第一章 第一話
「―――起きてください! ねぇ、起きてってばァ!」
1人暮らしのはずの僕の家に少女の声が響く。
「…うるさいなァ。もうちょっと寝かしてよ。睡眠不足は美容に悪いんだよ」
僕がそう言うと、少女は寝起きの僕の腹の上に飛び乗り「起きろ、起きろ」とリズミカルに足踏みを開始した。僕は朝から地獄で鬼から拷問を受ける罪人のような気分だった。
幾分かして足踏みをやめた少女は僕の枕元に座り、顔を覗き込んできた。
狭っ苦しいワンルームに響く僕のうめき声をBGMにして、少女は言う。
「おはようございます。朝です」
〝昨日の出来事〟のせいか、体の節々が痛んだが僕は渋々起き上がり携帯電話で時刻を確認した。
午前4:30。
「ちょ、もうやめてよォォォォォォォ―――ッ!!!」
「ッえ!?何!?いきなり大声出さないでくださいよォー」
「あのさァ―――ッ!! 僕は〝君たち〟のせいで寝たの午前3時なんだよ!? …で、もしかしてそれを悪く思って『寝坊しそうな僕を起こしてくれたのかな?』って思ったら4時半!一時間半しか寝てないよ! 起こすの早すぎるよ! 大体、僕は君を家に置くなんか言った覚えもないんだぞ!でていけ!後、壊したドアのかぎ直せ!」
「いや、起こしてって言ったのは――」
「あァ!!僕だよォッ!でも常識があるだろこの疫病神が!!」
僕は激昂し、布団から飛び上がって枕を少女に思い切り投げつけた。
「体育の野球の授業で150㎞を投げた肩から放たれる枕だ!沈めッ!」
※ちなみに帰宅部
「ぴィっ!」少女は悲鳴をあげ顔を覆い衝撃に備えた。
―――しかし、その枕が少女の元に届くことはなかった。
枕が少女に当たるその刹那、『ドゴォォォォッ!!!!』部屋の壁をブチ破り現れた大男が枕を鷲掴みにしたのだ。
舞う埃、降り注ぐガレキ、枕を掴んだ謎の大男。
余りの突然のできごとに僕は思わず尻餅をついて、その後とりあえず落ちてくるガレキから身を守るために布団を被った。
「貴様…。姉様になんてことをしやがる…?」
大男は怒りを露わにして僕に問うた。
次第に煙が晴れて、大男の姿があらわになる。
衣装の上からでもわかる筋骨隆々なその体。身長は180㎝をゆうに超えていて強い威圧感を放っている。そして、意思を秘めた鋭い瞳は僕を殺さんとばかりにギラギラと睨み付けている。
その手には僕の伸長程の大きな刀が握られていた…。
「ヌッ!?」
僕は持っていた布団を大男の視界を塞ぐように投げかけて、全速力で玄関へ走った。大男は突然の出来事に狼狽える!
「ハッハ!陸上部顔負けの脚力!50m 5.9秒は伊達じゃないんだぞ!」
※ちなみに帰宅部
一目散に玄関に駆け抜けた僕は鍵の壊れたドアを蹴り破り、寝巻のままではあったがマンションの廊下へと脱出した。
―――しかし、扉を出た矢先、何者かに足を引っかけられて転ばされた。
「こいつ、また姉上に無礼を働いたな!? 今度こそ殺してやる!」
マンションの廊下に仰向けに転がる僕の首元に、細長い白い刀が突きつけられる。
刀を持つ男は、凛とした雰囲気を身を纏った細身の男。だが、細身といっても決して筋肉がないわけではなく引き締められた肉体は先ほどの大男同様に、服の上からでもよくわかる。
身長は170㎝程度だろうか。吸い込まれそうな黒色の長髪を後ろで束ねているその男の顔は殺意に満ちていた。
「神への祈りは済ませたか?」
―――クッ。ここまでか…。
僕は失意に満ちた表情で天上を見上げた。
「もォ! 〝素戔嗚〟!〝月読〟! また門脇さんを殺そうとしてェ!!」
僕を追ってきたのだろう部屋から足を踏み出しかけた大男、今にも僕を切り殺そうとしていた細身の男がハッと声の方に目を向ける。
その声は紛れもなく、あの少女の声だった。
「〝天照大神〟として命令します! 門脇さんに危害を加えてはなりません!」
こうなると、もうあの男たちは僕に手出しできない。
―――そうだな、まずはどうして僕が〝天照大神〟を名乗る少女に居候されているのかから語るべきだろうな。