理の仕事、
耳が悪くなってから
なにかと落ち込んでいる様子の娘に、うってつけな仕事だと思ったのだろう。
父は父なりに心配してくれていたと思うと有難い、
有難いが、素直になれないのも悪い癖(笑)
たっぷりと、恩を着せながら引き受けつつ、
内心は憧れの図書館の仕事に、ありつけた幸運に高揚する。
案内された部屋の重い扉を開けると
古い本 独特のカビの匂いと皮表紙の美しさにため息が漏れる、
これは、わたしの持論だが
古い本と古い友人というのは似ている。
古い本も友人も
突然、十数年前の話をすると思えば、
今度は夢などを語ったりする。
ながいつきあいでも、話題が尽きることもない。
知り尽くしているようでも
新たな面をのぞかせる。
会うごとに気持ちが豊かになり
そんな友と過ごす時間は なにものにも代え難い。
整理に来たのか、読みに来たのか、
ちっとも仕事が進まない
深々と冷たい部屋の寒さも少しも気にならない
それは 自然界でくり返される生命の息吹のように
長く愛され続ける理由なのかもしれない……
(フィクションです。)