六話 似た者同士の友情
それから、一週間ほど経過した。
以前少年が開放される動きはなかった。時折ユーキは地上へ連れ出されていたが、特にこれといって目立った出来事はなかった。相変わらず食事は一日二回、不味いパンだけだった。
少年は、毎日へとへとになるまでユーキの指示で走ったり筋トレを行った。当然ながら、高々一週間程度ではほとんど成長を実感できなかった。
錬気の基礎も教わった。これは、普段生活している中で消費されるエネルギーの一部を蓄え、必要な時に消費する技術らしい。少年にはそもそも蓄え方がよく分からなかった。
スフィリウム語も習った。言語を一つ新しく覚えることは難しいと少年は実感した。簡単な単語は覚えたが、文法からなにから、まだ全然ダメだ。
ユーキは少年がいくら不出来でも苛立ったりはしなかった。しかし少年は度々、自分の不甲斐なさで挫折しかけた。
そんなとき彼は、ベリトリッサの元を訪れ、彼女に慰めてもらった。
男として恥ずかしい。もちろん少年の中にそういった感情がなかったわけではないが、そもそも自分にプライドだとかそういったものはあったのか、そう考えてみると、そんなものはなかったことに彼は気づいた。ベリトリッサも彼を慰めているときは嬉しそうにするので、少年は羞恥心を捨て去ることにした。
そして、ユーキが外に連れ出され、特にすることがない。そんな時のことである。
「むむむむむむむ……ん?」
うまく理解できない錬気の溜め方を、牢の中で一人模索しているとき、地下に下りてくる人物の足音を少年の耳は捕らえた。
ユーキが戻ってきたのかと思ったが、足音は一つ。もしユーキなら、あの紫の髪のお姉さんが付き添ってくるはずだ。付き添ってくるというより、引っ張ってくるとか引きずってくるとかのほうが表現は適切な気はするが。とにかく、もし地下に下りてくるのがユーキなら足音は二人分のはずだ。
耳を澄ませる。足音が重なっている、というわけでもない。間違いなく一人だ。なんだろうか、食事の時間だろうか。夜になるにはまだ早いのに。
ようやく人影が見えてきた。カツン、カツンと硬質な音を立てながらその人物は歩いてくる。その全体像が露わになったとき、少年は自分の髪が逆立ったのではないかという錯覚に襲われた。
「……何しにこんなところに来た、自称勇者」
「自称、とは酷いな。これでも世間的にしっかり認められた勇者なんだぜ?」
犬歯を剥き敵意をぶつけながら睨みつけてくる少年の視線を意にも介さず、その人物は彼の牢の前までやってきた。
「知るかよそんなこと。帰れ、二度と来んな。お前の顔なんてみたくもない」
「すっげぇ嫌われてんな、オレ。流石にショック受けるぜ……まあ、事故みたいなもんだったとはいえ、斬った側と斬られた側だもんな。腕の件は、本当に悪かった」
「謝んのなら、俺の腕返せ。無理なら帰れ」
困ったな、と目の前の人間は燃えるような赤い髪を掻いた。どこか野生動物のような雰囲気の少年だ。仕立ての良い服の要所に金属板が取り付けられた奇妙な格好をしている。その服装は奇妙ではあるが、なかなかどうして調和がとれており、少年に似合っていた。彼の腰には大ぶりの剣。
「しっかし、酷いなここ。この国からしたら、お前って姫かなんかの命の恩人だろ? そんな人をこんなところに閉じ込めておくなんてよ」
憐みの視線。目の前の少年から向けられていると思うと、どうにも気分が落ち着かない。
「オレを嫌う気持ちは分からなくもないが、それとこの国に関しちゃ別問題だろ。冷静になれよ、オレはお前の敵じゃない」
「はっ」
赤髪の少年の言葉を鼻で笑うと、そっぽを向いて黙る。語ることなどない、と態度で示す少年に呆れたようにため息を吐くと彼は、
「……まあいいけどよ。ここから出してやろうと来たんだが、本人がこれじゃあ仕方がねぇ。今出るか一週間後に出るかって違いだけだからな」
「…………」
「聞き返してこないのか。頑固だな、お前。まあいい、一週間後に会った時にはもう少し良い反応を期待してるぜ」
彼はそう言うと、階段に向けて歩き出した。途中一度だけ振り返り、
「腕のことは、本当にすまなかった」
それだけ言うと、今度こそ階段を上り去っていった。
「……クソ、なんだっていうんだよっ!」
彼の足音が聞こえなくなってから、少年は壁を殴りつけた。左手が痛い。それ以上に、右肩が疼く。ベリトリッサに塞いでもらったはずの傷が開き、肉が蠢いているかのようだ。
立ち上がると彼は、フラフラとした足取りで歩き出した。ユーキのせいで馬鹿になった牢の鍵を蹴破る。
無性に人恋しい気分だ。
彼は、燃え盛る頭を冷ますように額に手を当て、ベリトリッサのいる封印の間を目指した。
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「いらっしゃ、い、こんな、時間、から、珍、しい、ね?」
「……ああ、ちょっと、な」
地下牢を進み真っ暗な拷問部屋を抜け、少年は封印の間にやってきた。灰色の光が心地よい。心が弱っている時に訪れることが多いせいか、最近はこの光を見るだけでもなんだか救われたような気分になるようになってきた。
ベリトリッサは、少年が入ってきた側とは逆の外壁にもたれるようにして座っていた。入ってきた彼を嬉しそうに迎え、直後いつもと違う様子を悟ったのか不安げな表情を浮かべた。
そういえば、目元が隠れているのに彼女の表情は簡単に分かるな、と少年は思った。これも波長が合っている影響なのだろうか。
「悪いけど、ちょっと膝貸してもらえるか?」
「……ん、いい、よ?」
ベリトリッサの目の前まで近づき、一声かけてから彼女の膝に頭を預ける。初めて彼女に会った時も、膝枕してもらっていた。ふとその時のことを思い出した。
そういえば、あの時は初対面にも関わらず、自分はやけに簡単に彼女への警戒を解いた気がする。根拠はないが、彼女の近くにいると安心するのだ。
ベリトリッサは、無言で髪を撫でてきた。どこか気恥ずかしいものの、彼女に髪を撫でられるのは嫌いじゃない。
「……何があったか聞かないのか」
「気には、なってる、よ? でも、話し、たい、な、ら、あなた、から、話すと思う、し、話したくない、なら、黙ってる、だろう、から、無理には、聞かない、だけ、だよ?」
「……ああ、俺って面倒な男だったんだな」
「ん?」
「話したいことはあるのに自分から話せないなんて女々しいな、って。気を使わせて悪い」
「友達、でしょ? 気を、使って、当然?」
「そこはそんなことないよ、って言って欲しかったな」
少年は目を閉じた。
「聞いて、くれるか? あんまり話すの得意じゃないけど頑張るからさ」
「ん、もちろん、聞く、よ?」
「……ありがと。じゃあまずは、ちょっとした昔話から話そうか」
弱々しく笑うと、少年はゆっくりと語り始めた。
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それじゃあ、憶えてる初めの場所からにしよう。
昔々、具体的には一月ほど前くらいか? この世界に月ってのがあるのかは知らないけど。まあ三十日ほど前のことだ。ある森林の中に、一人の少年がいたんだ。
彼には記憶がなくて、ここがどこなのか、自分は誰なのかさっぱり分からなかった。薄暗い森の中、たった一人で、何もない状態で倒れていた。
しばらく彼は呆然としていたんだけどな、ふと自分の喉が渇いていることに気が付いたんだよ。おまけに腹も減ってる。このまま同じ場所にいてもどうにもならないし、少年は森の中を歩き回ることにした。
だけどこの少年、全然体力がなかったんだ。少し歩いただけで足がガクガクになって、休憩をとらざるを得なくなってた。裸足だったし整備されていない場所を歩いていたからってのも大きいと思うけど、それを考慮しても音を上げるのが早かったよ。
森の中を当てもなくさまようのは本当にきつかった。暗いし怖いし、それになにより寂しくてな。歩いているうちに足はどんどん傷ついていく。それに伴って、少年の不安もおおきくなった。誰にも知られないまま、自分が誰なのか分からないままここで死ぬんじゃないかって。
それから歩いても歩いても、少年は森の中で何も見つけることができなかった。人も、食べ物も、動物も。今にして思えば、猛獣とかに出会わなかったり毒のある果実とかを見つけなかったことは幸運だと思えるけど、このときの少年にそんなことが分かるはずもなくて。ほんと、泣きたい気分だったよ……
……大丈夫。泣いてない。話を続けるぞ。
それから三日くらいか? それくらいの間少年は森の中を歩き回り、ついに小川のような場所を見つけた。嬉しかった。なにせ、喉が渇いて渇いて仕方なかったんだ。この時ばかりは不安とか諸々をほっぽり出して、夢中で川の水を飲んだ。
だけど、それがいけなかったんだろうな。
飲んでからしばらくして、少年は腹痛に襲われた。この国じゃ、というかこの世界だとどうなのか知らないけど、少年の昔いたところでは綺麗な水ばかりを飲むことができてたから、そこらの水が体に合わなかったんだ。
吐いたよ。ものすごく吐いた。でも、吐いても吐いても腹痛と吐き気は治まらない。このまま死ぬと、少年はそう思った。
精神的にも、肉体的にも少年は参ってた。いろいろと諦めたくなるくらいに。
でも、死にかけてても、どうしようもなくてもやっぱり思うんだよな。死にたくないって。
でも、そんな思いも虚しく、川のほとりで少年は意識を失った。
そこからちょっと時間が飛ぶと思う。俺もどれくらい気絶してたかとか分からないから。だから、目が覚めたところから話すよ。
少年が目覚めたとき、彼の前には天使がいた。いや、女神かな。金髪の超美人さんが少年を膝枕してたんだよ。ちょうどこんな風に。少女って言っていい年齢、だった、と思う。
……心を奪われるってこういうことなんだと実感したよ。
な、なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ。そんな悲しそうな顔するなって。
んんっ、話を戻すぞ。
そんな女神みたいな美人さんが目の前にいたんだから、少年はそこが死後の世界かなにかだと思った。だけど、目が覚めた彼を見たその女神は、ほっとしたような顔をしたんだ。
彼女は少年に何か話しかけてきた。だけど、それは少年が聞いたことのない言語で彼には何を言ってるのかさっぱり分からない。ベリトリッサには分からない感覚かもしれないけど、言葉が通じないんだ。
少年は辺りを見回した。そこは少年が倒れていた川のすぐ近く、というか、倒れていたその場所だったと思う。
そこで彼は自分の体の不調がなくなってることに気が付いた。
少年は、目の前の美人さんが自分の治療をしてくれたと悟った。思わず礼を言ってから、言葉が通じないことを思い出して彼は赤面したよ。
……ここからは怒涛の展開だけど大丈夫か? 正直俺も、正確には話せないと思うんだけど。
分かった。話すと決めた手前、ここで止めるのもあれだしな。
川辺にいた少年と金髪の少女の前に、赤い髪の男が現れたんだ。唐突に。いつからいたのか気が付かないくらい唐突に、だ。
そいつは日本語を話しててな。あー、日本語ってのは、俺が話す言葉のことだ。それで、その赤髪のやつは勇者を自称して、その金髪の少女が悪魔とどうたらとか訳分からないことを言い始めたんだ。
言いたいことを言い終えるとそいつは、急に斬りかかってきたんだよ。少年じゃなく、美人さんの方に。斬りかかられた美人さんは固まって動けない。咄嗟に少年は少女を川に突き飛ばした。
男とその少女との距離がちょっと離れてて、少年と彼女との距離が近かったからなんとか間に合ったんだけど……男の太刀筋に少年の右腕がちょうど重なって、肩からばっさりもっていかれた。
少年は痛みにふらついて少女を突き飛ばした勢いのまま川に転落。流れに飲まれるうちに痛みと酸欠、それと失血のせいで意識を失った……なんか、いっつも意識失ってる気がするな。
それで、彼が気を失っている間に何がどうなったのか、気が付くと少年はとある国の地下牢に入れられていた、と。昔話はこれで終わりだ。
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「ご清聴ありがとう、あんまり面白くもなかっただろ?」
「えっ、と、壮絶、な、人生、だね?」
一通り話し終えた少年は、ベリトリッサの膝から起き上がると伸びをした。関節がバキバキと音を立てる。
「自分語りが終わってちょっと恥ずかしい気分なんだけど、もう少し話が続くんだ。いいか?」
「話した、い、なら、話して? 私、は、どんな、話で、も、聞く、よ?」
「……ほんと、お前には感謝してもしきれないな。この恩はそのうち返すよ」
「今世で、返し、きって、くれるのを、期待、して、る、よ?」
返しきれるだろうか。少し不安になった。
少年は、顔をはたくことで気合いを入れなおした。森の中で苦しんだこと、腕を斬られたこと。それらの嫌な過去を思い返したために萎えかけた気合いに喝を入れる。
「あんまり脱線できるほど余裕がないから端的に話すけど……さっきの話に出てきた自称勇者。そいつが来た」
「へ、ぇ?」
「何をしに来たのかはよく分からなかった。碌に話を聞かなかったからな。腕を飛ばした相手と談笑できるほど俺は人間ができてないんだ」
「……ふぅ、ん?」
「それに……セキアを狙ってる相手だからな。仲良くなんてできる訳がない」
「セキ、ア? さっきの、話、の、金髪の、美人さん?」
「ん、そうだな。その人だ」
「あなた、の、一番、の、人?」
「あー……うん、そうだ」
他人から言われるのって恥ずかしいんだな、と。
少年は頭が痒くなった。
「この国……スフィリウムって言うんだけどな。そこのお姫様、いや、王女様だっけか。そんな立場の人で、俺の命の恩人だ」
「あなた、も、その、セキアの、命の、恩人?」
「そうなんだけど、こっちは精神的にも助けられているからな。恩義の重さが違うんだよ。わかるだろ? 独りぼっちのときに誰かに救われる感覚」
「……分かる、かも?」
少年とベリトリッサの場合は偶然とユーキの策謀によってのものだったが、少年とセキアの場合は彼女の能動的な行動によるものだ。少年にとっては重みが全く違う。
「……一週間後、って言っていたな」
「一週、間?」
「ああ、一週間後、ここを出られるなんて意味深なことを言っていた。どういうことか分かるか」
顎の下に手を添えて悩むベリトリッサ。しばらく考え、何かに思い至ったのか彼女は顔を上げた。
「推測、だけ、ど、いい?」
「なんでもいい。分かったことがあったら話してくれ」
「悪魔が、どうとか、の、理由で、その、勇者? は、セキアを、襲った、んだよ、ね?」
「ああ、そうだと思う」
「なら、目的は、私? それで、一週間後、来る?」
「来る、らしい」
「……なら、私の、いる、場所を、見つけて、る? 一週間、後、なにか、しら、の、手段で、国に、入って、奇襲を、かけてくる? 私を、殺す、為、に?」
「……いろいろ過程がぶっ飛んでて、どうしてそういう考えに至ったのかがさっぱりなんだが。できれば初めから最後まで、全部話してくれよ」
彼女の中では、何らかの根拠があるのだろうか。一応ユーキから聞いた話もここを訪ねる旅に話していたからそれらを判断材料にしたのかもしれない。少年は自分が何を話したのかすら憶えていなかったために、彼女の出した結論の、その過程を理解できなかった。
やっぱり、頭が弱い人間はだめだな、そう思った。お互い上手く意思疎通ができない。
「根拠、が、ほしい、の?」
「ああ、ちゃんと話してほしい。俺に信じさせてくれ」
「……じゃあ、確か、な、情報、が、ないと、ダメ、かも?」
彼女の言葉に、それはそうかと思った。
自分の曖昧な記憶と、自称勇者の意味深な言葉。それくらいしか情報がない中で彼女は結論を出してくれたのだ。それを信じきれないから説明しろとは、なんと傲慢なことだろうか。
少年は自分の考えを恥じた。
とはいえ、確かな情報なんてない。そう頭を悩ませていると、
「困ってる、なら、私を、頼っても、いいよ? 友達、でしょ?」
「……あんまり俺を甘やかしてくれるな。たっぷり依存したくなってくる」
ベリトリッサが救いの手を差し伸べてくれた。あるいは、悪魔の甘言か。どちらにせよ、少年は目の前の少女を信じるつもりだった。
「なにか、いい案でもあるのか? それとも、信じられそうな根拠でも見つけてくれたのか?」
「直接、見て、くれば、いい、でしょ? 私、が、その、勇者? を、見て、くる、よ?」
「ごめん、言ってる意味が分からない」
「あな、た、結構、辛辣、だよ、ね?」
ととと、と少年に駆け寄ってくるベリトリッサ。彼女は息が届くほど顔を近づけると、頭に付けられた鎖を少年に差し出した。
「壊し、て? これ、ちょっと邪魔、かも? 封印、って、やつ?」
「壊せって……いいのかよ、壊して」
「必要、だから、いいんじゃ、ない、かな? それとも、私、悪魔って呼ばれて、る、から、信じら、れな、い? これ、壊すと、私が、少し、自由になっちゃ、うから、不安?」
ベリトリッサはつまり、こう言っている。
私の力を借りたいなら、封印の一部を解いてほしい。だけど、自分は悪魔と呼ばれる存在だ。果たして、そんな自分を信じてくれるのか、と。
愚問だった。友人を、ましてや自分と似た彼女を信じられないはずがなかった。
少年は、彼女の鎖を引きちぎりにかかった。片腕しかないために、一本壊すのにもやけに時間がかかる。しかし、その全てを壊そうと思った。
「え? ちょ、ちょっと……?」
戸惑うベリトリッサを尻目に、少年は無言で鎖を壊す。左手の皮が擦り切れようと、筋肉が疲労を訴えてこようと、動きを止めることはなかった。
そして遂に、少年は全ての鎖を破壊しきった。
二人の周囲に散らばった鎖が、金の粒子となって溶けてゆく。灰色一色の空間を、その色で染め上げるように。
「あーあ、やっちまった。これでお前は自由の身だな。もし悪魔ベリトリッサが悪い悪魔なら、俺も他も、いろいろと大変なことになりそうだ、お前はそんなことしないだろうけど……悪くない悪魔っているのか? そもそも悪くない悪魔って悪魔じゃないよな」
やりきった表情で笑う少年に、ベリトリッサは困惑の視線を向ける。久方ぶりに外界に晒された双眸は炎より赤い、鮮やかな色合いをしていた。
「な、なんで、全部……?」
「うっわ、お前相当可愛いじゃん。俺が女だったら嫉妬して嫌がらせに走るぐらい可愛い。男で良かったわ」
改めて、戒めから解き放たれたベリトリッサを眺める。
未成熟な色気、とでもいうのだろうか。少女としか思えない愛らしさの中に妖しげな艶やかさがある。長いまつ毛、すっとした鼻梁、形の良い輪郭。薄いにもかかわらず、その唇を見ていると鼓動が速くなる。真っ赤な瞳は眼窩の中で揺れる。その真意は驚きか不安か、あるいは両方だろうか。
鎖に隠されていた体躯も見事なものだ。薄手の装飾の少ない衣服を着ているからだろう、その黒い布地の向こう側のラインは容易に見て取れる。手足は細く、長く、雪かなにかのように白い。僅かに布を押し上げる胸部は、女性らしい曲線を描く。
自然と壊れそうなほど繊細で、何者にも壊されないと思える強かさを持つ。そんな美しい少女だ。
もし、セキアに会う前に彼女と出会っていれば恋に落ちていただろう。しかし、そのもしはない。今は、そんな彼女と友人でいられることを好ましく思った。
「どうして、だっけ? そりゃあ、お前が俺に不安かなんて聞いたからだ」
「え?」
「俺はこれでも寂しがり屋だ。不安になれば誰かといたくなるし、優しくされれば簡単に絆される。そんな俺が、お前みたいな奴を信頼しないわけないだろ。鎖を全部引きちぎったのは、その証明ってとこだ」
「でも、さっき、私の、推測、信じて、なかった、よね?」
「俺が馬鹿な所為だろうけど、どうしてそういう結論になったのか分からなかったってだけだ。詳しく聞きたかったってだけで、疑ってたわけじゃないぞ」
少年はベリトリッサの目の前に拳を差し出した。
「見てくる、って、何するのかは分からないけどさ。信頼してるぜ、ベリトリッサ。あとでちゃんと説明頼むぞ」
「……ん、分かった、よ」
コツン、と。
ベリトリッサは彼の拳と、自らの拳を打ち合わせた。
「とこ、ろ、で、ね?」
「なんだ?」
「その、ヒゲと、髪、似合って、ない、よ?」
「悪かったな別にファッションでしてるわけじゃねえよっ!」
クスクスと、笑い声が木霊した。