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矢尽き刀折れても

来たる! 決戦の時!

 朝、フランさんとミナトちゃんに見送られ訓練場へと向かうと、そこには既に多くの人が集まっていた。

 あおいとセレスティアさんの真剣勝負、それは既に騎士団員のほぼ全員に知れ渡っていたようだ。


「まったく、これは見世物じゃないというのに……」

「あ、カミラさん」

「ごきげんよう。ご気分はどうかしら?」

「まあ、まあまあといったところでしょうか……」


 どうにも気まずくて私はたどたどしく応える。それに対し、カミラさんは私を見ずに、闘技場の方を見つめながら言った。


「私は、今回の件に関しては納得いっておりません。セレスティアは厳しい状況の中、独りで頑張ってきた。なのに、どうしてこの様に非難されなければならないのですか?」

「……」

「私は悔しいのです。頑張った人間は報われるべきです。頑張った結果処罰される等、あってはならないこと……」


 カミラさんとセレスティアさんは幼馴染だと聞く。セレスティアさんが頑張ってきたのを、カミラさんは一番近くで見てきたのだ。だから、私なんかのためにセレスティアさんの頑張りが否定されることが我慢ならないのだろう。そんなカミラさんに言うべき言葉が見つからなくて、私は思わず「すみません」と口に出しそうになったのだけれど、


「ですが!」


 カミラさんが私の言葉を遮っていた。


「ですが、それはセレスティアに限ったことではありません。あなただって、沢山、努力をしてきました。どれほど辛い訓練に耐えてきたのか、私は見ていました。それに対し、私は、あなたに厳しい言葉を吐くことしかできなかった……。そしてそれは、セレスティアも同じ。だとしたら、それは非難されても仕方のないことです。頑張っていることを認めてもらえないのなら、人は頑張ることなどできないでしょう。そんな基本的なことすら忘れている人間に、人を指導する資格はありませんから……」


 カミラさんは右手で顔を覆っている。指の間から見えるその目は、赤くなっているように見えた。


「これから起こることは、きっとそんな人間に対する罰なのでしょうね。あなたの友人、カツキアオイという人がどれほどの実力を持っているかは分かりませんが、今のセレスティアが誰かと戦って、勝てるとは思えません」

「罰なんかじゃありませんよ。だって、セレスティアさんは、罰を受けるようなこと、何もしていないんですから」

「ではなぜ、あなたはこの戦いを止めないのですか!? 彼女はあなたの親友だ! あなたが止めれば、きっとこの戦いは中止される! それを止めないのは、あなたがセレスティアに恨みを持っていることの証明ではないのですか!?」


 カミラさんはもう涙を隠すことなく叫んだ。周りの人たちが何事かと慌てている。

 確かに、この戦いを止めようと思えば、きっと止めることができる。でも、それは嫌だった。恨みを晴らすとか、罰を与えるとか、そんな感情は本当に一ミリもない。私はただ……


「私はただ、答を示してほしいだけなんです」

「……答?」

「ええ。これから、私はどうしていけばいいのか。二人の本気を見れば、きっと何かが見えてくると思ったんです。ですから、これから起こることから、私は目を逸らしません。どんな結果も、しっかりと受け止めてみせます」


 私はそれ以上カミラさんとは言葉を交わさず、中央にある闘技場の方へと歩き出した。私の剣幕を見てか、人が自然と掃けていく。正直その方が助かった。今はもうどんな言葉もいらない。私はただ、二人の本気が見たいだけなのだから。


 歓声が上がる。闘技場に二人の姿が現れる。不敵な笑みを浮かべているあおいに対し、セレスティアさんの表情は険しい。過去の任務中に大怪我をし、その後遺症により彼女は現在も身体術に難を抱えている。それでも、セレスティアさんの魔術の実力は相当なものだ。そう簡単に負けることはないように思えるのだけれど……。


「ハルカ、あなたはアオイの戦いっぷりを見たことがないのでしたね?」


 いつの間にか隣に来ていたフレデリック騎士団長が私に言った(随分と久しぶりだ)。


「どうも、フレデリックさん。はい、まだ一度も」

「先日、あなたが窮地に陥った時、あなたを助けたのはアオイなんですよ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。彼女、訓練中にも関わらずいきなりここを飛び出していったんです。恐らく、あなたに危機が迫っていることを敏感に感じ取ったのでしょう。命令違反はいただけませんが、彼女は我々にしかと実力を見せつけてくれました。彼女は近いうちに、騎士団のエースになれることでしょう」

「そ、そんなに強いんですか、あの子は?」


 正直、私は今の話が信じられなかった。昔から意地っ張りで、あの子をからかう男の子と取っ組み合いの喧嘩をすることはあったけど、いつだって負けて泣きべそをかいていたんだ。そんなあの子が、私を助け、あまつさえ「鉄の翼」を退けた? しかも、あの子が騎士団のエースになれるとフレデリックさんは言った。本当だろうか? 本当に、いつも私の後ろに隠れていたあの子が、それほどの力を持っているというのだろうか?


「ええ。ハルカも、その目にしっかりと焼きつけてください。私としても、今彼女を手放す訳にはいかないので、セレスティアには是非とも頑張ってほしいのが本音ではありますが……」


 フレデリックさんは苦笑いし、「まあ、厳しいとは思いますがね……」と呟いた。

 私は視線を再び二人に移した。先にあおいが言った。


「逃げずによく来たわね」

「逃げるはずがありません。勝つのは私ですから」

「ふん、そんな固い表情で言われたって説得力ないっての。それにしても、随分とギャラリーが多いわね。そんなにセレスティアが負ける所を見たいのかしらね」

「減らず口はそこまでです。全員、誇り高き騎士団の戦い方というものを見に来たのです。新参のあなたに、私が負ける訳がない」


 舌戦の様相を呈してきたところだったが、それに終止符を打つように、セレスティアさんが自身のワンド、”シャルロッテ”を繰り出した。


「構えなさい。これ以上の挑発には意味がない。後は全て、この身の魔術が決めること!」


 それに呼応するように、あおいも中空から槍を取り出した。


「ふん。そんなに言うなら仕方ない。あおいの魔術、じっくり味わうがいいわ!」


 二人が自身の得物を構える。戦いが始まる。これは試合じゃない。始まりの合図は、互いの息遣いのみだ。呼吸が重なる時、それが死闘のゴングが鳴る時だ。

 二人の間を風が吹き抜ける。そして、次の瞬間には全ての音が鳴りやんだ。まるでこの戦いを前に、世界が息を飲んだかのようだった。

 二人が互いに飛びかかったのは、まさにその時だった。


「ほう、セレスティアはいきなり打撃戦を仕掛ける気か」


 セレスティアさんが得意としているのは、当然ながら遠距離からの魔術攻撃だ。確かに訓練の時もシャルロッテによる殴り合いを演じてきたけれど、それはあくまで訓練の内容がそういうものだったからだ。でも今は違う。普通に考えれば、セレスティアさんはあおいとの距離を取って魔術を繰り出せばいいはずなのに……


「セレスティアはアオイの”糸”を気にしているんデスヨ。打撃攻撃を仕掛けることで、糸を繰り出すタイミングを与えないようにしているんでしょうネ」


 いつの間にかリアさんが私の背中に抱きついてそう言った。


「糸、ですか?」

「イエス。収束させた魔力を糸の形状にしているんデス。彼女の魔術はオリジナリティーがあってvery interestingデスネ」


 尚もセレスティアさんはシャルロッテによる打撃をやめない。あおいはそれに器用な槍さばきで応戦している。あおいから感じる魔術はまだその全容が掴めないけど、槍を可憐に操る姿を見ただけでも私はかなりの感慨を覚えていた。


「ふん! そんな、攻撃、いつまで、続ける気よ! あんたの、攻撃、なんて、止まって、見えるわよ!」


 槍を操りながらあおいが言う。その様子からは、まだまだ余裕があるのがよく分かった。一方、セレスティアさんはあくまで攻撃を繰り出すのみだ。舌戦に応じるつもりはなさそうだ。


「今のセレスティアに口喧嘩をする余裕はないだろう。打撃攻撃では埒があかん。ここは、糸の攻撃を許したとしても、魔術攻撃に切り替えた方がいい」

「そ、そうネ! セレスティア! 早く魔術攻撃をするネ! このままだと体力がもたなくなるネ!」


 リアさんが舞台に向かって声を上げる。しかし、それでもまだセレスティアさんは攻撃をやめない。

 私もさすがにこれはセレスティアさんらしくないと思った。いつだって彼女は、私にそんな無謀な戦い方を教えたりしなかった。そんな彼女が、勝ち目の薄い無謀な戦いをするだろうか? 私は、そうは思えなかった。何かあるんだ。いつだって冷静に次の一手を窺う。それこそが、セレスティア・アークライトというものだ。


「ホントに! あんた! しつこ過ぎ! こんなこと、したって、あんたに、勝機、なんて、」

「勝機が、なんですか?」

「え?」


 私は驚愕した。気付くと、あおいの槍に大量の光の帯のようなものが巻き付いていたんだ!


「な、何よ、これ……?」

「おや、気付きませんでしたか? 私が意味もなくロッドを振るとお思いですか? これはですね、こう、使うんです!」


 セレスティアさんが光の帯を引っ張り、後方に振り返り思い切り腕を振った! 手から放たれた光の帯は舞台の端に向かって飛んで行く!


「なにっ!?」


 あおいの手に持っていた槍がそれに引っ張られるようにあおいの手を飛び出し、舞台外まで飛び出していく!


 あおいはまさかの展開に驚きを隠せない様だった。

 危ない! あおい! すぐに体勢を立て直して!

 そう叫びたかった。でも、セレスティアさんはそんな隙を与えてはくれなかった。

 やられる! 瞬間的にそう思った私は思わず目を瞑りそうになった。しかし、実際はそれとは全く違うことが起こっていた。


 舞台の端で、あおいが槍を掴んでいる。なぜ? どうして、今の今まで舞台の真ん中にいたはずのあおいがあそこに?

 あおいの右手から、糸のような物が放たれる。そしてそれは、今度はセレスティアさんのシャルロッテに巻き付いた。


「糸ってのは、こうやって使うのよ」


 あおいが踏み切る。すると、あおいの身体は吸い寄せられるようにセレスティアさんの方へと飛んでいった。


「沈め!」


 空中であおいが槍を振るう。虚をつかれたセレスティアさんはもはやそれに対応することはできない。あおいはセレスティアさんの手からシャルロッテをはたき落してしまった。

 無防備となったセレスティアさんに対し、あおいが追い打ちをかける。あおいは思いきり槍を振りかぶり、そしてセレスティアさん目がけて振り下ろした。


「あっ!?」


 顔面を殴りつけられたセレスティアさんの身体が吹き飛ばされる。刃で直接斬り付けた訳ではないのだろうけど、セレスティアさんからは鮮血が飛び散っていた。


「勝負、ありか……」


 フレデリックさんが呟く。そう、訓練場にいる誰もが思ったに違いない。私だって、あれだけ攻撃をまともに食らって平気な訳がないと思った。だからもう立ちあがることはできないと思ったんだ。


 でも、そうはならなかった。

 しばらくすると、倒れこんでいたセレスティアさんが両手をつき、自身の身体を持ち上げた。地面に血が滴る。誰が見てもかなりのダメージを負っていることは明らかだ。それでも、彼女は力を振り絞って立ち上がった。


 ゆらりと、ふらつく足取りながらも、そして、顔から血を滴らせながらも、セレスティアさんはその足で立ち、あおいの姿を捉えていた。


「せ、セレスティア……?」


 リアさんが驚愕する。

 手応えがあったのだろう、その様子にあおいも少し驚いているようだった。


「ふーん、まさかまだ立ちあがれるなんてね。根性だけはあるようね」


 それでも、あおいは容赦なく槍をセレスティアさんに向ける。


「でも、そんなものじゃどうにもならないくらい力の差があることを、理解してもらわないとね。あんまりしつこいと、あおいだって力の加減ってやつが……」


 瞬間、会場の人間が皆息を飲んだ。なんと、セレスティアさんはロッドを使わずに魔力弾を放っていた。しかし、それはあおいを直撃することなく、あおいの頬をかすめる程度で終わっていたのだが。それでも、セレスティアさんは鬼教官モードになって言った。


「相手に止めを刺すまで、油断は禁物です。戦いの基本くらいわきまえなさい」

「あんた、この状況であおいに説教する気?」


 あおいの雰囲気が変わる。あれは、あの子が本気で怒った時の顔だ。あおいは最大限にセレスティアさんを睨みつけて言った。


「絶対、あんたを黙らせてやる! その減らず口をたたけないようにしてやる!」

「どうぞ、やってみなさい。私は、あなたがハルカを連れて行かないとおっしゃるまで倒れませんのでね」


 言い終わるや否や、すぐさま掌に光の塊を収縮させていく。あおいはそうはさせないと彼女に向かって突撃をかける。

 魔力を溜めるにはどうしても時間がかかる。時間が短ければ短いほど未熟な力の塊となる。今のセレスティアさんにあおいの攻撃を回避しながら魔力を集中させる集中力は残されてはいないはずだ。それでも尚、彼女は丸腰であおいに挑む。


 あおいがセレスティアさんの手を狙って槍で狙い撃つ。誰しもが、凶器が迫れば攻撃を交わすものだと思った。しかし、


「な、なに!?」


 なんと彼女は、あおいの刃をその両手で受け止めてしまったのだ。しかし相手は剥き出しの凶器だ。下手をすれば指を失いかねないほど危険なマネだ! 刃を止めたセレスティアさんの手からは血が噴き出した。それでも、彼女は魔力の収束を止めることはない。刃を止められたあおいに向かって、セレスティアさんは叫んだ。


「エアロ・ブラスト!」


 掌から放たれたのは、猛烈な風圧。


「わあああ!?」


 かなりの至近距離から放たれた風があおいに直撃し、あおいは後方十メートルまで吹き飛ばされる。手放してしまった槍にセレスティアさんが封印処理を行った後、エリア外に放り投げた。外に投げて、また使われてしまうのを防ぐためだ。


「はあ、はあ、はあ……」


 今の攻撃、並びに武器を失った焦りのせいだろうか、さすがのあおいも息を切らしている。それでも、その眼光の鋭さは失っていない。いや、むしろ逆だ。こちらが圧倒的有利の状況になりながらも必死に食らいついてくるセレスティアさんをなんとか倒そうと、彼女自身きっと戦いの序盤よりも神経を研ぎ澄ましているに違いなかった。


「絶対に、あんたなんかに、負けないんだから……」


 それに対し、セレスティアさんは無言であおいを睨み返した。二人の威圧感に、私たちはただただ圧倒されてしまったのだった。


 しかし、とにもかくにもこれで二人とも武器を失った。既にかなりの血を流しているセレスティアさんが不利なのは間違いない。でも、彼女は少しも諦めた様子がない。戦いの年季を考えれば、セレスティアさんが勝つ可能性がゼロになったとは言い難いだろう。


 この勝負にもはや"降参"という二文字は存在していない。どちらかが力尽き、倒れるまで戦いは終わらない。互いの意地を押しとおすまで、この戦いが終焉を迎えることはないだろう。こんな激しい戦いを前に私たちはもはや、それを見守ることしかできないのだった。

あおい VS セレスティアまだまだ続きます!

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