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明日、セレスティアを殴りに行く

話は戻って、ハルカの出番

「ハルさん!」


 部屋に戻るや否や、フランさんが私に抱きついてきてくれた。私は大きすぎるおっぱいの弾力に眩暈を覚えながらも、私をここまで心配してくれた彼女に謝らないとと思った。しかし、


「本当に、ごめんなさい……。わたし、あなたの何の役にも立たなくて……」


 私が謝るよりも前に、フランさんが大粒の涙を零しながらそう言った。


「そんな! それは違います! あなたは私の心の支えだったんです! あなたがいなかったら、私はもっと早く潰れていたと思います……。だから、あなたは自分を責めないでください!」


 フランさんがいなかったら自分はどうなっていたか分からないとハッキリ言える。だからどうしても、フランさんには自分を責めて欲しくなかったんだ。


「そうネ! フランチェスカは自分のやるべきことをしっかりやっていたネ! 今回のことに関しては、ワタシの方がよっぽど役立たずだヨ……。謝らないといけないのは、ワタシの方デス」


 そう言って、リアさんが項垂れてしまう。私はすぐに頭を振った。


「それも違います、リアさん。あなたはいつも私の味方でしたよ。あなたの笑顔にはパワーをもらっていたんです。だから、あなたも謝らないでください」

「ハルカ……」

「それに、確かにこんなことになってしまいましたが、私は誰も恨んでなんていないんです。みんな、それぞれに行動の理由がある。無意味に、私を傷付けようとしていた人なんて、誰もいないと思いますから」

「ホント、あんたってお人好しね」


 私の発言に納得がいかないのか、あおいが不満顔で言う。


「そういう問題じゃないでしょ? 自覚があろうとなかろうと、誰かを必要以上に傷付けていいわけがない。間違ったのなら、相応の報いを受けるべきよ。あおいは、セレスティアのことを絶対に許さないわ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいアオイさん!」

「なによ?」

「確かに、今回あの方は、多くのことを間違えてしまったと思います。ですが、あの方のことも少しは理解してあげてほしいのです」

「なに? あんたあいつの肩持つつもり?」


 あおいがフランさんを睨む。しかし、フランさんは臆することなく言った。


「肩を持つとか庇うとかそういうことじゃありません。わたしはただ、本当のあの方を知ってほしいのです」

「ふんっ! そんなの聞いたところであいつが悪いことには違わないわ!」

「落ち着いて、あおい。あおいの気持ちは嬉しいけど、相手を責めるばっかりじゃ何も解決しないよ。別に考えを変えてとは言わないけど、話だけでも聞こうよ。……ね?」


 私はあおいの手を取ってそのまっすぐ過ぎる瞳を見つめた。あおいは相変わらず納得はいっていないようだっけど、私の必死の目を見てようやくその厳しい表情を僅かに崩した。そして一向に視線を逸らそうとしない私に対し、大袈裟に溜息をついてみせた。


「はぁ……ったく、あんたって子は……。分かったわよ。あんたのそれは昔から何にも変わっていないわね。どうせ、あおいが首を縦に振るまでその手を放さないつもりなんでしょ?」

「うん」

「即答ね……。ったく、本当に聞くだけだからね! 聞いたところであおいの気持ちは一ミリだって変わりはしないんだからね!」


 プンスカしながらもようやくあおいは納得してくれた。あおいは基本的に強情だけど、話の分からない子じゃない。私が笑顔を向けると、あおいは顔を少し紅くしてプイッとソッポを向いてしまった。


 ところで、フランさんは本当のセレスティアさんを知って欲しいと言ったけれど、それはどういう意味なのだろうか? 彼女の過去に原因となった何かがあるのだろうか? だとしたら、その話を聞くことで彼女のことを少しは理解できるかもしれない。私は純粋に彼女のことをもっと知りたいと思った。だから私はフランさんの言葉に耳を傾けることにした。


「まずお伺いしますが、皆さんは五年前の勇者召喚についてどれほどご存知でしょうか?」


 五年前の勇者召喚、それは私の前任の勇者のことだ。アルカディアは昔から勇者召喚が積極的に行われていた。同じ時代に呼べる勇者の人数は最大で一人と決まっており、前任者が勇者の任を解かれるようなことがあれば、比較的短いスパンで次の勇者が召喚されるのだとか。しかし、それはあくまで適任者が見つかればの話であり、実力に見合う者がいない場合は見送られるケースの方が多いとのことだ。


「力を災いとしたせいで、多くの被害をもたらしてしまったとは聞いています。ですが、それ以上についてはあまり詳しくは……」

「あおいもそんなもんね。前の勇者には優しさがなくて、無茶をして大勢の人が犠牲になったから、今回は強さと優しさを兼ね備えた遥が召喚されたってことなんでしょ?」


 私たちがそう言うと、フランさんは頷きを返事とした。


「更に詳しく言うト、我が国は隣国プレセアとの和平交渉を進めておりましたガ、前任者はそれを無視して一気に大軍勢を率いてプレセアを攻撃したのデス。しかし、敵は事前にその動きをcatchしており、攻撃は失敗。我が軍勢は総崩れとなり、和平の使者も殺されてしまったのデース……」


 リアさんは苦い表情でそう補足した。


「和平交渉はもう一歩だったんです。にも関わらず、自らの力を過信した前任者は、周りが止めるのを無視して強行策に出た。その結果、プレセアとの戦争は泥沼へと突入していってしまいました……」

「どうしてそこまで強硬に攻撃を指示したんでしょうか?」


 和平交渉が行われていたことは彼だって知っていたはずだ。いくら自分の力を過信していたって、それを無視してまで攻撃を行うにはそれ相応の理由があるはずだ。


「実は彼は”先読み”の能力を持っていたようです。その能力に従った結果だと、後に彼は法廷で証言しています」


 フランさんも表情はかなり渋い。この国の人たちにとって、五年前のことは思い出したくもない悲劇なのだろう。


「先読みってことは、未来が読めるということですか?」

「イエス。But, 先読みといっても彼のものはperfectには程遠いものなんデスヨ。その力を過信したのが彼の大きな過ちデスネ。彼が断罪されたのは至極当然のことデス」

「なるほどね。でも、それがセレスティアと何の関係があるの?」


 なかなか本筋が見えてこないせいで、あおいは少しいらだった様子で尋ねた。


「すみません、前置きが長くなりましたね。もうしばらくお付き合いして頂けると助かります」

「……分かったから早くしてよ」

「まあまあ、落ち着いて」

「わ、わわ、分かってるわよ! あおいは大人だから、こんなことで怒ったりしないんだからね!」


 動揺しまくりのあおいがようやく落ち着くと、再びフランさんが口を開く。


「アルカディア王家の忠臣の筆頭がアークライト家であることはご存じだと思いますが、実は数年前まではそうではなかったんです」

「アークライト家よりも高い地位の家柄があったんですか?」

「いえ、高いわけではなく、アークライト家と並び立つ家があったのです。その家の名前はスプリングフィールドといいます」

「スプリングフィールド、ですか? そんな苗字の人、ここにいらっしゃいましたっけ?」


 家臣の人たちの名前を全員覚えているわけじゃないけど、それぐらい目立つ苗字なら聞いたことがありそうなものだ。しかし、私はその名前をここで聞いたことは一度もなかった。


「いいえ、ここにはもうスプリングフィールドを名乗る者はいません……」

「そうなんですか?」

「イエス。もともと、アークライト家とスプリングフィールド家は互いに協力し合って王家を支えていたのデス。勇者召喚にあたっては、当番制を用いていましたネ」

「勇者召喚の手はず並びにその後の管理をアークライト家が行った場合、次の勇者召喚はスプリングフィールド家が行う、といった具合です。先々代の勇者の召喚を担当したのはアークライト家でした。それはつまり、前任者を担当したのが……」

「スプリングフィールド家ということですね」

「そうです。前任者は国家の存亡にも関わる大損害を招きました。その結果、国民や家臣の間でスプリングフィールド家の責任を問う声が噴出したのです」

「あ、なるほどね。要はスプリングフィールド家は責任を取らされて左遷させられちゃったってことね」


 確かに、それほどの大損害を招いたのなら、その人間を勇者として召喚した責任者が責められるのはあり得ないことではないとは思うけど……


「しかし、スプリングフィールド家は王命を賜って勇者を召喚したんですよね? だったらスプリングフィールド家だけが責任を負うのはおかしくないですか?」

「実は、前任者を勇者として召喚すべきと強硬に主張したのはスプリングフィールドだったんです。先々代の勇者はとても優秀でした。歴代でも一、二位を争うほどの実力者と言われているほどです。彼女ほどの実力を持った者は、そう簡単に出てくるものではありません。彼女の死後、この戦禍の中、五年以上勇者が不在だったのは彼女ほどの人材が現れなかったことが原因です。しかし、王国を取り巻く環境は厳しくなる一方でした。疲弊した国民の士気を上げるためにも、どうしても勇者の召喚は必要だったのです」

「預言者の力を借り、スプリングフィールド家は勇者選定を行いまシタ。しかし、その中にはハルカのように、勇者の器を持つ者はいなかったのデス……」

「そうなんですか? では、なぜ前任者は勇者になったのですか?」

「勇者の器を持つ者はいなかった。ですが、勇者の器に”近い”ものを持つ人間はいたのです。それが、彼だった、ということです」


 なんとなく話が見えてきた。要は、スプリングフィールド家は王や国民の期待に応えるために、分不相応の人間を無理に勇者に選定したということだ(別に私が相応だとは思っていないけど)。そしてその結果、重大な事態を招いてしまった。だとしたら、スプリングフィールド家が責任を取るのは決しておかしなことではない。彼らも悪気があった訳では当然ないのだろうけども。


「なるほどね。だから責任を取らされたと。それで、その人たちはどこに行っちゃったの? 地方で閑職(かんしょく)についてたりするわけ?」


 あおいがそう尋ねると、フランさんとリアさんは途端に表情を暗くする。事態は私たちが思っているよりも深刻であることは明らかだった。私たちは息を飲んだ。


「当初、王様はスプリングフィールド家を処罰することを躊躇っていました。なぜなら、彼らはこれまで数百年に渡って王家を支えてくれた心から信頼できる家臣だったからです。ですが、それでは他の人間が納得しません。不平不満はやがて国家の分裂を招きます。だから、最後は苦渋を飲んで、王様はスプリングフィールド家を地方へ流刑(るけい)とすることを決定したのです」

「そっか、じゃあ、殺されたわけじゃなかったのね」

「いえ、問題はその後です。彼らの罪が決まり、一族は城を追われました。そして、その道中……」


 フランさんが言葉に詰まる。いても立ってもいられずあおいが言う。


「ちょっと、そんな所で止めないでよ。道中、どうなったのよ……?」

「…………何者かによって、彼らは、殺されてしまいました」


 やはりというか、恐れていたというか、とにかく、その事実が王国にとっていかに衝撃的なことであったかは想像に難くないことだった。


「まさか、流刑というのは建前で、最初から王様が……」

「それはあり得えないとは思います……。なぜなら、王様はスプリングフィールド家惨殺の一方を受け、その場で泣き崩れたのを多くの人間が目撃しているからです。自分で殺しておきながら泣くなどということは、あり得ないのではないかと……」

「じょ、冗談よ! そんなこと、ある訳ないじゃないの……」


 確かに、責任負わせるためとはいえ、忠臣を一族郎党皆殺しにするなんて、いくらなんでも酷すぎる。でも、当時の人々は本当にそれをあり得ないと確信することができただろうか? 一部の疑いもなく、王様の涙を見つめていたのだろうか? さすがにタイミングがタイミングだ。私はどうにも、全員が王様を信じることができたとは思えなかった。


「でも、アオイが今言ったように、僅かでも疑いを持った者がいたのは間違いないネ……。特に、スプリングフィールド家と並び立つ、アークライト家の人間が、何も思わなかったわけがないネ……」


 それは当然だ。ずっと一緒に王家を支えてきた仲間が殺された。しかもそれが、王家によるものの可能性が捨てきれない。だとしたら、次は自分たちが同じ目に遭うかもしれない。アークライトの人達がそう思ったとしても全くおかしくはないんじゃないだろうか。


「アークライト家、特に、当主であるお父様が病床に伏せ、次期当主が濃厚となっていたセレスティアさんが受けた衝撃は計り知れなかったはずです。五年前にお姉さまであるアレクシアさんを失い、本当の姉のように自分を支えてくれたペトラ・スプリングフィールドさんや、レオナ・スプリングフィールドさんまで失ってしまい、あの方の哀しみは、計り知れないものであったはずです……」


 フランさんが思わず涙を拭う。私の人生も大概だけど、セレスティアさんの受けた哀しみも、考えただけで心を引き裂かれそうになるほど過酷なものだったんだ。そう考えると、初めて会った時のあの涙も、かなりの重みがあるような気がしてきて仕方がなかった。


「…………」


 あおいは聞きいるだけで何も言葉を発しなかった。黙る私たちを前に、尚もフランさんが続けた。


「スプリングフィールド家が城を追われたことで、アークライト家が実質的な筆頭となりました。そして、それから五年。ようやく、我々は勇者の器を持つ方を見つけました。それがあなたです、ハルさん」

「この五年間はあまりに重かったネ。だからこそ、今のセレスティアの肩に載る責任の大きさも計り知れないものになっているネ……」


 王家の、いや国民すべての期待、希望を背負い、尚且つ失敗すれば、スプリングフィールド家と同じ様な一家惨殺の憂目に遭うかもしれない。それは、一体どれほどの心の負担なのだろうか? そんな精神状態で、まともに日々を送る自信など、私には到底持てそうもなかった。


 私はふと、隣のあおいを見やる。やはりあおいは何も言葉を発しない。それどころか、完全に感情を殺したように無表情を貫いていた。私は少し心配になって声を掛けようとすると、


「あ、あおい?」


 突如としてあおいが部屋の出入り口の方まで歩き始めた。三人とも何事かと思っていると、扉のノブに手を掛けながら彼女は言った。


「どんなに苦しい思いをしているとしても、それを他の人にまで味合わせていい道理はないわ。少なくとも、あおいの知っているお人好しさんはそんなことしなかった……」

「あおい、待っ、」

「遥! これはあおいの意地だから、だから、あおいがセレスティアをブン殴る邪魔だけは、しないでよね……」


 あおいが私を睨む。そしてそのまま、彼女は部屋を後にしてしまった。しばらくしてリアさんが言った。


「もはやそこに、ハルカへの想いは介在していないような気がするケド……」

「はい……。無用な争いを避けられるならと、思ったのですが……」


 フランさんも苦しげな表情を見せる。確かに、もはやこれはあおいの意地なのかもしれない。でも、二人が言っていることは正しい様で間違っている部分がある。

 なぜなら、あの発言の根本にあるのはあの子の優しさだからだ。私の境遇と、セレスティアさんの境遇。二つを天秤にかけられないからこそ、あおいはあんなことを言ったんだ。だから、私はあおいの決断を非難するつもりはないし、そもそも私には非難する資格もないと思ったんだ。


 私は、あおいが出て行った方を見つめる。戦いは明日。私はただ、結果を見守るだけだ。どんな結果になろうとも、私はあおいを誇りに思うだろう。

 それだけは、間違いない。

美しい女の意地?

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