君を犯したい
食事会その三
「ハルカあああああ!」
「てぃ、ティア!?」
気付いた時には、服の紅よりも紅色の顔をしたティアが私目がけて突撃してきているところだった。完璧にバランスを崩したティアが私の胸の中にダイブしてくる。私は彼女を落とさないようになんとかキャッチした。
「ちょ、ちょっとティア!?」
「ハルカ、あなたは、私の嫁になるべきです」
「ええ? ティア、いったい何を言って……」
「私はあなたのドレス姿を見て確信したんです! あなたは私の嫁になりアークライト家に嫁ぐべきです。そして、二人で手を取り合いアルカディアの平和のために尽くしてください」
思いっきり目が座っているティアはとんでもないことを言う。
「いやいや、確かにアルカディアの平和は大切だけど、どうして私がティアのお嫁さんにならないといけないの!?」
「だ、駄目ですか?」
「いつもみたいにそんな顔したって駄目なものは駄目! ティアは女の子でしょ! 女の子同士は結婚出来ないの! 分かる?」
「ヘーイハルカ! 昔ワタシが住んでいた国では同姓婚が認められておりましたヨ! なので、この国でもいずれはそれが認められる可能性は十分にありますネ!」
いやいや、話をややこしくしないでくださいよリアさん! どちらの国かは存じませんが、ここでは駄目なものは駄目なんだ。いや、ってかここじゃなくたって嫌だよ! 私はノーマルなの! ちゃんと男の人と恋愛して、将来は子供でも生みたいなあとか思ってる普通の女の子なんだからね!
「ちょっとセレスティアさん飲みすぎです。それにリアさんも。あなたはお酒には強いですが、セレスティアさんはそれほど強くないんですから、あまり飲ませすぎないでください」
「AHAHA、ソーリーネー」
「もう、本当に分かっているんですか? ほら、もう遅いですし、そろそろお終いにしましょう。リアさん、セレスティアさんを寝室まで連れて行ってあげてください」
「らじゃー」
そう言うと、リアさんは私にくっつくティアを引っぺがした。「ハルカぁ、お待ちを……」と名残惜しそうにしていたティアだが、「セレスティアさん!」と珍しく怖い顔をしているフランさんに恐れをなしたのか、すっかり大人しくなり寝室へと帰っていった。
「結構短い時間だったのに、随分と酔い潰れちゃったみたいですね」
「ええ。普段はあそこまではならないのですが、多分今日は凄く楽しかったんだと思います。あなたやアオイさんとお食事ができて、それに、その服も着ていただきましたから」
「これは流石にビックリしました」
「でしょうね。多分これは、彼女なりにあなたへ好意を表したものだったんだと思います。彼女、そういう所は下手っぴですからね」
そう言いつつも、フランさんの表情は明るい。きっと嬉しいんだ。彼女も、ティアの苦悩を間近に見て来たんだ。こんな風に、少しでも楽しそうにしている彼女を見られることが、今の彼女にとっての幸せでもあるのだろう。
「では、わたしはセレスティアさんの介抱をしてきます。リアさんも一緒に寝てしまっている可能性が非常に高いですからね」
そう言うと、フランさんはティアの寝室へと入っていった。毎度のことだけど、彼女の堅実な仕事ぶりには頭が下がります。
「ハルカさん」
「あ、カミラさん。大丈夫ですか?」
「ええ、まあ、少しは、ですが……」
カミラさんは何やら言いづらそうにモジモジしている。顔は相変わらず紅いけど、なにやらさっきよりも紅くなっているような気がしないでもない。
「あの、ハルカさん」
「はい? なんでしょう?」
「いつもご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
カミラさんはそう言うと頭を下げた。私は突然のことに慌てふためきながらも、彼女に顔をあげてもらう様に促した。
「いつか、ちゃんと言わないとと思っていました。ですが、私あまり人にその様なことを伝えたことがなくて、いったい、どうやって伝えたらいいのか分からなくて……。それで、今日セレスティアに食事に誘われて、今日こそはと思ったんですが、やっぱり勇気が出なくて。その時ふと思ったんです。お酒の力を借りれば、言えるんじゃないかって……」
そうか、だから彼女は今日遅れてきたのか。私に謝るために、お酒を飲んで決意を固めてきてくれたんだ。
「こ、こんなことしかできないでごめんなさい! 今後は、できる限りあなたの力になれるように頑張るので、できれば、嫌わないでほしいなって、思ってます」
「嫌いません。嫌ったりなんてしません。絶対に」
「ほ、本当、ですか? 気を遣ったりなんて、していませんか?」
不安そうなカミラさんの手を取り、まっすぐ目を見つめて言う。
「本当です。だから安心してください。そして、こちらからもお願いします」
「あなたって人は、本当にお優しいのですね。なるほど、アオイがあなたのことを好きなのも、分かる気がします」
「え? あおい?」
「さっきから彼女、あなたの話しかしていませんよ。だいぶ酔いが回っているようですから、介抱してあげてください。私はもう帰ります。恥ずかしくて、顔から火が出そうですから」
長いポニーテールを指先でクルクルいじりながら、彼女は私から顔を逸らした。どうやらお酒の力を借りても結構キツかったらしい。それでも、勇気を出して気持ちを伝えてくれたことが本当に嬉しかった。私は、少しおぼつかない足取りの彼女の後姿を見送った。
私は視線をテーブルの端でグラスを持っているあおいへと向ける。こちらからは表情がうかがえない。もしかしてかなり辛いのかもしれない。だとしたら、早く寮まで連れて行ってあげないといけない。
「あおい、大丈夫?」
反応がない。寝てるのかなと思いつつ更に近づき、今度は身体を揺すってみる。
「あおい?」
「ふえ?」
ふえ? あおいらしからぬ反応に焦る。私はあおいを無理やりこちらに向かせた。
「あ、あおい?」
信じられないくらい、顔が真っ赤だった。
「だ、大丈夫!? ちょっと飲みすぎだって! ほら、お水があるから早くこれ飲んで……」
「いらにゃい」
「うえ? あ、あお……!?」
いきなりあおいに腕を引っ張られ、身体を抱き寄せられる。しかし、肝心のあおいがへべれけなせいで、二人してバランスを崩して倒れ込んでしまった。
「いったぁ……。あおい、大丈夫?」
「大丈夫らよ」
「あ、あおい、あなた全然呂律回ってないじゃない……」
「うるしゃい! あおいはいたって元気にゃの!」
あおいに怪我がなかったのはよかったけど、ドレス姿のままなぜか押し倒されているのはいったいどういう状況なのだろうか? あおいは酔っ払ってはいるが、まっすぐ私のことを見つめていた。そしてその表情はなんだか少し怒っている様にも見えた。
「ど、どうしたのあおい? 私、何か悪いことした?」
「うっしゃい、鈍感女。あの堅物女とイチャイチャして楽しかった? しょんなに可愛らしい服着せてもらって嬉しかった?」
「え? そ、それって、ティアのこと?」
「親しそうに呼ぶにゃ! 結局、あんたは誰だっていいにょよ! 誰にだって優しいにょよ! あおいが寂しくたって関係にゃいにょよ!」
まるで子供のように喚き散らすあおいはすっかり涙でぐしょぐしょになっていた。
そこでようやく気付いた。あおいが何に対して怒っているのか。
「ごめん、そんなつもりじゃないんだよ。私はあおいのこと大好きよ。みんなのことも好きだけど、あおいは特別。だって、一緒にいた期間が、みんなとは比べ物にならないでしょ?」
「そ、そんなはじゅかしいことをはっきり言うにゃ! そ、そんなに言うなら、その証拠を示してみにゃさいよ!」
「しょ、証拠って言われてもなあ。どうすればいいの?」
「……あ、あおいと……して、よ」
「え? ごめん、声が小さくて、聞こえな、」
「あ、あおいと、キス、しなさいよって、言ってんのよ!」
最初、彼女が何を言っているのか理解出来なかった。脳みそがフリーズして、ただ無機質な言葉のフレーズとして、あおいの台詞が繰り返しに脳内に響き渡るのみだった。
しかし、若干冷静さを取り戻す頃、私はあおいの言った言葉の意味をようやく理解した。そして同時に、とんでもなく動揺してしまった。
「キスって!? な、な、な、なんで私が、あおいとキスを!?」
「嫌なの?」
なんでそこだけ明瞭なの!?
「い、嫌っていうか、私とあおいがキスする必然性が見当たらないっていうか……」
「嫌にゃにょのね? 遥はあおいのこと嫌いにゃんだ?」
「き、嫌いなわけないでしょ!」
「じゃあキスして」
「中間はないの!?」
「にゃいわ。今のあおいは何を言われてもにゃにも響かにゃいから」
それはそんだけ酔っ払ってたら響かないでしょうね、っていうツッコミすらもはや野暮なんだろうなあ。
「で、でもさ、私たち、女の子同士なんだよ? 女の子同士がキスするっておかしくない?」
「おかしくにゃい。だって、あおいは男なんて全く興味にゃいもの。別に恋愛する相手が女だって構わにゃいもの」
「ま、マジですか……」
さりげなくどんでもないカミングアウトを聞いたんですが。でも、よくよく考えてみると、さっきのリアさんの言葉にある通り、同性愛を認めている国もあるんだよね? というか日本だって渋谷区あたりが同姓カップルを認めているとかっていうニュースを聞いた気がする。あれ? そう考えると、もしかして私の考えって古いのかな? 男女平等を謳っていながら、今さら男がとか女がって気にする方がおかしいのかな? あー、ヤバい。なんか横になってたらアルコールが回ってきて正常な思考が薄れつつあるみたいだ。もう、どっちが正しいとか間違っているとかどうでもよくなってきちゃった。
私は目の前の女の子を見つめてみる。よく見知った顔。あおいは小柄で、とても高校生には見えない。でも時として見せる私に対する表情は、とても同一人物のそれとは思えなくて、心から安心できるような不思議な魔力を備えているものなんだ。
そんな彼女のことを私は魅力的だと思っている。彼女相手であるならば、脳みそが麻痺している今だったらいけるかもしれない。そう思うと、自然とこんな言葉が口をついていた。
「私も、あおいと、キス、したいかも……」
ごめんなさいお母さん、私はアブノーマルな道を行くよ。もう私には目の前の女の子しか見えていないの。そして彼女を愛おしいと思う感情しかないの。私はそれに従うだけ。その結果とんでもない後悔を生み出したとしても、今は目をつぶろう。そして後で思いっきり後悔しよう。
「本当に? 本当に、あおいと、キス、したいの……?」
「うん。したい。だから、早く来てよ」
体勢は私が下なんだから、私は待つだけだ。
「じゃあ、い、いくよ」
あおいの瞳は涙で潤んでいて、顔はお酒のせいもあるけれど照れているせいで濃い紅みを帯びている。そして、その表情は今まで見せたこともないほど大人びていて、美しいとすら私は思った。
顔が近づく。私の鼓動が速まる。そしてほとんどゼロ距離になったころ、あおいは小さな声で言った。
「……遥」
「……ん?」
「大好き」
そしてそのまま、私の口を塞いだ。
私は私の身体に載っているあおいの身体を抱きしめる。すると、それに応えるように彼女も私の身体を抱きしめてくれた。
数秒の後、あおいが離れる。その顔は、さっきよりも紅みを帯びていた。呼吸は荒い。まだ足りない、語らずとも理解できた。
「ん……」
私はあおいを引き寄せ、唇を再び奪う。あおいは今度は、私の口の中に舌を入れてきた。私はそれに応じるように舌を絡ませる。
粘着性の音が私の鼓膜を震わせる。それが余計に私の理性を奪っていく。
あおいが私の顔を掴み、より一層深くまで舌を侵入させる。私も負けじとあおいの口内を犯していく。
互いの口の端から唾液が流れ出る。だが、どれだけだらしなく液体を垂れ流そうと、どちらもそれを気にすることはない。
軽い気持ちのつもりだったのに、いつしか私はすっかりあおいの唇の虜になっていた。そしてそれは、あおいも同じだったようだ。
長い時間が経過し、ようやく二人はお互いの顔が見える距離まで離れた。あおいは唾液を拭うこともせず、見たこともないような淫らな表情で私を見つめていた。
しかし、これ以上は、もう引き返せなくなる。お酒による過ちどころの騒ぎではなくなる。
私たちは家族なんだ。これは、家族の範疇を凌駕している。一線を越える訳にはいかない。それはお互いのためでもある。
あおいは無言で私を見つめたままだ。その表情は、何か衝動を抑えているような、そんな雰囲気を感じるものだった。
でも、それきりだった。あおいは気を失ったかのように脱力し、私の胸のあたりに顔を埋めた。
「もっと、抱きしめてよ」
「うん」
あおいの求めに応じて、私はあおいの小さな身体をもう一度抱きしめた。
「あおい」
「なに?」
「私も大好き」
「もっと言って」
「大好き大好き大好き」
あおいの身体にしみ込ませるように言う。するとあおいは、また腕に力を入れ私の顔の方までやって来た。
あおいは泣きそうな表情をしている。どうしてそんな悲しそうな顔をしているのか、私は分からなかった。だから私はただ、彼女の頭を撫でた。
「置いていかないでよね……」
「あおい?」
「独りにしないで。今度独りになったら、あおいは……」
言いかけるあおいを、私は無言で包み込んだ。
「大丈夫だよ。あおいは私が絶対に独りにしない。だから、安心して眠っていいんだよ」
「……うん。独りにしたら、怒るからね」
そう言って、あおいはようやく眠りに落ちた。小さな寝息を立てるあおいを、私は決して放さないように、闇の中に置き去りにしないように、大切に、本当に大切に抱きしめた。
決して、独りになんてしない。あおいが私を独りにしなかったように、私だってもう二度と、あなたを孤独になんてしない。
あおい、あなたは私の唯一の家族なんだ。家族を泣かせるようなマネは、もう二度としない。あんな悲劇は、もう二度と……。
「あ……」
駄目だ、あの時のことを思い出すと、涙が止まらなくなる。震えが収まらなくなる。
震えていることをあおいに悟られたくない。だから私は、必死に堪えた。
そして無理やり、私も目を閉じた。
眠れるとは思わなかった。
それでも構わなかった。
体温を感じられるなら、夜を越えられると思った。
温かな君がいるところが、私の居場所なのだから。
あおいの過去にいったい何が……?




